第12話 横暴なAランク冒険者の剣士を挑発に乗せる

 治療が終わると、少年は静かに目を開き、俺を見た。


「大丈夫か?」

「は、はい。痛みが消えました。あなたは……?」

「君と同じ、冒険者試験希望者だ。立てるか?」

「はい……」


 少年がゆっくりと上体を起こす。俺は彼の手を取り、立つのを手伝った。


「ひどい目にあったな。次は俺がやるから、下がっていてくれ」

「はい……ありがとうございました!」


 俺に一礼してから、少年は下がっていく。俺はゴールガングの方を向いた。ゴールガングは俺を指さして怒鳴り付けてくる。


「何だ貴様は!? いきなりしゃしゃり出てきてこのゴールガング様を無視するとは、いい度胸じゃないか!」

「俺はブイルという者だ。返事をしなかった非礼は詫びよう。要救護者への対応を優先させてもらった」

「チッ! 確か、冒険者試験希望者だと言っていたな?」

「ああ……ついさっき、受付で手続きを済ませてきたところだ」

「あの、ゴールガングさん」


 受付嬢がゴールガングに走り寄り、何か話し始める。俺のことを説明しているのだろう。聞き終えたゴールガングは爆笑した。


「ハッハッハ! ジルデンで十年以上活動してやっとDランクだと!? しかも適性が“生存”だけとは! でかい態度を取るからどんな奴かと思ったら、とんだ落ちこぼれ野郎じゃないか!」

「よく今まで冒険者やってこられたな! 恥ずかしくないのかよ!」

「ここは無能が来るところじゃないぞ! さっさとジルデンに帰れ!」


 周りの冒険者達も、ゴールガングに追従して俺を嘲笑う。ポレリーヌが俺のところに来て、小声で言った。


「ブイルさんを馬鹿にするなんて許せません。見せしめに2、3人、血祭りに上げましょうか?」

「いや、それはちょっと……ただ、ここの登録試験はまともじゃなさそうだ。済まないが、もしかしたら俺は不合格になるかも知れない」

「確かに、ここは普通じゃないですね……不合格になったら仕方ありません。別の町に行きましょう。とにかく、ブイルさんの気の済むようにしてください」

「ありがとう……」


 ありていに言うと、ソグラトの冒険者ギルドに入る気はかなり失せていた。ゴールガングのような人間が幅を利かせているぐらいだから、どんな風に運営されているか想像はつく。おそらく、ゴールガングの取り巻きだけが優遇されるのだろう。そんなところで冒険者をやる気にはなれなかった。


 とはいえ、このままゴールガングを野放しにして立ち去るのも気が引ける。せめて一つくらいは痛いのを喰らわせて、あの少年の気持ちを分からせてやりたいと思った。


 俺はゴールガングに近づき、たずねた。


「それで、試験は受けさせてもらえるのか?」

「ん? まあいいだろう。貴様みたいな落ちこぼれは本来なら門前払いだが、特別にこのゴールガング様が試してやる」

「そうか……それはありがたいな」

「基礎体力の試験は必要ないな。得意分野の技量を見てやる。どの分野で試験を受けるんだ? さっきののろまな回復魔法か?」

「何でもいい」

「何……?」

「聞いての通り、俺は生き残るしか能のない男でね。ほかは何をやっても中途半端。得意なものも、苦手なものもない。だから、何で試されようが同じなんだ」

「ほざけ! だったら貴様の剣術を見てやる。“剣術”適性を持つ俺を、納得させるだけの技があるか試してやろうじゃないか!」


 まあ、そう来るよな。俺はうなずいた。


「分かった」


 少し離れたところに、あの少年の使っていた木剣が落ちていた。俺はそれを拾い上げ、ゴールガングに向き合う。


「魔法は使ってもいいのか? 万年Dランク冒険者の魔法が怖いなら、禁止にしてもらっても構わないが」

「何だと!? 貴様ごときの魔法を俺が恐れると思うのか!? 遠距離攻撃以外の魔法は解禁にしてやる! せいぜいあがくんだな!」


 俺の挑発に乗せられ、魔法を解禁するゴールガング。これで俺は、適性“生存”を生かすことができる。


「お、お二人とも準備はいいでしょうか……? それでは始めてください!」


 俺とゴールガングの間に立った受付嬢が、開始を宣言した。


 ☆


 模擬戦闘が始まり、俺とゴールガングは木剣で打ち合う。“剣術”適性を持つというだけあって、さすがにゴールガングの技は優れていた。俺は自分に強化魔法バフをかけ、スピードとパワーを底上げしていたのだが、それでも何度かゴールガングの木剣を腕や胴に喰らう。


「おらあっ! どうだ、この落ちこぼれめ!」


 真剣だったら、とっくに俺の負けである。試験官であるゴールガングとしては、この時点で俺を技量なしとみなして不合格にすることもできるわけだが、彼はそうしなかった。あくまでも俺を打ちのめすことにこだわり、模擬戦闘を続けている。予想通りだ。


「ゴールガングさん、押してますよ! このまま倒せます!」

「見たか! ゴールガングさんはソグラト最強の剣士なんだぞ!」


 はやし立てる周囲の冒険者達。俺はゴールガングに向かって言った。


「それだけか? ちっとも痛くないぞ」

「な、何……!?」

「どうやらお前の剣は、初心者しか倒せないようだな」

「き、貴様!」


 またしても俺の挑発に乗せられ、顔面を真っ赤にするゴールガング。おそらく、ちやほやされることに慣れていて、悪口を言われたことがあまりないのだろう。


「俺はしぶといぞ。倒したかったらもっと本気を出すんだな」

「ほ、ほざけ! この万年Dランクが!」


 何としてでも俺を倒そうと、躍起やっきになって打ちかかってくるゴールガング。


 もっとだ。もっと熱くなれ、ゴールガング。


 俺は受けに回って致命打を防ぎつつ、ゴールガングが本気を出す瞬間を待った。

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