第3話 美少女冒険者の傷を癒す

「さて……」


 赤毛の少女の意識がはっきりしているのを確認した俺は、続けて彼女の脚を見た。ラーヴァドラゴンから炎のブレスを受けたところだ。案の定、短めのスカートから伸びる両脚は、太腿ふとももからすねにかけて火傷が酷い。これでは立つこともできないだろう。


 俺は少女の側にかがむと、残った魔力を両手に集中させた。


「あの、何を……?」

「じっとしていろ。下手くそな回復魔法だが、今、治してやる」

「あ……はい……」


 少女は手でスカートをまくり、太腿を大きく露出させた。むき出しになった彼女の脚に、俺は両手をかざして回復魔法を発動させる。


中級治癒ミドルヒール


 俺の手が淡い、白い光を発した。その光に照らされた患部の肉や皮膚が、徐々に盛り上がって再生し始める。


「…………」


 見るにたえないのか、赤毛の少女は目を閉じている。光の当たっているところが治ると、俺は両手を移動させ、次の患部に光を当てた。そうやって少しずつ、少しずつ治していく。生き残るしか芸のない“生存”適性では、これが限度だった。


 もしも俺が“回復魔法”の適性持ちだったら、こんなに時間をかけず、一瞬で治せるんだろうが……


 ☆


 数分かかって、ようやく少女の火傷は癒えた。俺は回復魔法を解除し、目を閉じたままの彼女に声をかける。


「待たせたな。終わったぞ」

「…………」


 目を開けた少女は、自分の脚を見て歓喜の声を上げた。


「ああ……私の脚が元通りに……命を助けてもらった上に治療まで……ありがとうございます……」

「大したことじゃない。気にするな。立てるか?」

「はい……」


 少女は体を起こして立ち上がる。俺は改めて、彼女の姿を見た。年齢は17、8歳ぐらいだろうか。女性にしては長身で、俺よりも背が高いぐらいだ。長く赤い髪は三つ編みにしている。服装は腹が見えるほど丈の短い袖なしのシャツにスカート、そして革製の大きな胸当てを着けていた。足下には大きな弓が置かれている。弓師か。


「大丈夫か? 痛みは残ってないか?」

「はいっ、もうすっかり良くなりました! 見てください!」

「わっ、おい、やめろ」


 少女が自分のスカートをまくり上げ、むっちりした太腿を見せつけてきたので、俺は慌てて顔をそむけた。火傷を負っているときは何とも思わなかったのだが、健康な状態の美少女にそれをやられると、俺のような独身男にとって目の毒でしかない。


「あ、すみません。申し遅れました。私、ポレリーヌって言います。ジルデンの町のAランク冒険者です」


 俺と同じ町か。それにしても、その歳でAランクとは。並外れた才能に加えて、相当な努力を重ねてきたのだろう。ずっとくすぶってきた俺とは、住む世界が違うな。


「……ブイルだ。俺もジルデンから来た」

「ブイルさん、ですね……これからよろしくお願いします。それにしても驚きました……私達ってAランクパーティーで、メンバーも全員Aランク冒険者だったんですけど、あのラーヴァドラゴンには全然通用しなくて逃げ出しちゃったんです。そのラーヴァドラゴンを一人で退治するなんて、神話の英雄が戦ってるのを見てるみたいでした……ブイルさんはSランク……いえ、もしかして、SSランクの冒険者ですか?」

「いや……」


 ポレリーヌの質問に、俺は首を振って苦笑した。


「ただの、Dランク冒険者だよ」


 ☆


 ガキッ……バキッ……


「あっ、取れました」

「ありがとう。こっちも取れた」


 その場を立ち去る前に俺達は、ラーヴァドラゴンの牙と鱗を採取した。ギルドに持ち帰れば討伐証明になり、賞金とランクアップにつながる。今更ランクアップに興味はなかったが、金はあっても困らないだろう。


「悪いな。手伝わせちまって……」

「いいえ、こんなの当然です! ほかにしてほしいことがあったら言ってください。何でもしますから!」

「ははっ、大袈裟だな……」


 俺もポレリーヌも、ダンジョン探索を続けられる状況ではない。長居は無用ということで、俺達はダンジョンの入口に向かって歩き出す。二人で並んで歩いていると、ポレリーヌはたびたび足をもつれさせ、俺の方に寄りかかってきた。


「す、すみません……」

「い、いや……」


 寄りかかってくるのはいいのだが、そのたびに大きく膨らんだ胸当てが押し付けられるのは困りものだった。硬い胸当て越しだからまだいいものの、女性の胸を当てられるのはやはり落ち着かない。


 とは言え、文句も言えなかった。何しろポレリーヌは、両脚を焼かれたまま何時間も耐えていたのだ。気力や体力の消耗は大変なものだろう。俺の回復魔法では、気力や体力までは元に戻せない。なので彼女がまともに歩けなくても、仕方がなかった。


「……疲れてるなら、少し休憩するか?」

「いえ、大丈夫です……」

「そうか……あっ」


 ふと前方から、モンスターの群れが現れた。武器を手にした数十体のゴブリンだ。


「ゴブリンか。ポレリーヌ、下がって……」

「邪魔」


 俺が剣を抜くか抜かないかのうちに、ポレリーヌは弓に矢をつがえ、引きしぼって放った。


ズバババッ! ドカッ! 


 矢は数体のゴブリンの首や腕を切り飛ばし、さらに2体の胸板を貫通してから壁に突き刺さる。すさまじい威力だ。難を逃れたゴブリン達は恐れをなし、半端ない速さで逃げ散っていった。


「…………」

「ブイルさん、どうしました?」

「いや、なんか、すごく元気そうだなと思って……」

「何を言っているんですか。目はかすむし、足はふらつくし、今にも倒れそうですよ……」

「そ、そうか……」

「これからもちょくちょく寄りかかると思いますけど、しっかり支えてくださいね?」

「あ、ああ……」


 本人が倒れそうだと言うのなら疑いようがない。俺はその後もたびたびポレリーヌから胸を押し付けられながら、ダンジョンの入口を目指したのだった。

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