第3話

 目を覚ました時には保健室の先生はいなくて、壁にかけてある時計を見て下校時間だということを知った。目が痛くて頭も痛い。この感じは小さい頃お母さんに怒られて泣きじゃくった後と同じだ。どうやら泣き疲れて寝てしまったらしい。掃除の時間も過ぎてるし、さすがに船木も真由ちゃんももうクラブに行ったか家に帰っただろう。


 起き上がるとガラッと保健室のドアが開く音がした。「先生。もう帰ります」と立ち上がって、入ってきた人物を見てから、わたしはもう一度ベッドにもぐった。保健室の先生じゃなかった。忘れたいのにどうして。鼻の奥がツンとして必死にこらえた。


「本田。帰るなら一緒に帰ろうぜ」


 布団にもぐっていても、好きな人の声はわたしの耳に入ってくる。口が悪い船木の声も、こうして優しい声をかけてくれる船木の声も、誰かとバカ笑いする船木の声も、全部、わたしは知っている。


「なんで、船木が……?」


 自分でも聞き取れないほどの小声だったのに、船木は「いや……」と答えた。


「沢村に怒られて……本田のこと『チビチビ』って言いすぎだって……」


 真由ちゃんが? 思わず布団をはいで起き上がる。申し訳なさそうな顔をした船木と目が合った。


「ごめん。泣くほどイヤだったなんて知らなくて……いつも言い返してくるから調子乗った。ごめんな、泣かせたかったわけじゃないんだ。本当にごめん」


 船木が悪いわけじゃないのに、頭を下げるわたしの好きな人。別に『チビ』って言われたから泣いたわけじゃないけど、こういう素直に謝れるところを、わたしも真由ちゃんも好きになったんだと思う。


 まだ船木に「好き」って言うことはできないけど、不器用ながらもくれた優しさに感謝することはできる。素直な船木に、わたしも素直になろう。


「ううん。わたしの方こそごめん。消すの手伝ってくれたんだよね。ありがとう」

「!」


 船木は急に顔を赤くしてわたしから目をそらした。そして早口で言う。


「ほら、帰るぞ。くつ箱で待っててやるから、早くカバン取ってこい」


 いつものケンカ腰の口調に、わたしも言い返す。


「えー、めっちゃ上から目線! しょうがないなぁ。一緒に帰ってあげるか」

「おまえこそ上から目線じゃねぇか! いいから早くカバン取ってこい」

「はいはい」


 ニヤける顔を両手で押さえて、わたしは教室にカバンを取りに行く。


 明日、真由ちゃんに「わたしも船木のことが好きなんだ」と、ちゃんと言おう。素直になれば真由ちゃんだってきっと許してくれるだろう。


 オレンジ色をした夕日が、窓から廊下にふりそそぐ。そのやわらかい光を浴びながら、船木の待つくつ箱へ急いだ。


END.

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わたしも好きと言えなくて 小池 宮音 @otobuki

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