第8話 ジルデンの町、最後の夜

「こんばんは」

「あっ、ブイルさん。それにポレリーヌさんも……」


 カウンターに近づくと、俺達を出迎えたのは昨日と同じ受付嬢だった。少々はしたないが、金に関係した話から俺は始める。


「ええと……昨日のラーヴァドラゴンの件だけど、どうなったかな……?」

「はい……喜んでください。ポレリーヌさんの証言もありまして、ラーヴァドラゴン討伐はブイルさんの功績として正式に認められました」

「そうか……」

「こちらが賞金になります。ご確認ください」


 受付嬢は、口を縛った小さな袋をカウンターの上に置いた。開けてみると、中には金貨がぎっしり詰まっている。


「っ……」


 一瞬、息が詰まった。冒険者を始めて十年以上。これほどの大金を収入として受け取るのは初めてのことだった。


「こんなにもらえるのか。ありがとう……」

「ブイルさん、パーティーの人達が遊び回ってる間も、お一人でずっと修行されてましたもんね……やっと報われましたね」

「ああ……」


 うなずいて見せると、受付嬢は続けて言った。


「ちなみに、ポレリーヌさんのパーティーの人達ですけど、処分が決まりました。パーティーとメンバー全員が3ランクの降格で、さらに1年間のランクアップ停止です」

「そうなったか……」


 喰うには困らないだろうが、1年以上は比較的低ランクの依頼しか受けられないことになる。少し厳しい気もするが、立ち直ってくれることを願うしかない。


 後ろを振り返ると、ポレリーヌは無表情で、何の反応もしていなかった。本当にもう、何の関心もないのかも知れない。


「それから、ブイルさんのランクアップですけど、こちらは近いうちに……」

「あ、いや、済まない。俺のランクはもういいんだ」

「と、言いますと……?」

「実は……俺もポレリーヌも、よんどころない事情で町を離れることになってさ。今日限りで、このギルドを抜けないといけなくなったんだ」


 俺はあえて、パーティーメンバーとのいざこざが原因で町を出るとは言わなかった。それでもおおよその見当は付いたのか、受付嬢は特に驚きもせず、何とも言えないような表情でうなずいた。


「そうですか……こういった状態で脱退されるのはギルドとしても残念ですが、お引き留めするわけにも行きませんね。お二人ともお疲れ様でした」

「こちらこそ、長い間世話になった……ギルドマスターによろしく伝えておいてくれ」

「かしこまりました。それと……よろしければ、今、最終功績証をお作りします。しばらくお時間をいただいてもいいですか?」

「ああ、頼む……」


 最終功績証というのは、読んで字のごとく、ギルドに入ってから抜けるまでに上げた功績やランクアップの履歴を示したものだ。冒険者の実績を示すものであると同時に、ギルドを円満に脱退したことの証明にもなる。ギルドによるのだが、これを持っていくことで登録試験が免除されたり、上のランクからスタートできたりもする。俺の場合Dランクで終わりだからあまり効果は期待できないが、Aランクのポレリーヌは別だ。最終功績証があれば、ソグラトの冒険者ギルドでもそれなりの優遇が期待できるだろう。


 ☆


 最終功績証を受け取った俺とポレリーヌは、職員の人達にあいさつを済ませてからギルドを出た。


 街中を歩くと、いつもの通り酒場がいくつも開いている。すれ違う酔っ払いの中には、冒険者風の男女もちらほら混じっていた。十年以上見慣れた光景だ。


「これで、この町の夜も見納め……は言い過ぎだけど、当分は見られないだろうな……」

「そうですね……あ、ブイルさん。それじゃ宿を取りますか?」

「そうだな……明日も早いし、もう休もう。今日は一人一部屋、別々に泊まれるぞ。まとまった金が入ったからな」

「えっ……? 何、意味不明なこと言ってるんですか? そんな浪費が許されるわけないじゃないですか」


 信じられないといった表情で、俺を見下ろすポレリーヌ。俺は慌てて言った。


「いやいや! 俺の金で泊まるんだから別にいいだろ! 君の部屋代も出してやるから、そっちの懐も痛まないぞ」

「駄目ですよ。これから一緒に行動するんですから、金銭感覚はそろえておかないと……どんなときも質素倹約。一部屋で済むのに二部屋も取らない。これが常識です」

「…………」


 確かに無駄遣いは良くないが……そこまでして節約しないといけないものなのだろうか。結局この日も俺達は同じ部屋、しかもベッドが一つしかない部屋に泊まることになった。床で寝ようとしたら行儀が悪いとキレられ、今度は最初から一緒のベッドでくっついて寝ることになる。


「今日はちょっと暑いですね……」

「俺とくっついてるからだろ。離れればマシになるぞ」

「…………」


 疲れが溜まっていたのか、ポレリーヌはすぐにすやすやと寝息を立ててしまう。一方、彼女の両脚に脚を挟まれ、大きな胸をがっつり押し付けられていた俺は、なかなか寝付くことができなかった……


 ともあれ、ジルデンの町での最後の夜は更けていった。翌朝、お世話になった人達へのあいさつ回りを済ませた俺達は、ソグラトの町に向けて出発したのである。

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