第5話-①

「私とちょっと似た心臓の疾患を持つ人のノンフィクションを読んだの。でもなんか、考え方とか状況とか、いまいちしっくりこなかったのよね」

 彼女の感想を聞いていた。

「どうして合わなかったと思う?」

「どうしてって? 普通に文章力の問題? でもそんなに下手だったかな」

「大前提としてそれがあるね。僕はその本を読んでいないし、素人だから文章力の評価なんてできないけど、合わないと感じる理由の予想が一つあるよ」

「何?」

「うーん、例えば、誰かに『ケーキをあげるよ』と言われて、君は立派なホールケーキを想像したとしよう。でももらったのはコンビニの小さなケーキだったら、どう思うかな?」

「嬉しいは嬉しいけど、ちょっとがっかりするかも」

「そうだね。でも、誰かが『コンビニで何か買っていくね』と君に言ったとして、君は小さなグミとかチョコを思い浮かべた。でもそこでもらったのがコンビニのケーキだったら?」

「たぶん、びっくりする。嬉しい」

「もらったものは同じだけど、がっかりと嬉しい。何が違うんだろう」

「……期待してたものとの違い?」

 予想以上にいい答えが来た。

「その通り」

 関係がわかりそうでわからない、という顔をしている。

「君は自分と似ている人だと思ってそれを読んだ。でもその人の状況や考え方は君と合わなかった。そのギャップでがっかりしてしまった。同じ経験がなんてことない小説の中に突然出て来たら、感動していたかもしれないね」

「私と同じかも、共感できるかもって思って読んだら、そこまででもなくてがっかりしちゃったってことかあ」

「僕も人生の中で学んできたけど、期待のしすぎはよくない。仮に君と全く同じ疾患を抱えた人がいたとしても、その人と君は全くの別人。完璧に分かり合えると思っていると、小さな違いにがっかりしてしまうかもしれない。自分が経験していないことをわかることはできないし、仮に同じ経験をしていたとしても違う人間だ」

 分かってもらおう、など無理な話なのだと気がついた。

 親はどうして自分のことを分かってくれないのだろうと若い頃は泣いたりもしたし、喧嘩したりもした。親は自分と同じ経験をしたわけではないのだから、分かってもらおうなど過剰な期待でしかないのに。

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