第19話 失踪

 何が起ころうと、土曜日は変わらずやってくる。


 約束もしていないけれど、僕は鈴さんの家に向かうことにした。


 こんなときだからこそ、いつも通りに過ごしておきたい。


 平常心は大切だ。

 

 ただし天気は不安定だ。


 まだ雨は降っていないが、空模様が怪しい。

 大降りになったかと思うと晴れ渡る、異常気象が人々の不安に拍車をかける。


 自分の体の状態に不安を感じた『楼女』の中には、自ら政府機関に出向した者も少なくないそうだ。

 町医者で対応出来るレベルの問題では無いし、そうせざるを得ないのかもしれない。


 国家にも大した期待は出来ないだろうけれど。


 宅老所のメンバーは、皆自宅にいた。

 終の住処を決められる人間は幸福だと思う。


 純さんは、最後に桐春を得られただけ幸せだった。

 そう信じたい。

 

 妙に長く感じる道程を経て、鈴さんの家にたどり着いた。


 前もって笑顔を作ってドアノブを握ったが、開かない。

 鍵がかかっている。

 この時間に施錠されているのは珍しい。


 チャイムを鳴らしてしばらく待ってみるが、反応は無い。

 

 何度押しても同じだった。


「鈴さーん?」


 大声で呼んでみる。


 凄烈に襲い来る嫌な予感。

 血の気が引いていくのが自覚出来る。


 僕は家の裏に回ってみることにした。


 竹林を突っ切って、鈴さんの部屋の窓を調べる。


 すんなりと開いた。


 無理をすればここから入れる。

 不審者として通報される覚悟で、僕は窓枠に足をかけて中に侵入することにした。


 思い切って飛び込み、畳に着地する。


 靴を掃いたままだったので、くっきり足跡が残ってしまった。


「ごめん鈴さん、土足で上がっちゃったよ」


 反射的に謝罪するが、許しを請うべき家の主の気配は無い。


 静謐に、背後の竹林がさらさらと揺れる。


 子どものころから聞き慣れた、落ちつく笹の葉の音。


「鈴さん、いないの? いたら返事してよ」


 懇願する。

 返事は無い。


 廊下、トイレ、押し入れ、寝室。一つ一つ回ってみたけど、鈴さんはいない。


 どの部屋も整理されている。ガスの元栓が閉められている。


 この部屋には戻る気配が無い。


 この部屋には戻る意思が無い。


 それでも最後にもう一度だけ居間を見ようと戻ってきて、僕は机の下に何かが置かれているのを見つけた。


 僕達が一緒に選んだ――


 鈴さんが僕に見せたがっていた一式の服が、畳まれて、綺麗に。


「何でだよ……」


 ――なんで。



 鈴さんが、いなくなるんだ。

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