第16話 困る内容

 翌日からは、学校も土曜を待つことも憂鬱になってしまった。


 教室に入っても、朋香とは会話が無い。


 桐春まで学校を休んでいた。


 僕にはこの二人以外に、心置きなく話せるクラスメイトはいない。


 一人だけの昼休み。


 もそもそと食事しながら、ただ一日の終わりを待望するだけの無為な時間。 


 静穏な場所が好きとは言え、こんな状況に追いやられるとさすがに友達が少ない虚しさを実感する。

 同級生を大切にするように、という鈴さんの言葉を思い知った。


 朋香は女友達と平気な顔で弁当を食べている。

 少女だろうと『楼女』だろうと、女子のコミュニケーション能力は目を見張るものがある。


 ――静かな時間が続くと、無駄な思慮に脳のカロリーを使ってしまう。


 僕は誰と話すべきなのだろうか。


 朋香か。


 鈴さんか。


 迷いなく純さんと交際を始めた、桐春か。


 若さと恋愛を全力で享受しようとした、純さんか。


 それとも、他の鈴さんの友人の誰か――


 米子さんや、えつさんか。


 何を話せばいいのかも分からない。


 話してどうするのかも決めていない。


 入学する高校すら、その場しのぎのなあなあで決めてきた僕だ。


 大きな決断を先送りにする、日本人気質な自分の不甲斐なさが呪わしい。


 ――考えれば考えるほど袋小路にハマっていく。


 売店で売っていた税込み百円の特大カフェオレで、菓子パン最後の一口を一気に流し込む。


 午後の授業開始まで、後五分ほど。


 予鈴のチャイムがもう少しで鳴るかな、と思っていたら、それより先に僕のポケットの仲の携帯電話が震えた。


 メールのようだ。

 急ぎの用なら授業が始まる前にチェックして返信しておこう。


 取り出して開いてみると、送り主は桐春だった。


 本文だけがシンプルに、残酷に僕の目に飛び込んできた。


『昨日純さんが死んだ。明日告別式の予定』


 読解に、非道く時間がかかった。


 変換ミスかと思った。


 言葉の羅列を、情報を脳が受け取らない。


 悪戯にしてはふざけすぎているし、報告にしても空疎に思えた。


 叙情たっぷりに送られても困る内容だけど――


 僕は頭の中のどこかが冷静で、そのせいでむしろ自分の心情が激しく解離しているのが分かった。


 猛烈に息苦しくなった。


 きっと意味など無い焦慮に駆られて、僕は机から立ち上がる。


 朋香も携帯電話片手に、悲壮な顔でこちらを見ていた。

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