第41話 元Sランク冒険者を撃破する

「……なるほどな」


 黙り込んでいたメルフィウスは、静かにうなずいた。しかしすぐに顔を上げ、反論してくる。


「だが、今の話、一つ無理があるぜ。俺達にちょっかいを出させたはいいが、俺をどうやって倒す? お前の実力じゃ、逆立ちしたって俺に勝つのは不可能なはずだ」

「俺がお前を倒すと、誰が言った?」

「何だと……?」

「確かに、俺じゃお前の攻撃に耐え続けることしかできない。だから、俺の役目はお前の攻撃を誘って、消耗させることだけだ。決着は別の奴が付ける。心配するな」

「くっ……」


 メルフィウスは、気圧されたように顔を少しのけぞらせる。それから絞り出すような声で言った。


「別の奴……あの女とガキか!?」

「違う。ジルデンからもう一人、Sランク冒険者が来ることになってる」

「ジルデンだと……」

「そうだ。ジルデンの冒険者ギルドは、フガフガ家からの依頼遂行に失敗した。そこで、その失敗したSランク冒険者をお前の討伐に出すことになったんだ。首尾よくお前に止めを刺したら、失敗の違約金を免除してもらうって条件でな。ジルデンの冒険者ギルドは、俺の古巣でね。蹴りを付ける役目を譲ってくれと言われて、断れなかったよ」


 悪いな、レオルティ。お前をハッタリのネタに使わせてもらった。俺は駄目押しに、夕日の沈んだ方へ視線を向ける。


「夜も更けてきた。真夜中にはこっちに着くって言ってたな……」

「…………」

「王都のSランク冒険者が優秀なのは知ってる。でも、さんざん俺を攻撃して体力と魔力を消耗したところに、田舎のとはいえ、“剣術”適性を持ったSランク冒険者が襲いかかってくる。それでもお前は勝てるのかな?」

「てめえ……」


 悔しそうに俺をにらみ付けるメルフィウス。実際にはいくら待っても、俺に助太刀が来ることはないのだが、彼はそれを知らない。


 メルフィウスはもう一つ、俺に問いかけてきた。


「……どうして俺に話した? てめえさえ黙っていれば、俺は不意討ちを喰らったはずだ。その方が成功の可能性が高かったんじゃないのか?」


 まあ、当然の疑問だろう。俺は怪しまれないよう、すぐに答えた。


「今さら聞いたところで、お前にはもう打つ手がないじゃないか」

「何……?」

「俺達の作戦に乗せられて、お前は消耗した。今、ジルデンのSランク冒険者と戦ったら勝ち目は薄いだろう。だからと言って、休んで回復することもできない。それをやっちまったら、俺とジルデンの冒険者、二人と戦うことになるからな」

「…………」

「お前はこのまま俺を殴り続けて、ジルデンの冒険者が来る前に倒せる可能性に賭けるしかない。お前が泣きながら手を振り回すのを見るのもいいかなと思ってね。話したのは、それが理由だ」


 言い終えてから、俺は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。実のところ、メルフィウスには“俊敏”適性を生かしてこの場から逃げるという選択肢もあるが、それはやらないだろうと俺は思っていた。『元Sランク冒険者のメルフィウスは、片田舎のCランク冒険者と戦って勝てず、逃げ出しました』なんて風評、プライドの高い彼には耐えられないだろうから。


 それに……メルフィウスには、逃げなくてもこの状況を打開する方法がある。俺とジルデンのSランク冒険者を倒し、傷付いた名誉を多少でも回復させられる方法が。


 メルフィウスは俺に向かってうなずいた。


「そうかい。よく分かったぜ。ありがとうよ」

「…………」

「おらあっ!」


 メルフィウスが急に突っ込んでくる。俺は魔法を発動させた。


甲殻休眠スリーパーセル!」


 ドガッ!


 横薙ぎの拳を側頭部に喰らい、俺は吹き飛ばされた。ダメージはないが、地面に転がされる。


「確かに、チマチマ攻撃してたらてめえの言う通りになるだろうな。だがな、この俺様をなめるんじゃねえ。その気になれば、てめえを一撃で葬ることだってできるんだ!」

「…………」

「おらあっ!」


 メルフィウスは、さっき倒した木を持ち前の怪力で持ち上げた。そして、甲殻休眠スリーパーセルで動かない俺の腹の上に、横に渡す形で置く。


「これでその技を解いても、しばらくは動けねえだろう! ベラベラしゃべったのは失敗だったな! 俺はてめえを一撃で倒して、ジルデンの冒険者が来る前にたっぷり休ませてもらうぜ! そうすりゃ二人とも片付けられる! はああぁっ!」


 メルフィウスは気合と共に、空中高くへ飛び上がっていった。地面に落ちる勢いを利用して、俺を叩き潰そうというのだろう。飛び上がっている間に逃げられないように、俺を木で押さえ付けたのだ。


 そうだよな。立っている俺をいくら強く殴っても、俺の体重が軽いせいでどこかに吹っ飛び、力は逃げてしまう。自分自身の強大な力を余すことなく俺にぶつけるには、地面に固定された俺を上から殴るのが一番いい。


 俺は待っていたのだ。そういう思い切った攻撃を。


 コツコツと時間をかけて弱い攻撃を続けられたら、俺には反撃するチャンスがない。反撃するためには、威力が高い代わりに無防備になる攻撃をさせる必要があった。


 だから、ずっと反撃せずに殴られ続けて、隙を見せても大丈夫とメルフィウスに思わせた。


 ジルデンのSランク冒険者の話をして、時間をかけて戦ったらやられると信じ込ませた。


 そして、俺の話を信じたメルフィウスは今、捨て身で一撃必殺の攻撃を出そうとしている。彼は空中で体勢を変え、頭を下にして落下してきた。


「行くぜ! 彗星剛拳撃コメート・フィスト!」


 拳を構えて落ちてくるメルフィウス。俺は甲殻休眠を解くと、空に向かって両手を伸ばし、別の魔法を発動させた。


 煙幕を使うのは、お前だけじゃない。


氷弾グラキエス・バレット! 炎弾フランマ・バレット!」


 バシュウウウウゥ!


 俺の右手と左手から、それぞれ氷と炎が放たれる。その氷と炎が空中で交錯し、大量の湯気が巻き起こった。月明かりに浮かんでいたメルフィウスの姿が見えなくなる。


「無駄だ! 今更隠れてもてめえの位置は分かってる!」


 だろうな。そうでないと困る。俺は姿勢を変えると、もう一度甲殻休眠スリーパーセルを発動させた。


「死ねええええええええええええぇ!!」


 そしてついに、メルフィウスが俺のところに落下する。


 ドオオオオオオオオォン!!


 すさまじい音が響いた。やがて湯気が晴れ、視界が戻っていく。


 顔をガードした俺の両腕。その少し先で、メルフィウスの右拳が停止していた。


「ぐ……がっ……」


 一方、上空に向けて伸ばした俺の左脚。その足の裏が、メルフィウスの右の鎖骨辺りに深々とめり込んでいた。いくら俺の脚が短くても、メルフィウスの手よりは長いのだ。


「ぐはああっ!」


 ダメージが内臓に達したのだろう。メルフィウスの口から血が噴き出して俺の顔にかかる。垂直に立っていた彼の巨体はぐらりと傾き、俺の右横へと倒れていった。


 ドサッ……


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 相変わらずお待たせして申し訳ありません。年内最後の更新になります。また来年、よろしくお願いいたします。

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