第43話 フガフガ家の当主

 俺たちの前に現れたのは背が高く、恰幅かっぷくの良い男性だった。白髪頭で、歳は60代ぐらいだろうか。上等そうな礼服を着て、同じく礼服を着た男たちや、武器を持った警備隊員たちを従えている。メルフィウスの態度からして、この人がフガフガ家の当主なのだろう。


 その当主らしい男性は、メルフィウスに近づいて怒鳴りつけた。


「この愚か者が!」

「うっ……」

「私が招いた者に喧嘩を売り、攻撃を仕掛けるとはどういうつもりだ!? 危うくとんだ恥をかくところだったぞ!」

「旦那様、これには事情が……どうかお聞きください……」

「黙れ! 言い訳など聞く耳持たん。しかも田舎のCランク冒険者に負けるとは! 王都で指折りのSランク冒険者だと自慢げに語っておったのが、看板倒れもいいところではないか! お前のような見かけ倒しを雇っていては、我が家の名誉にかかわる!」

「そんな……」

「一時でも我が家に籍を置いたよしみだ。衛兵に突き出すことだけは許してやろう。だがお前も、お前に従う者たちもクビだ。どこへなりとも消え失せるがいい!」

「くっ……」


 もはやこれまでと悟ったのか、メルフィウスは抗弁をやめてうなだれた。そして当主は、メルフィウスを左右から抱える二人に命じた。


「屋敷の外に連れ出せ。できるだけ遠くまで行って捨ててくるのだ。二度と戻って来ないようにな」

「「ははっ」」


 メルフィウスが引きずられていく。後には俺とポレリーヌ、チウニサ。それから当主とお供の人達が残された。


 とりあえず、こちらから挨拶あいさつしておくか。俺は当主の前に進み出た。


「ご当主様。お初にお目にかかります。ソグラトの冒険者ギルドから参りました、ブイルと申します」

「お前がブイルか。私がフガフガ家の当主、ゴルトーニだ」

「後ろにいるのがパーティメンバーのポレリーヌ、それにチウニサです。このたびはお招きに預かり、大変光栄に感じております。それで、この騒ぎですが……」

「ふん。メルフィウスたちがお前たちを追い返そうと、一方的に襲いかかったのだろう。わざわざ言われずとも、それぐらい分かっておるわ」


 一応、俺からも事情を説明しようと思ったのだが、ゴルトーニは聞く気がないようだ。ひとまず俺は引き下がった。


「それは何よりです。ご理解に感謝します」

「一人でメルフィウスを倒したのか?」

「俺は何もしていません。ただ自分の身を守っていただけです。あの男が勝手に自滅しました」

「ふん……」


 俺の言葉に納得したのか、しなかったのか。ゴルトーニは鼻を一つ鳴らす。


「まあいい。ここで立ち話も何だ。屋敷に戻るとしよう」


 俺が返事をするより先に、ゴルトーニは踵を返して屋敷の方に歩き出した。聞こえるか聞こえないかぐらいのつぶやきが、その口からぽつりと漏れる。


「しかしまさか、本当にメルフィウスが倒されるとはな……」


 フガフガ家の人々は、ゴルトーニを先頭に屋敷へと歩いていった。俺はあえて歩みを遅くし、行列の最後尾につく。前を歩く人と少し距離ができたところで、俺は両手を少し広げて立ち止まり、後ろを歩いていたポレリーヌとチウニサを制した。


「ブイルさん?」

「師匠?」

「頼みがある」


 振り返り、声を低めて言うと、二人は無言でうなずいた。


「当主と話してるとき、俺がの話をしたら、二人そろって気まずそうに下を向いてほしいんだ」

「え……? それだけですか?」


 不思議そうにたずねるポレリーヌに、俺はうなずいた。


「ああ。それだけだ。理由は後で話す。できることなら、実行しないまま終われればいいんだが……」

「分かりました。ブイルさん」

「師匠の言う通りにします」

「ありがとう」


 俺は前に向き直る。フガフガ家の人が一人戻ってきて「どうなさいました?」と聞いて来たので、「大丈夫です」と答えてまた歩き出した。


 ☆


 屋敷に入ると、俺たち三人は応接間に通された。ランプに照らされた室内を見回すと、金の額縁に入った高そうな絵が壁にいくつも掛けられている。置かれている戸棚や机は、どれも重厚で立派な造りのものばかりだ。さすがは大富豪、フガフガ家の屋敷といったところか。


 ゴルトーニはソファーに座り、その後ろに召使いが二人控えた。俺たちは対面のソファーを勧められたので、俺が真ん中、右にポレリーヌ、左にチウニサという並びで座る。するとゴルトーニが口火を切った。


「早速だが、今回のことは内密にしてもらいたい」

「「はあ!?」」


 謝罪の言葉もなく、いきなりの申し出に憤ったのだろう。ポレリーヌとチウニサが抗議の声と共に立ち上がりかけた。俺はそれを制し、ゴルトーニにたずねる。


「内密に、ですか……?」

「うむ。幸いなことに、騒ぎはみな我が家の敷地内で起きておる。何があったか、外部の者は誰も知るまい。そして、我が家とソグラトの冒険者ギルドは長い付き合いだ。言わば身内のようなもの。身内同士のいざこざを表沙汰にしたところで、誰も得はせん。なかったことにするのが一番良かろう」

「…………」

「知っての通り、我が家はソグラトの冒険者ギルドに多大な援助をしておる。お前たちが騒ぎ立てるような愚かなことをしなければ、悪いようにはしない。これまで以上に親密な付き合いをさせてもらうつもりだ」


 そう来るか。俺は心の中でため息を吐いた。


 確かに、ソグラトの冒険者ギルドはフガフガ家の世話になっている。ギルドマスターのセクレケンが言っていたので間違いないだろう。


 だから、雇っている警備隊員が俺たち客に喧嘩を売るという不祥事が起きても、ゴルトーニは下手に出る必要がない。今後の利益をちらつかせれば、簡単にもみ消し、世間に知られずに済むというわけだ。ソグラトの冒険者ギルドの立場を考えれば、あながち的外れとは言えない。


 とはいえ、詰めるべきところは詰める必要がある。俺はたずねた。


「ゴルトーニ様。『お前たち』とは具体的に誰のことでしょうか?」

「何……?」

「聞き方を変えます。只今ただいまの、『内密にしてほしい』という要望ですが、俺たち三人に対するものでしょうか? それとも、ソグラトの冒険者ギルドに対するものでしょうか?」

「…………」


 ゴルトーニは少しの間沈黙した。やがて口を開く。


「お前たち三人が余計なことをしゃべらないのなら、それが最も賢明だ。そうすれば、またソグラトの冒険者ギルドを使うとき、お前たちを贔屓ひいきにしてやらんこともないぞ」

「それはお受けできません」


 俺ははっきりと断った。ゴルトーニがかすかに顔をしかめる。


「何だと?」

「俺たち三人は、ソグラトの冒険者ギルドの指示を受けてここに来ました。滞在先で何があったか、ギルドに報告する義務があります。フガフガ家でも人をどこかに派遣はけんしたら、出先で何があったか聞くはず。それともゴルトーニ様は、使いに出す者に、当主に隠し事をしても良いと言っておられますか?」

「…………」


 ゴルトーニは何も言わず、ただ俺の目を見つめた。

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