第23話 家

 朝からバスにゆらゆら揺られること一時間。


 A市唯一の動物園を過ぎ、蛇行するヤマカガシのような山道を通って、僕はバス停に降り立った。


 山のど真ん中、深緑に包まれたバス停からの景観は、片田舎のA市に住む僕から見ても、美しい。


 ――だからこそ、住みたいとは思えない。


 田舎暮らしに憧れるのは自由だけど、人が少なく自然が多いことにはそれなりの理由があるということを忘れてはいけないと思う。


 とてつもなく自然が美しいA市は、就職率が低く離職率が高い、故に人がとてつもなく死ぬ町でもある。

 ポジティブになりたくても、目の前にある統計から必死に目を背けて生きる苦しみを、都会の人間は知って欲しい。まったく。


 ――どうも緊張のあまり、心がささくれているようだ。


 田圃と農家ばかりの長閑な田舎道を、僕は淡々と踏みしめながら歩いた。


 背負ったセカンドバッグが重い。

 木陰に入って、うだるような日射しから身を守りながら進む。


 やがて、風景からはちょっと浮いている大きな建物が見えてきた。

 煉瓦造りのマンションのようだが、違う。


『軽費老人ホーム 大森苑』。


 アーチのような入り口の門に、そう記されている。


 軽費老人ホームとはケアハウスなどとも呼ばれる、主に介護レベルが低い高齢者の食事や生活の面倒を見る施設だ。


 ――そう。


 鈴さんが向かった場所は、この老人ホームだった。


 菜恵さんが占いの中で、口にした場所もここだ。


 ぶっちゃけると、警察も昨日の夜、あっさりとこの場所を捜し当てていた。

 鈴さんは、法律上は高齢者であることには変わりは無い。


 市町村に入居を申し込み、審査さえ通れば老人ホームに入ることは出来る。


 しかし若返る前の鈴さんは、老人ホームに入ること無く、一人で僕の家族と助けあいながら生活出来ることを喜んでいた。


 若返って『楼女』になってからは、健康に左右されず生活出来ていた。


 まさか今更、老人ホームに入ることを望むなんて。誰が考えるだろう。


 ――誰が考えつくものか。


 菜恵さんの言葉を聞いていなければ、覚悟を持ってここに来ることは出来なかっただろう。

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