第14話 横暴なAランク冒険者の剣士、衛兵に突き出される

「お待ちなさい」


 振り向くと、長い白髪に白髭の小柄な老人がいた。老人は屈強そうな男を数人後ろに従えており、ギルドの建物の方から歩いてくる。


 老人は、俺とポレリーヌを見て言った。


「見ない顔ですな……よその町の冒険者か……」

「あなたは……?」


 俺の問いかけに老人が答えるより早く、受付嬢が声を上げた。


「マスター!」


 そうか。この老人がこのギルドのマスターか。ということは、ゴールガングはこの老人の孫ということになる。


「マスター、いつお帰りに?」

「たった今だ。久しぶりにソグラトに帰ってギルドに来てみたら、裏手が騒がしいので様子を見に来たのだ」


 どうやらギルドマスターは、しばらくソグラトを空けていたらしい。そしてちょうど、孫が悪さをして返り討ちにあったタイミングで帰ってきたというわけだ。


 さて、どうなるか……


 様子をうかがっていると、ギルドマスターの視線が倒れているゴールガングに向いた。


「ゴールガング……」


 つぶやいたギルドマスターは、後ろの男の一人に目配せをする。男はゴールガングのところまで走っていくと、容体を確かめて報告した。


「気絶しているだけです。そのうち目覚めるかと」

「そうか……」


 ギルドマスターはうなずくと、周りの職員や冒険者達を見回し、強い口調でたずねた。


「さて、これはどういうことだ!? 何があった!?」

「それは……ギルドに登録希望の方がいらしたので、ゴールガングさんが試験を……」

「奥義の名を叫ぶ声が聞こえたぞ。たかが登録試験で、なぜ奥義が出る!?」


 答えた受付嬢を、さらにきつい調子で問いただすギルドマスター。今度は誰も何も答えることができなかった。


「「「…………」」」

「誰か何とか言わんか!」

「あー、それはですね」


 そこへポレリーヌが進み出た。ポレリーヌは、自分達がこのギルドの登録希望者であったこと、ゴールガングが試験を口実に少年を痛め付けたこと、そして俺がゴールガングを倒したことを、ぺらぺらぺらぺらと立て板に水のように語る。俺はそれを止めなかった。やましいことは何もないのだから、隠し立てする必要もないだろう。


 ポレリーヌの話を聞くうちに、ギルドマスターの表情はどんどんけわしさを増していった。そして聞き終えると、額に青筋を立てて怒鳴る。


「皆、今の話は本当か!?」

「「「…………」」」


 やはり、全員うつむいて何も答えない。その沈黙を肯定と受け取ったのだろう。ギルドマスターは天を仰いでなげいた。


「何ということだ……わしが留守の間に、ゴールガングがそこまで思い上がっておったとは! 冒険者登録試験を、おのれの力を見せつける場にするとは情けない……」


 ギルドマスターは、ゴールガングの所業をよしとはしないようだ。さらに、周囲にいた冒険者や職員達が叱り付けられる。


「お前達もなぜ止めん!? わしの孫だからといって遠慮はいらんと言ったはずだぞ!」

「も、申し訳ありません!」

「お許しください、マスター!」


 冒険者や職員達が口々に謝る中、ゴールガングが目を覚ました。


「ううっ……ん……? え……? じ、じいちゃん!?」

「じいちゃんではない! ギルドマスターじゃ!」

「ひいっ!」

「お前、登録試験にかこつけて、新人を痛めつけておったそうだな。しかも、そこのブイルさんには奥義まで繰り出して殺そうとしたとか」

「そ、それは……」

「お前はもっと成長していると思っておったが、わしの見立てが甘かったようじゃ。殺人未遂のかどで、お前を衛兵に突き出す。Aランク冒険者の称号も剥奪だ。罪をつぐなって戻ってきたら、Fランク冒険者として地道に依頼をこなし、初心に帰って己を鍛え直せ」

「そ、そんな! 衛兵に突き出すなんで……それにランクの降格はどうか……」

「降格が不服ならこのギルドを去れ。どこか別の町のギルドで一からやり直すのも良かろう。むろん、お前が移籍した先のギルドが分かり次第、お前がしたことをそこのギルドマスターに伝えるがな」

「ううっ……」


 このギルドでFランクからやり直すしかないと悟ったのだろう。ゴールガングはその場に崩れ落ちた。ギルドマスターが「連れていけ」と後の男達に言うと、二人が進み出てゴールガングを引きずっていく。


 ゴールガングの姿が見えなくなると、ギルドマスターは俺を振り返って言った。


「さて……申し遅れましたな。このギルドのマスター、セクレケンと申します。せっかく登録にいらしていただいたというのに、うちの者がとんだ醜態をさらして申し訳ない。全て、わしの責任です……」

「いいえ……身内のお孫さんにもかかわらず、あのように襟を正されるとは。感服いたしました」

「そのように言っていただけると、救われます……ところでお二人は、我がギルドへの登録を希望されていたのですな?」

「はい……合格をいただく前に、試験が終わってしまいましたが」

「いかがでしょう? お二人を我がギルドに迎えさせていただけませんか? ポレリーヌさんは元Aランクとのことですし、ブイルさんもゴールガングに勝ったというなら、技量は問題ありますまい。むろん、ゴールガングがしたような無法は、二度と繰り返させないとお約束します」

「…………」


 さて、どうしようか。このギルドに登録する気はかなり失せていたのだが、マスターが真っ当な人なら、ここでやっていくのも悪くない。


 ポレリーヌの方をうかがうと、彼女も俺を見て小さくうなずいた。決まりか。ただ、その前に……


 俺は例の少年にたずねた。


「マスターはああ言ってるが、どうだ?」

「えっ? どういうことですか……?」

「もう一度登録試験を受けられるとしたらどうする? やってみるか?」

「…………」


 少年はしばらく黙って考えた後、大きくうなずいた。俺はセクレケンに言う。


「お願いがあります。彼の登録試験をやり直してもらえないでしょうか?」

「ああ、ゴールガングがまともに試験をしなかったのでしたな……」

「はい。彼の試験をやり直していただけるなら、このギルドでお世話になろうと思います」

「むろん、そのようにします。すぐに準備をさせましょう」


 セクレケンは微笑を浮かべ、部下に新たな試験の準備を指示した。

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