第44話 ギルドマスターへの手紙

 しばらく沈黙が流れてから、俺は「ご安心ください」とゴルトーニに言った。


「ギルドマスターのセクレケンも、ゴルトーニ様を始めフガフガ家のことは身内のようなものと思っております。今回のことを聞いても、決して悪いようにはしないはずです」


 身内のようなもの、悪いようにはしない。ついさっきゴルトーニが言った、聞こえの良い、それでいて実際には何の約束にもなっていない言葉。それを今度は俺が、ゴルトーニに向けて放った。


 また沈黙が流れ、ゴルトーニはややけわしめの表情で俺を見つめる。


「……いいだろう。ギルドマスターにだけ話すがいい。内密にしてほしいという私の希望を、くれぐれも伝え忘れることのないようにな」

「ご理解に感謝します」


 俺は軽く頭を下げた。


 さて、元はと言えば、俺たちがここに来たのはソグラトの冒険者ギルドとフガフガ家との関係を深めるためだった。もっとはっきり言うなら、フガフガ家当主の機嫌を取りに来たわけだ。


 それを考えるなら、これ以上出しゃばった真似はしない方がいいのだろう。フガフガ家からはギルドに仕事が回ってくるし、支援も受けている。そのフガフガ家の当主であるゴルトーニが気を悪くするようなことをしたら、ギルドに迷惑がかかる。


 しかし、俺はどうにも、ゴルトーニという男を信用する気になれなかった。果たしてこのまま、手ぶらで帰ってしまっていいものだろうか。


 自分が雇った警備隊員を押さえられず、俺たちに迷惑をかけたことを、ゴルトーニはまるで悪いと思っていない様子だった。その不祥事を外に漏らさず、家の評判を落とさないことばかり考えている。後になってセクレケンが今回のことを持ち出しても、『そんな事件はなかった。ブイルたちが出まかせを言っているだけだ』と、しらを切る可能性が高い。俺にはそう思えてならなかった。


 後でセクレケンに『余計なことをするな』と叱られるかも知れないが、ここは一つ……


「ゴルトーニ様」

「何だ?」

「ギルドマスターにゴルトーニ様の希望を伝えること、しかとうけたまわりました。つきましては、一つお願いがあります」

「お願い、だと?」

「ご存じの通り、俺は生き残るしか能の無い男です。およそ学問と言えるものは、何も身に付けておりません」

「とてもそうは思えんが……」

「その上、俺たち三人はソグラトの冒険者ギルドでは新参者です。ギルドマスターとの付き合いも日が浅く、帰ってからのやり取りで、すれ違いが起きることもあり得ます。そうなれば、ゴルトーニ様の希望も、正しく伝えられないかも……」

「何が言いたいのだ?」

「ご面倒とは思いますが、ゴルトーニ様からギルドマスターに手紙を書いてはいただけないでしょうか? 俺たちが来たときにこの屋敷で何があったか、ゴルトーニ様はギルドマスターにどうしてほしいのか、文章に書いてくだされば、誤解が産まれることはないと思うんです」


 それを聞くと、ゴルトーニはソファーから立ち上がって言った。


「その必要はあるまい……我が家とソグラトの冒険者ギルドの間には、しっかりとした信頼関係がある。お前から事のあらましを聞きさえすれば、ギルドマスターもどうするべきか理解するはずだ」


 そうだ、そりゃ断るよな、と俺は心の中で思った。ゴルトーニは、俺たちとメルフィウスたちの間で起きたいさかいを隠蔽したいのだ。隠蔽どころか証拠になる手紙なんか、書きたくないに決まっている。


 だが、俺にも意地があった。こっちは呼びつけられてはるばる王都まで出向き、一方的に喧嘩を売られてやりたくもない戦いをしたのだ。そうそう向こうの都合ばかり受け入れてはいられない。


 手紙を書きたくないのなら、書きたい気持ちにさせてやるまでだ。


「私は忙しい。これで失礼させてもらう。部屋を用意させるから今夜は泊まっていけ。明日は王都見物でもしてから、ソグラトに帰るが良かろう」


 そう言って、部屋から出て行こうとするゴルトーニ。俺は「お待ちください」と呼び止めた。


「まだ、何かあるのか?」

「ご多忙のところ、引き留めて申し訳ありません。訂正したいことがありまして」

「訂正だと……」

「はい。先ほどゴルトーニ様は、『まさか、本当にメルフィウスが倒されるとは』とおっしゃいました。それは事実ではないのです」

「何!?」


 ゴルトーニの顔色が変わった。出口に向かって歩き出していたのが、ソファーの前まで戻ってくる。


「当ギルドにとって、フガフガ家は大切なお客様。報告は正確にしませんと……」

「建前はいい。どういうことか説明しろ」

「そもそも俺は、田舎のCランク冒険者。王都の元Sランク冒険者と渡り合う力などありません。同じSランク冒険者のポレリーヌなら、どうにか対抗できるでしょうが……」


 そう言って俺は、隣のポレリーヌを見た。


「し、しかしだ。メルフィウスはあのとき、確かに怪我を……」

「…………」


 数秒黙り、言いにくそうにして見せる。


 俺とメルフィウスは、暗い森の中で戦った。目撃者はなく、戦いの成り行きを知っているのは、俺とメルフィウスの二人だけである。


 そして今、メルフィウスはここにはいない。つまり、俺が戦いの様子をねじ曲げて話しても、それを指摘する者は誰もいないということだ。


「メルフィウスは俺を抱えて、森の中に逃げ込みました。そこで俺は彼に聞いたんです。どうしてそこまで、俺たちを目のかたきにするんだとね」

「…………」

「メルフィウスは言いました。『自分はもうすぐフガフガ家をクビになる』と。そして、代わりに俺がフガフガ家の警備隊に採用されると思い込んでいました。そんなこと、あるわけがないのに」

「う、うむ……」

「だから俺は、彼に言いました。俺がフガフガ家の警備隊員になるなんて、根も葉もない嘘っぱちだと。それから提案したんです。『クビが心配なら、一つ大技でも見せて、当主に実力をアピールしたらどうだ?』ってね」

「そ、それで……?」

「メルフィウスは俺の提案に乗りましたよ。空中高く飛び上がり、落下と共に地上の敵を殴る大技を披露してくれました。そこまでは良かったんですが、暗い時間にやったのが良くなかった。落ちてくるとき、空中に太い木の枝が伸びているのに気づかず、肩をぶつけてあんな怪我を……」

「つまり、事故だったと……?」

「その通りです。あのとき申し上げた通り、俺は何もしていません。幸い大した怪我ではなかったので、腕のいい回復術師にかかれば、今夜のうちに全快するでしょうが……」

「…………」


 ゴルトーニの顔が、小刻みに震えていた。俺はさらに続ける。


「田舎のCランク冒険者が、王都の元Sランク冒険者を倒す。そんなことがあれば一大事ですが、実際にはあり得ません。は所詮。どんなに体を膨らませて張り合っても、牛には勝てないんです。メルフィウスとまともにぶつかっていたら、俺は今頃死んでいたでしょう」

「「…………」」


 屋敷に入る前に示し合わせた通り、カエルという言葉に応じてポレリーヌとチウニサが気まずそうに下を向く。それを見て、ゴルトーニは俺の話が本当だと確信したのだろう。ますます顔色が悪くなった。


「話は終わりです。俺たちはこれでおいとまさせてもらいます。行くぞ」


 そう言って立ち上がると、ポレリーヌとチウニサも、「はいっ」と返事をして立った。部屋を出ようとすると、今度はゴルトーニが俺たちを呼び止める。


「ま、待て……」

「?」

「こんな時間に出ていくこともあるまい。泊まっていったらどうだ……?」

「遠慮させてもらいます。メルフィウスのようなやからに、また襲われてはたまりませんので」


 そう言うと俺は、また出口に向かって歩き出す。ゴルトーニは大声を上げた。


「わ、分かった!」

「はい?」

「手紙を書く……だから今夜は泊まっていかんか……?」

「そうですか。あまり気が進みませんが、今すぐ書いてくださるなら、一晩ご厄介になります。明日の日の出まではここにいましょう」

「分かった……おい、持って来い……」


 ゴルトーニは使用人に命じて、紙とペンを持って来させる。ポレリーヌとチウニサは、そんなゴルトーニを不思議そうに見ていた。どうして急に手紙を書く気になったのか、まだ分からないのだろう。後で説明しないとな。

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