第22話 僕の言葉
――そこは。
奈恵さんが告げた具体的な場所は、僕の予想には全く無かった所だった。
鈴さんが『楼女』になっていなかったら、簡単に発想出来たはずの場所。
家でもなく、宅老所でもなく。
「そこしか無かったのか、鈴さん……」
その場所が悪いのではない。
鈴さんは、まだ行かなくて良かったはずなのだ。
若返った今なら、なおさらに。
「迎えにいかなくちゃ。ありがとうございます、奈恵さん」
正座のまま、僕は奈恵さんの背中に頭を下げる。
「礼はいい。じゃが、覚えておけよ忠清。この報せも、神さんの気紛れに過ぎないということを。鈴の心を、簡単に動かせると思ってはならん。お前にとっての切り札を持っていけ」
「切り札? そんな都合の良い物無いですよ」
「お前、ずっと黙って鈴を見て、過ごしていたわけじゃあるまい?」
ニヤリ、と奈恵さんの亀裂のような笑みが見えた。
「ひょっとして、あれが……?」
一応、ある。
鈴さんのために用意してあったものが。
あれが、僕の想いの現れだと言えるのなら、だけど。
「さあ、もう行け忠清。何があろうとお前が変わらないのなら、受け入れてやっておくれ。あれは、わしの友人なんじゃ」
奈恵さんは、祈るように。
「今からでも、鈴が幸せになって何が悪いかね……」
あるいは呪うように呻く。
「分かりました。行ってきます、奈恵さん」
意を決し、僕は立ち上がる。
そのまま部屋を出ようとした僕は、つい振り返って奈恵さんを見下ろしてしまった。
「奈恵さん。もう一つだけ訊いておきたいことがあるんですけど」
「ん?」
奈恵さんが、不思議そうに顔を上げてきた。
「今の奈恵さん、相当可愛いです。奈恵さんがそのまま生活してても、旦那さんは毎日が楽しくなってますよ。絶対に。僕なら自慢しますもん」
「な…………何を言うか」
僕を見上げる奈恵さんの顔が、みるみる朱に染まっていった。
「ひょっとして菜恵さん、恥ずかしいんじゃないですか? 自分の可愛さを自慢する旦那さんが、しゃしゃり出てくるのが」
この質問は、奈恵さんと言えど予想外だったようだ。
「ばっ、バカもの! 早く出ていけ!!」
腕を振り回しながら菜恵さんが叫ぶ。
図星だったか。
祈祷と占いの才能があっても、僕の言葉は予想出来なかったのか。
僕は慌てて部屋を出ながら、和んだ。
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