第42話 重傷の元Sランク冒険者

「うううっ……ぐあああぁ……」


 俺の右側に倒れたメルフィウスは、苦悶のうめき声を上げた。少し待ってみるが、起き上がりそうな気配はない。それを確かめてから、俺は甲殻休眠スリーパーセルを解除した。


 メルフィウスが倒した木は、今も俺の腹の上に横たわっている。これをどうにかしないと、甲殻休眠スリーパーセルを解除しても立つことができない。両手で木の幹を押し、体をよじり、少しずつ頭の方に動いて抜け出していく。


「…………」


 抜け出しながら、メルフィウスの様子をうかがった。甲殻休眠スリーパーセルを発動させていない今、メルフィウスが立ち上がって攻撃してきたら非常に危険だ。だが、それは取り越し苦労に終わる。俺が木の下敷きから抜け出すまで、メルフィウスが動くことはなかった。


 立ち上がった俺は、メルフィウスが本当に動けないか確かめることにした。うつぶせに倒れている彼に近づくと、片足を上げ、頭を踏みつけるふりをする。


「ふんっ!」


 芝居で死んだふりをしているなら、これを避けないことはありえない。本当に踏まれたら命に関わるからだ。しかし、これでもメルフィウスは微動だにしなかった。ダメージで本当に動けないのだろう。戦いは終わったのだ。


 俺は足を下ろして言った。


「……俺の勝ちだな。焦って決着を付けようとして、うかつに大技を出したのがお前の敗因だ」

「うぅ……ううぅ……」

「スピードも、パワーも、テクニックも、全部お前の方が上だった。俺のたわ言に惑わされないで、地道に攻撃して俺を削り続ければ、難なく勝てたのにな。まあ、力のある者が生き残るとは限らないってことで……」


 こんなことを言うなんて、我ながら性格が悪いと思う。でも、相手の一方的な都合でここまで振り回されたのだ。最後に少しぐらい粋がったって、許されるんじゃないだろうか。


 ふと、大事なことを伝え忘れているのに気づいた。俺はメルフィウスに向けて言葉を続ける。


「ああ、それからな。フガフガ家の当主にお前の討伐を依頼されたっていうのは嘘だ。お前を焦らせるために、騙させてもらったよ。お前らの余罪、当主は多分気づいてないと思うから、早まったことするなよ……って、聞いてないか」


 いつの間にかメルフィウスは、うめき声を上げなくなっていた。わずかな呼吸の気配がする以外は、体も動かない。どうやら痛みのあまり、完全に失神したようだ。


 俺はメルフィウスの体を蹴って転がし、あおむけにした。オリハルコンの甲冑が、右肩のところで砕けている。月明かりしかないのでよく見えないが、砕け散ったオリハルコンの破片が、体に深く突き刺さっているようだ。俺の回復魔法では、これを取り除かないと治すことができない。その取り除く処置も、ここでは無理だろう。


 仕方がない。人を呼んでくるか。そう思ったとき、フガフガ家の屋敷の方から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ブイルさん!」

「師匠―っ!」


 ポレリーヌとチウニサだ。メルフィウスが空高く跳び上がったのを見て、俺達の居場所を知ったのだろう。俺は足早に林を出た。二人が駆けてくるのが見える。


「こっちだ!」


 手を振ると、ポレリーヌとチウニサは俺のそばまでやってきた。


「ブイルさん、大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ。もう心配いらない。終わった」

「あいつは? あいつはどこに!?」


 メルフィウスの居場所をたずねてきたチウニサに、俺は林の中を指さして見せた。


「気絶したよ。あの辺で倒れてる」


 三人で林の中に戻る。メルフィウスは元の場所に倒れていた。


「信じられません。ブイルさん、一対一で王都のSランク冒険者を倒しちゃったんですね……すごい人なのは分かってたけど、ここまでなんて……」

「さすがです、師匠……僕の師匠が王都のSランク冒険者より強いなんて、みんなに自慢したいぐらいです!」


 感激した様子で言う二人に、俺は首を横に振って見せた。


「いや、こんなの大したことじゃない。それより、肝心なのはこれからだぞ。こっちに落ち度がないとはいえ、フガフガ家の警備隊と揉めちまったからな。向こうの当主がどう出てくるか……」

「「…………」」

「ところで、ラウトバさんはどうした?」

「ブイルさんに言われた通り、門から出て近所の人に介抱を任せました。それから私達、フガフガ家のお店に行って事情を説明したんです。さっきの連中とは別の警備隊の人がついてきてくれました。もうすぐここに来るはずです」

「分かった」


 やがて、林の中にフガフガ家の警備隊員達が十数人現れた。ポレリーヌが言った通り、俺達を襲ってきた連中とは別の人達だ。


 一人の男が俺の前に出る。がっしりした体格で、鎧を着けていた。


「失礼。あなたがブイル殿ですね?」

「そうです。俺がブイルです」

「このたびは一部の不心得者が、大変なご迷惑をおかけしました。我々は旦那様の命で事態の収拾に参りました」

「そうですか。ではどうか、お願いします」

「かしこまりました。おい、お前達。メルフィウスを連れていくぞ」

「「はいっ!」」


 甲冑の男の指示で、二人の警備隊員がメルフィウスの腕をつかんだ。そして無理矢理立たせ、左右から肩につかまらせて引っ張って行こうとする。


 意識を取り戻したメルフィウスは、苦しそうな声でわめき散らした。


「ううっ……痛え! 痛えよ! 何だてめえら! 放せ! 放しやがれ! 俺は警備隊の患部だぞ! もっと丁寧に……」

「いや、お前はもう、我が家の警備隊員ではないな」

「!?」


 警備隊員達の後ろから男性の声が聞こえて、メルフィウスは黙った。そして声の主が現れると、メルフィウスは目を見張る。


「だ、旦那様……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る