第33話 アイアンゴーレムを粉砕

 矢を放ったのは、もちろんポレリーヌだ。ヤブの中に身を隠し、アイアンゴーレムの動きが止まったら足を狙い撃つよう、俺は彼女にあらかじめ指示していた。


「ヴヴヴ……」


 アイアンゴーレムが、矢の飛んできた方を向きかける。すかさず俺は、斧でアイアンゴーレムの左足を叩いた。


 ガァン!


「よそ見すんな!」

「ヴヴヴヴ……」


 まず俺を倒さないと、ポレリーヌを攻撃にはいけない。そう思ったのだろう。アイアンゴーレムは俺の方に向き直ると、また拳を振り下ろしてきた。


甲殻休眠スリーパーセル!」


 ゴオォン!


 今度は避けずに、魔法を発動させる。アイアンゴーレムの拳は俺の頭にはね返された。たまらずアイアンゴーレムは、一歩、二歩と後ずさる。


 そこへ再び、矢が飛んできた。さっきと同じように、アイアンゴーレムの右足に命中する。


 ガァン!


「ヴヴヴヴ……」


 アイアンゴーレムは、足を一歩前に踏み出した。大したダメージではないのだろう。さすがだ。


 しかしこちらとしても、一発や二発で行動不能にできるとは思っていない。何度も何度も攻撃を当てて、少しずつ損傷させていくつもりだった。そのための準備を、数日前から重ねていたのである。



 俺は甲殻休眠スリーパーセルを解除し、斧を振りかぶった。アイアンゴーレムも拳を振り回してくる。


 ガアァン!


 斧と拳がぶつかり合い、双方に衝撃が走った。俺もアイアンゴーレムも一歩下がる。そこへまた矢が飛来し、アイアンゴーレムの右足に命中した。


 ガンッ!


 ポレリーヌが今放っている矢は、普通のものではない。普通の矢の矢じりは、先がとがっている。これは柔らかいものを突き刺すにはいいが、アイアンゴーレムのように硬くてつるつるした表面の相手だと、すべってしまったり欠けてしまったりしやすい。


 そこで俺はソグラトの鍛冶屋に注文し、先端が平らな、ノミの刃のような矢じりを注文していた。“突き刺す”ことを捨て、“叩き割る”ことに特化したものだ。これでアイアンゴーレムの硬い表皮にも、ある程度の損傷を与えられる。それをポレリーヌの腕で、同じところに何度も何度も当てていけば……アイアンゴーレムといえども壊れるのは時間の問題だ。


 ☆


「がああっ!」

「ヴヴヴヴ……」


 俺とアイアンゴーレムの殴り合いは、長い時間続いた。俺は隙を見て飛び上がり、アイアンゴーレムの胸元に斧を打ち当てていく。アイアンゴーレムも弱った様子を見せずに反撃を加えてくるが、そのたびに避けたり甲殻休眠スリーパーセルを使ったりして、致命傷はまぬがれていた。


「ヴヴヴ……」


 アイアンゴーレムが、右足を一歩前に踏み出す。その足が着地したとき、ぐらりと体が傾いた。


 ガシャ……


「ヴヴヴ……?」


 ポレリーヌの矢を受け過ぎて、ついに右足が故障したのだ。倒れはしないものの、よたよたと酔っ払いのように歩き始める。


「ヴヴヴ……ヴヴヴヴ……」


 よし。どつき合いはもう十分だ。俺は斧を高く上げて合図を送った。


「師匠! こっちです!」


 横からチウニサの声が響く。俺はアイアンゴーレムに視線を向けたまま、チウニサの方に歩き出した。


 ☆


 セクレケンから話を受けた後、俺はすぐにポレリーヌ、チウニサの二人に事情を伝えた。そして、三人でアイアンゴーレムの討伐に行きたいがどうだとたずねる。チウニサは両手を上げて賛成したが、ポレリーヌは渋い顔をした。


「私とブイルさんは経験豊富だからいいですけど、そこのメスガ……チウニサさんはまだ駆け出しも駆け出しじゃないですか。Sランクモンスターの討伐なんてとても無理ですよ。今回は、私とブイルさんの二人きりで行った方がいいんじゃないですか?」

「確かに……」


 俺はうなずいた。


「駆け出しの冒険者をSランクモンスターの討伐に連れて行くなんて、普通なら無茶だよな」

「そうですよ。おしっこちびって逃げ出すのがオチです。やっぱり二人だけで……」

「僕はちびったりしません!」

「まあ待て」


 立ち上がったチウニサを制して、俺は続けた。


「普通なら無茶だが、今回の討伐ではチウニサの力が必要になりそうなんだ」

「僕の力が……?」

「ああ。確かお前、魔法を使おうとすると魔力が暴走するって言ってたよな?」

「はい……」

「それがどんな風になるのか、今から見せてほしい」


 ☆


 人里離れた場所でチウニサの魔力暴走を見た俺は、今回のアイアンゴーレム討伐の作戦を決めた。それを今から実行するのだ。


 俺がチウニサの方へ歩き出すと、アイアンゴーレムはふらつきながら追ってきた。足が壊れているので、歩いている俺にも追い付けない程度の速さだ。


 ガシャン……ガシャン……


 いいぞ。しっかりついて来いよ。


 アイアンゴーレムが俺を見失わないよう、気を付けながらチウニサのところまで行く。チウニサは坑道の横穴を指差した。


「あれです、師匠!」

「よし、入るぞ!」

「はいっ!」


 俺とチウニサは、アイアンゴーレムが見ている前で横穴に入る。あらかじめ俺は、俺が戦っている間に坑道の入口を見つけておくよう、チウニサに指示していた。


 ある程度奥に入ったところで、アイアンゴーレムの声が聞こえてくる。


「ヴヴヴヴ……」


 俺達を追って、坑道のすぐ外まで来ているのだ。俺はまたチウニサに指示した。


「この辺でいいだろう。やってくれ」

「はいっ……でも本当に大丈夫ですか? 師匠の体が……」

「俺なら大丈夫だ。遠慮なく頼む」

「分かりました……はああああああああああぁ!」


 チウニサが魔力を集中させる。そして彼女は、ついこの間俺が教えた魔法を発動させた。


突風弾ヴェント・バレット!」


 彼女の体から、凄まじい風が巻き起こった。普通なら敵に向かって吹いていくのだが、今、その風は制御されていない。だが、制御される必要はなかった。坑道の中では、風は入口か奥か、2方向に分かれて進むしかない。


 そして、俺の方に吹いてきた風は、荒れ狂いながらとてつもない勢いで俺を押し流した。俺は体を丸め、魔法を発動させる。


甲殻休眠スリーパーセル!」


 そのまま俺は弾丸となって、坑道の入口に向かって飛んでいく。そして、かがんで中の様子をうかがっていたアイアンゴーレムに激突した。


 ドガアアアアアァン!!


 アイアンゴーレムも俺が飛んでくるのは見えただろうが、足が壊れていては咄嗟とっさに避けられなかった。衝突のせいで勢いが弱まりながらも、地面を転がる俺。甲殻休眠スリーパーセルを解いて受け身を取り、ようやく静止する。振り返ると、木っ端みじんになったアイアンゴーレムの破片が、坑道の入口一面に散らばっていた。

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