第6話

 僕は少しそわそわしていた。誰かに物をあげるなんて久々だったからだ。

 病室に入ると、彼女はいつものようにベットで本に目を落としている。面白い所で来てしまったらしく、顔を上げない。黒い髪が本にかかっている。不自然なまでに白く細い腕に当たる陽射しが、それを焦がしてしまうのではないかと心配になってしまう。

 ベットに降り注ぐ陽射しの中、本を見る彼女は、妙に様になって見えた。

「面白い所だったかな」

「……ああ、ごめんね。大丈夫」

 彼女は本を閉じて苦く笑う。僕は椅子に座って、手の中の包みを弄った。

「実は、君にあげたいものがあるんだ」

「何?」

「これを」

 白くかさかさとした包み紙と大きさ、重さで彼女はそれが小説だとすぐにわかったらしい。

「開けていいよ」

 ベリッと破いた。なかなか豪快な開け方だ。出て来たものを見て、ぴたりと動きが止まる。 逆に僕は、どんな反応をするだろうか、とそわそわ落ち着きがない。

 突然、彼女がぱっとこちらを見た。黒い瞳が落ちてしまいそうに見開かれる。

「先生、これ、買ってくれたの?」

 照れてしまい、黙って頷く。

 彼女が欲しがっていた小説の一巻だった。

「すごい、ありがとう」

「一巻読んでみて、面白ければ続きも買おう。読み終わった分は僕の本棚に置ける」

 なんだか早口になってしまう。

「先生、お金は?」

「貯金というか、そんな感じ。ちゃんと僕のお金だよ」

 彼女の顔がくしゃりとした。こんな時にもお金のことを言ってくるなんて彼女らしい。

「喜んでもらえたみたいで嬉しいよ」

 と。

 にわかに彼女の奥で心電図が跳ね上がった。そして次の瞬間、けたたましく警告音が鳴った。

 慌てて立ち上がって駆け寄る。彼女の手からぽとりと本が落ちた。見開いた目が宙を見つめ、歯を食いしばる。グラフは見たことのない激しさで上下していた。

 無我夢中で外へ飛び出た。医師を呼びに行かなければ。

 警告音を聞いて出て来た医師が血相を変えて駆け寄って来る。

 どくん、と心臓が疼いた。遠くから、警告音が聞こえた。

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