第13話 横暴なAランク冒険者の剣士を撃破する

「もう許さん! このゴールガング様をさんざんコケにしやがって! こうなったら俺の最終奥義を喰らわせてやる! はあああああああ!」


 ゴールガングは俺から距離を取ると、木剣を構えたまま手に魔力を集中させ始めた。木剣の近くに白い霧のようなものが浮かんでくる。


 それを見て、俺達を囲んでいる冒険者が口々に言った。


「ついに出るぞ! ゴールガングさんの必殺技が!」

「あれを喰らって生きてる奴はいないんだよな!」

「万年Dランク野郎、今度こそ終わりだ!」


 待っていたよ。そういう本気の攻撃を。


 見ているうちに白い霧は次第に濃くなり、木剣の周りを回り始めた。そしてその動きがどんどん速くなる。疾走する馬車の車軸のようだ。


「ハッハッハ! 俺にこの奥義を出させたことは褒めてやろう。恨むんなら、俺を本気にさせた自分を恨むんだな!」

「……これ、登録試験だよな? ソグラトの登録試験は、登録希望者が死ぬまでやるのか?」

「ハハッ! それは俺の気分次第だ! 貴様は試験中の事故で死んだことにしてやる! 安心してくたばるがいい!」

「そうか……」


 やはりゴールガングは、試験官としての役目を完全に忘れていた。俺を倒し、自分の力を周囲に見せ付けることで頭がいっぱいになっている。まあ、俺としてはその方が都合がいいわけだが……


「行くぞ!」


 ゴールガングは俺めがけて走り出した。それを見た俺は、自分にかけていた強化魔法バフを解除する。そしてもう一度、同じ魔法をかけ直した。俺ではなく、ゴールガングに。


 さらに、木剣の切っ先を前の地面に付け、そこに体重をかけながら新しい魔法を発動させる。


甲殻休眠スリーパーセル


 これも環境不問クマムシと同じく、“生存”適性のおかげで使える魔法だ。発動中は自力で動くことができないが、その代わり、打撃や斬撃といった物理攻撃に対する耐性が極端に上昇する。


「勝負を捨てたか!? だがもう遅い! 死ね! 風刃烈風斬ヴァイオレント・ウィンドエッジ!」

「…………」


 俺の体勢を見て誤解したゴールガングは、木剣を俺の頭に振り下ろした。


「きえええええええぇ!」


 当然のように、ゴールガングの木剣が俺の頭を直撃する。もちろん、痛くもかゆくもない。そして次の瞬間、当たった木剣はつば元で真っ二つに折れた。俺の強化魔法バフを受けたゴールガングの全力のパワーに、木剣が耐え切れなかったのだ。


 バキッ……


「なっ……」


 茫然自失の表情を浮かべるゴールガング。俺は即座に甲殻休眠スリーパーセル強化魔法バフを解除する。そして自分の木剣を振り上げ、ゴールガングの頭に振り下ろした。腕に力はほとんど入れず、木剣の重みだけで落下させる。


 コン……


 木剣の先端近くがゴールガングの額に触れ、小さな音がした。ゴールガングは目を見開いたまま、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちていく。頭蓋から中に衝撃が伝わって失神したのだ。


 ドサッ……


 ゴールガングはうつぶせに倒れた。そのまま動かず、声も出さない。しばらくは目が覚めないだろう。


「…………」


 俺は構えを解き、木剣を左手に持って提げた。


 ゴールガングが、登録希望者の実力を見定めるという試験官本来の役目を忘れなかったら、俺に向かって本気で打ちかかってくることはなかっただろう。そうすれば武器を壊さず、俺に反撃される隙を産むこともなかった。みんなの前で恰好付けたまま終われたのにな。


 相手を打ちのめさなくてはいけないという、自分が勝手に作ったルールに縛られた結果がこのざまだ。彼は目を覚ました後で、自分の失敗に気付くだろうか……


 どちらにしても、試験官を殴り倒してしまった以上、登録試験は終わりだろう。俺は木剣を地面に置き、後ろを振り返った。あの少年が表情を輝かせて走り寄ってくる。


「お見事でした! お強いんですね……」

「いや、俺が強かったんじゃない。あいつが勝手に自滅した」

「?」


 俺が首を横に振ると、それが意外だったのだろう。少年は不思議そうな顔をした。そのときになってようやく状況が呑み込めたのか、周りの冒険者達が騒ぎ出す。


「そ、そんな! ソグラト最強の剣士ゴールガングさんが負けるなんて!」

「あのブイルって奴、本当にDランクなのか!?」

「もしかして、正体隠してるSランク冒険者なんじゃ……」


 少年の、男の割には華奢な肩に手を置き、俺は続けた。


「今回は残念だったな。でも、冒険者ギルドはここだけじゃない。自分に合った、いいところを探すんだ。真っ当な冒険者ギルドなら、君の剣の腕を見て登録させてくれるはずだ」

「はいっ……」


 少年がうなずいたので、俺は彼から離れ、ポレリーヌに歩み寄った。


「済まない……見ての通りだ。合格をもらう前に試験が終わっちまった」

「いいえ! 見ていてスッキリしましたよ。やっぱりブイルさんは素敵です。さあ、行きましょう!」


 ポレリーヌは俺と腕を組むようにしながら引っ張り、広場の外に連れ出そうとした。俺は逆らうことなく、彼女と一緒に歩き出す。


 そのとき、俺達に声をかける者があった。


「お待ちなさい」

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