第2話 Sランクモンスターを撃破する

 勝てる保証などないが、こうなってはやるしかなかった。俺は攻撃魔法を発動させ、ラーヴァドラゴンに向けて放つ。


氷弾グラキエス・バレット!」


 氷の弾丸が宙を舞い、ラーヴァドラゴンの片目に命中した。当たった氷が解けて蒸発し、大量の湯気が巻き起こる。もちろん大したダメージは与えられず、ラーヴァドラゴンはびくともしない。攻撃魔法に適性のない俺の撃った魔法だから、これは仕方がなかった。


 だが、今はこれでいい。ラーヴァドラゴンの気を引くのが目的だったからだ。果たしてラーヴァドラゴンは、足を止めて俺の方を見る。


「こっちだ!」


 剣を抜いてかざしながら、大声を上げた。挑発に乗ったラーヴァドラゴンが、赤毛の少女を放置して俺に向かってくる。俺は新たに、別の魔法を発動させた。


環境不問クマムシ!」


 この魔法こそ、俺の適性“生存”のおかげで使える魔法の一つだった。発動中はどんな高温や低温の場所、水中や人体に害のある物質の中でも、命を落とすことなく快適に活動することができるのだ。


 俺の目の前に迫ったラーヴァドラゴンは、炎のブレスを俺に向けて吐きかけた。俺は避けることなく、一直線に突っ込んでいく。


「いやああああっ!」


 こっちを見ていたのだろう。炎が俺の周りを包んだ瞬間、赤毛の少女が悲鳴を上げるのが聞こえた。しかし、心配は無用だ。炎のブレスを無傷で通り抜けた俺は、ラーヴァドラゴンの首筋に剣を突き刺した。


「があっ!」


 剣の切っ先は、ほんの少しだけ、ドラゴンの皮膚に突き刺さった。剣術に適性のない俺の剣では、これが限界なのだ。俺はドラゴンから離れ、剣を構え直した。


 グオオオオオォ!


 ラーヴァドラゴンが咆哮し、もう一度俺の方に向かってくる。実を言うと、炎のブレスが効かないことに怯んで逃げ出してくれないかと期待していたのだが、俺の考えは甘かったようだ。こうなっては、とことんやりあうしか道は残されていない。


「分かったよ……それなら削り合おう」


 再び俺に、炎のブレスを吐きかけてくるラーヴァドラゴン。俺は横に跳んでブレスをかわした。環境不問クマムシが発動している今、喰らってもダメージは受けないが、並外れた高温に耐え続けると魔力の消費が激しい。長期戦を覚悟するなら、喰らわないに越したことはなかった。


「さあ、こっちだ……」


 一歩ずつ歩き、赤毛の少女から遠ざかっていく。外れたブレスが彼女に当たらないとも限らないので、ラーヴァドラゴンを少しでも引き離そうと考えたのだ。ありがたいことに、ラーヴァドラゴンは俺を追い、じりじりと距離を詰めてきた。


 グオオオオオォ!


 咆哮。続けて放たれる炎のブレス。それをかわしてラーヴァドラゴンに近づき、首筋に剣を突き立てる俺。同じような展開が延々と繰り返された。かわし切れないブレスが俺の体を何度もかすめ、そのたびに魔力が失われていく。ラーヴァドラゴンに十分なダメージが通るのが先か、俺の体力か魔力が尽きるのが先か。我慢比べはいつ終わるともなく続いた。


 ☆


「があああああぁ!!」


 何時間経っただろうか。ついに俺の剣が、ラーヴァドラゴンの首筋に深々と突き刺さった。血液ではなく溶けたマグマが、傷口からあふれ出す。ラーヴァドラゴンは持ちこたえることができず、足を折って床に倒れ伏した。


 グオオォ……


 動けなくなったラーヴァドラゴンの目に、俺は剣を突き立てた。何度も、何度も突き刺し、ついに切っ先が頭の中にまで達する。それが止めとなり、ラーヴァドラゴンはとうとう動かなくなった。


「はあっ……はあっ……」


 俺は荒い息を吐いていた。体力も魔力も、すでに限界が近い。このラーヴァドラゴンがもう少しタフだったら、やられていたのは俺の方だっただろう。


「ふうっ……ふうっ……」


 しばらく呼吸を整える。俺がラーヴァドラゴンのような高ランクのモンスターと戦うには、今のように相手の攻撃に耐えつつ、少しずつダメージを与えていくしかない。そしてその戦い方こそが、俺が“光輝ある頂上”を追放された原因だった。とにかく、モンスターを倒すのに時間がかかり過ぎるのだ。早く多数のモンスターを倒して討伐数を稼ぎたい彼らにとって、俺は足手まとい以外の何物でもなかった。


 いや、過去を振り返っている場合ではない。あの赤毛の少女は無事だろうか。俺は剣を鞘に納め、元来た方に走る。戻ってみると、少女はさっきの場所で仰向けに倒れたままだった。


「おいっ! 大丈夫か!?」

「はい……」


 弱々しい声ではあったが、少女ははっきりと返事をした。どうやら意識はちゃんとあるようだ。俺は続けて呼びかけた。


「しっかりするんだ!」

「…………」


 少女は少し顔を動かして、俺の方を見た。


「ドラゴンを倒したんですね……」

「ああ。あのドラゴンは死んだ。終わったんだよ」

「ご無事で良かった……私のせいでやられちゃうんじゃないかって思ってました……」


 少女が顔をほころばせる。少し涙ぐんでいるようだ。ずっと心配してくれていたのだろう。俺は答えた。


「心配はいらない。他はともかく、生き残ることだけは得意だからな……」

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