第36話 フガフガ家の警備隊員と揉める

「はいっ!」

「分かりました、師匠!」


 ポレリーヌとチウニサは、俺の言葉にうなずいた。


 俺達がここに来たのは、ソグラトの冒険者ギルドとフガフガ家の関係を壊さないためだ。招待を断ってフガフガ家当主の機嫌を損ねるのを、俺やギルドマスターのセクレケンは恐れていた。


 だから何日もかけて王都までやってきたわけだが、何が何でも当主に会う必要がある、というわけではない。屋敷まで行きはしたが向こうの都合で会えなかった、ということであれば礼を失したことにはならないだろう。むしろ相手方の警備隊員と揉める方が、当主に不快感を与えることになりそうだ。


「では、これで」


 あいさつをしてから、俺は屋敷の門に足を向ける。ポレリーヌとチウニサも、俺に続いてきびすを返した。


「お、お待ちください!」


 そのとき、使用人のラウトバが俺達を呼び止めた。


「このような形でお客様をお帰ししては、フガフガ家の名誉に傷が付きます! ご足労をおかけしますが、わたくしと共に旦那様の仕事場までお越しいただけませんか? 旦那様にあの者をきつく叱っていただき……うっ!」


 言い終える前に、ラウトバが倒れる。いきなり後ろから、メルフィウスに首筋を手刀で打たれたのだ。


 地面に突っ伏したまま、動かなくなるラウトバ。俺はメルフィウスを怒鳴り付けた。


「何をするんだ!」

「ふん。真面目ぶって出しゃばるからだ」

「くっ……」


 俺はラウトバの側に駆け寄ると、かがんで彼の様子を見ようとした。その瞬間、ポレリーヌが叫ぶ。


「ブイルさん、危ない!」

「!?」


 ほぼ同時に、俺の顔めがけてメルフィウスが足を蹴り上げてきた。とっさに右腕を上げてガードする。顔には当たらなかったものの衝撃を殺し切れず、俺は後ろ斜め上に吹き飛ばされた。


「師匠!」


 チウニサが叫ぶ。俺は空中で体を縦に一回転させ、両脚で地面に着地した。そしてメルフィウスの方へ歩いていく。


「お前……」

「お節介はやめてもらおうか。腰抜けの雑魚はさっさと田舎に帰りやがれ!」

「この人をどうするつもりだ?」


 倒れているラウトバに視線を向けつつたずねると、メルフィウスは答えた。


「どうもしやしねえさ。旦那様に余計なことをしゃべらないならな」

「つまり、暴力で黙らせるってことか……それは困るな。俺達も勝手に押しかけてきたわけじゃない。ソグラトの冒険者ギルドの代表として、フガフガ家の正式な招待を受けて来たんだ。どうして俺達が帰ったのか、この人の口からいきさつを当主に説明してもらわないと」

「何だと、てめえ……」

「悪いが、この人をここに置いてはいけない。連れて行くぞ」


 最初はこのまま帰るつもりだった。だが、この分では、メルフィウスは俺達がいなくなった後、あることないこと当主に吹き込みそうだ。そうなってはたまったものではない。ソグラトの冒険者ギルドとフガフガ家の関係が悪化してしまう。


 俺はポレリーヌとチウニサに目配せをした。二人はラウトバに駆け寄り、左右から彼を抱きかかえて立ち上がらせる。


「てめえら!」

「おっと」


 妨害しようとしたメルフィウスの前に、俺は立ちふさがった。そして後ろのポレリーヌ、チウニサに言う。


「ここを出て、どこかでラウトバさんを休ませろ。ラウトバさんが目を覚ましたら、一緒に当主の仕事場に行くんだ。こいつは俺が食い止める」

「「はいっ!」」


 二人は返事をすると、門を目指して歩き出そうとする。それを見たメルフィウスは、舌打ちをしてから建物の端の方を向いて叫んだ。


「チッ……おいっ、出て来い!」


 メルフィウスの呼びかけに応じて、建物の陰から十数名の男が姿を現した。全員が冒険者風の格好で、手には剣や槍、棍棒などの武器を持っている。メルフィウスと同じ、フガフガ家の警備隊員達か。


 なるほどな。何となく、メルフィウスの考えていたことが分かったような気がした。


 メルフィウスは俺の力を試すと言っていたが、こんな奴らを隠していたということは、公正に俺の技量を評価する気はなかった可能性がある。もしかしたら、俺達を袋叩きにしてでも当主に会わせたくなかったんじゃないだろうか。


 勝手な想像だが、俺達がソグラトから招かれたと聞いて、フガフガ家の警備隊員に採用されるとでも勘違いしたのかも知れない。後で自分の立場をおびやかしそうな相手を、早めに排除にかかった。そんなところか……


 現れた警備隊員達は、俺達の方に近づいてきた。そのうちの一人がたずねる。


「メルフィウスさん! もうそいつら、やっちまっていいんですか!?」

「そうだ! 半殺しにして王都の外に捨てて来い! 旦那様には、こいつらがここで暴れてラウトバを殴り倒したと説明する! それを俺達が取り押さえて追い返したって筋書きだ! だから俺達が旦那様から叱られることはねえ! 安心してボコボコにしていいぞ!」

「「「はいっ!」」」


 警備隊員達は威勢よく返事をすると、俺達に武器を向けて取り囲んだ。


 今の話を聞いては、ますます引き下がるわけにいかないな……


 俺はポレリーヌとチウニサの方に下がり、二人に強化魔法バフをかける。次の瞬間、一人の警備隊員が不用意にポレリーヌに近づいた。


「へへっ。お前、よく見たらかわいいじゃねえか。俺達に身も心も捧げてサービスするって言うなら、少しぐらい手加減してやっても……」

「死ね」


 警備隊員の手が肩に触れようとしたそのとき、ポレリーヌは手でラウトバの体を支えたまま、その長い足で相手の股間を蹴り上げた。


 ドスッ


「!!」


 痛みのあまりか声も出せず、股間を押さえて前かがみになる警備隊員。続けざまにポレリーヌは、相手の顔面を蹴り上げた。


 ドカッ!


「がっ!」


 宙に舞った警備隊員は、口から血と歯をまき散らしつつ縦回転し、仲間一人を巻き添えにして吹き飛んでいく。やがて地面に落下し、動かなくなった。


「ウジ虫が」


 ポレリーヌが吐き捨てる。警備隊員達は知らなかったみたいだが、彼女、“弓術”だけじゃなくて“格闘”適性も持ってるんだよな……

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