第11話 ソグラトの町のでたらめな冒険者試験

 ジルデンの町を出発して二日後、俺とポレリーヌはソグラトの町に到着した。早速冒険者ギルドを訪れ、登録試験を受けたいと申し出る。


 俺達が出した最終功績証を見た受付嬢は、まずポレリーヌを見て言った。


「ポレリーヌさんの適性は“弓術”と“格闘”ですね。ジルデンの冒険者ギルドで2年の間にFランクからAランクまで昇進……申し分のない経歴です。登録試験は免除の上、Bランクから始めていただけます」

「おおっ……」


 俺は声を上げた。やっぱり、最終功績証を作ってもらって正解だったようだ。


 続いて受付嬢は、俺を見て言った。


「そちらのブイルさんは……適性が“生存”だけで、十年以上続けてDランクですか。こう言っては何ですけど、冒険者としての見込みはあまりないと思いますよ。最後にSランクモンスターを倒したとありますが、まぐれかも知れませんし……できれば転職をお勧めします。このギルドの職員なんてどうでしょうか?」

「余計なことを言わないでください!」


 ポレリーヌはカウンターを激しく叩いて言った。その剣幕に受付嬢がひるむ。


「ひいっ!」

「無駄口を叩く暇があったら、ブイルさんの登録試験を始めてください! ブイルさんは私とパーティーを組んで、この地方一帯で幅を利かせるんです!」

「えっ……? 俺とパーティーを組む気なのか?」


 初耳だった。思わず聞き返すと、ポレリーヌは可哀そうな人を見るような目で俺を見る。


「はあ? 今さら何言ってるんですか。パーティー組むつもりがないなら、わざわざブイルさんに付いてくるわけないじゃないですか」

「それはそうかも知れないけど……俺と組んでも、多分メリットないぞ。何をやっても俺は中途半端だし……」

「そんなことはありません! ブイルさんは一人でSランクモンスターを倒したし、私の火傷を治してくれたじゃないですか! 私達が組めば、あっという間にSランクパーティーになれます!」


 まくしたてながら、ぐいぐい近づいてくるポレリーヌ。顔と顔が今にもくっつきそうだ。その勢いに圧倒され、俺はついうなずいてしまった。


「わ、分かった……パーティーを組もう」

「最初からそうやって素直に言えばいいんです。で、登録試験はどこでやるんですか?」

「は、はい。こちらです……」


 ポレリーヌにたずねられた受付嬢は、恐れおののきながら俺達を案内した。


 ☆


 俺達が連れてこられたのは、ギルドの建物の裏手にある広場だった。


「今ちょうど、登録者試験をしているところです。ブイルさんの番になるまで、しばらくお待ちいただきます」

「ああ……」


 広場の中央で、二人の男性が木の剣を手に向かい合っていた。その周囲を、十数名の冒険者らしい男女が距離を取って囲んでいる。


 向かい合っている男性のうち、一人は俺より少し若い、二十代前半ぐらいの年代だった。背が高く筋骨隆々で稽古着を着ており、余裕しゃくしゃくの態度で木剣を構えている。


 もう一人の男は十代半ばぐらいで、整った顔立ちをした、短い黒髪の少年だった。白いシャツに革のズボンをはいている。おそらくこちらの方が試験を受けているのだろう。


「…………」


 十年前を思い出す。俺が村を出て冒険者になったのは、ちょうどあの少年ぐらいの年頃だった。


「はあっ……はあっ……」


 少年はすでに息が上がっていた。顔にはアザを作っている。


「どうした!? そんな軟弱なことでは冒険者になどなれないぞ! もっと本気で向かって来い!」


 背の高い男に挑発され、少年が打ちかかっていく。


「うわあああああっ!!」


 背の高い男は少年の木剣を軽々とかわし、反対に木剣を少年の胴に打ち込んだ。


 ドカッ!


「うぐっ……」


 少年は苦悶の表情を受かべる。


「…………」

「あの人が、試験官のゴールガングさんです」


 見ていると、受付嬢が俺にささやいてきた。


「ギルドマスターのお孫さんで、Aランク冒険者の称号を持っています。適性は“剣術”で、ギルドマスターから試験官を任されているんです」

「そうか……」


 そうしている間にも、ゴールガングの木剣は次々と少年の体をとらえていた。腕や足、胴を打たれた少年は何度も膝をつく。だが、どうしても冒険者になりたいのだろう。そのたびに立ち上がってゴールガングに向かっていった。


「うわああああっ!」

「甘い!」


 ゴールガングの木剣に脚をしたたかに打たれ、少年は地面に倒れる。


「やりすぎだ」


 俺はつぶやいた。大体の場合、冒険者登録試験では基礎体力のほかに、剣術、攻撃魔法、回復魔法など、自分の得意な分野で試験官の査定を受け、認められれば合格となる。


 中には剣術のように試験官と模擬戦になる分野もあるが、その場合でも試験官を倒さなければ不合格ということはまずない。そんな基準を設けたら、ほとんどの希望者が不合格になってしまう。ある程度やり合って、必要最低限の技量があると分かれば合格になるはずなのだ。


 俺の見たところ、あの少年は冒険者として必要な剣術の腕前を持っている。にもかかわらず、ゴールガングは合格にしようとせず、自分の力を誇示していつまでもいたぶり続けていた。


「危険だ。止めた方がいい」


 俺は受付嬢に言ったが、彼女も、ほかの冒険者も止めに入ろうとはしなかった。ギルドマスターの孫で、Aランク冒険者の肩書もあるので逆らえないのか……


「うわああああっ!」

「ふんっ!」


 そしてついに、ゴールガングの木剣の先端が少年のみぞおちにめり込んだ。急所を突かれた少年は、声を上げて仰向けに倒れる。


「ぐあっ……」


 受け身も取れずに倒れた少年を見下ろし、ゴールガングは勝ち誇った。


「ハッハッハ! その程度の未熟な腕前で、このゴールガングから合格を勝ち取ろうとは十年早い! 修行をして出直してくるんだな!」

「…………」


 少年は動かない。俺は前に進み出ると、少年のそばに膝をついた。


「む? 何だ貴様は? 見ない顔だな。ここがソグラトの冒険者ギルドだと知っているのか?」

「ううっ……」

「動くな。今、治してやる」


 俺は少年の体に両手をかざし、魔力を集中させた。


中級治癒ミドルヒール……」

「おい、貴様!」


 後ろから誰かの怒鳴る声がするが、今は構っている余裕がない。俺は少年の治療を始めた。

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