第18話 命の期限
純さんの葬儀から数日が過ぎた。
暗澹として茫漠に時は流れる。
桐春は何とか学校に出てきている。
以前と変わらない様子を装ってはいるが、どこかで笑顔になりきれていない空虚さが感じられた。
どたばたしていたせいで鈴さんの家にも行けず、朋香も相変わらず。
何重もの苦い変化と縛りが、僕の生活を息苦しいものにしていた。
それでも僕の周囲で変化が留まってくれていたのなら、まだ良かった。
その訃報は、ある日の夕方のニュースで流れた。
『デビュー直後の人気ロックバンドのドラムスが心筋梗塞で死亡』
無常なテロップ。
テレビ画面に映される、アヤさんの剛毅な笑顔。
『楼女』としての、若々しい肌。
赤く染まった長い髪。
「アヤこと日高綾子さんは、今年四月に起きたA市の発光事件によって若返った女性達の一人でした。日高さんはお孫さんの薦めで自分のような女性達を誘いロックバンドを結成し、人気を集めていました――」
力強くドラムと和太鼓を並べて叩いている動画が、ナレーションと同時に映し出される。
ネットで先行配信されたときのものらしい。
次に、出棺の映像が映し出された。
こちらは今日の映像のようだ。
セーラー服の女の子が、止めどない涙を流しながら、茫然とアヤさんの写真を持っている。
以前会場で見た、アヤさんの孫だろう。
一緒に見ていた母が、
「最近、こういう人多いわね」
と不穏なことを呟いた。
僕は首を傾げる。
「どういうこと? 葬式が続いてるってこと?」
「そうねえ。忠清が行ってた宅老所の純さんもそうだけど、若返った人達、結構亡くなってるみたいよ」
「……本当なの、それ」
初耳だった。
僕の周囲の死者は、今のところ純さんだけだ。
「近所の奥さん達と話してると、噂は聞こえてくるわよ。事故とか殺人でも無ければ、一般人が死んだニュースなんてやらないから、知らなかったのかもね。みんな理由はバラバラみたいだしね」
矢張り若くなるだけじゃなかったのかしらね――。
母は、どこか嫉妬するような口調で囁いた。
アヤさんの訃報が引き金となったのだろう。
母親の言う通り、死亡した『楼女』の数が報道より多いことが判明し、現実でもネット上でも騒がれ出した。
あの日以来の『楼女』への憶測・中傷が爆発しかけたころに、政府は公式な会見を開いた。
死亡した楼女達を看た医師達による見解は、『老衰』。
突発的な疾病によるものではなく、年齢相応のものである、と言うのが政府の発表だったのである。
確かに、純さんもアヤさんも、共に心臓が弱かった。
老化の名残としてそれらの症状があったために、若返りと関係無く突然死が訪れたと考えられた。
だが。
死亡者は必ずしも、老化の名残と直接の死因が関連しているわけではなかった。
司法解剖も多く行われたが、それら亡くなった『楼女』達はまるでいきなり元の年齢に戻ったかの如く、代謝や回復、免疫機能といった能力が衰えていたそうだ。
――見た目は若いままなのに。
命だけが終わりを告げられる。
動揺と混乱が、A市内に一気に広まっていた。
若返りに、意味など無かったのだ、と誰かが口にした。
本当にそうなんだろうか?
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