第13話 あのひと

 アンコール曲も含む、全四曲の演奏が終わった。


 未だ熱狂が冷めない客からは、拍手と歓声が鳴りやまない。


「かわいかったねー!」


「俺はドラムのアヤって人が好みだな」


 感激に浸っている朋香に、どこまでも即物的な桐春。

 えつさんが、大振りに豪快な拍手をしていた。


「音楽はよく分からないと思ってたけど、楽しいもんだねー! 若くなってなきゃ、とてもじゃないけどこんな所に来られなかったけどね!」


 米子さんがしっとりとした汗を拭いながら、その言葉に頷く。


「そうね。以前のままの私達じゃ、頭が着いていけなかったでしょうね」


「へー。体が若返るだけじゃ無いのね~」


 桐春にくっついていた純さんも、真剣な顔で感心する。


 同じ演奏でも、僕や朋香と『楼女』のみんなでは微妙に感じ方が違うようだ。

 『楼女』になったみんなは身体感覚が十代まで若返ったことで、音楽を楽しむ感覚や内面にも影響が出ているのだろうか。


 それとも、若返って違う文化に触れたことで、みんなの感性にも変化が出ているのだろうか。


 まあ、ちょっと違うけど同じ感動を共有出来るのは、いいことだと思う。


 『ぽたらか』のメンバー達は互いに満足そうに目配せしあって、客席にいる自分の孫達に大きく手を振った。

 孫達も、泣きながら手を振り返す。


 ――こんな家族交流もまあ、アリか。


 僕は一人で納得する。


 そういえば鈴さんの声を聞いていない。今日の鈴さんはいつも以上に寡黙だ。


「鈴さん、大丈夫?」


 横を見てみると鈴さんは、まだ陶然としたままだった。

 僕の呼びかけにも応じない。


 ゆらゆらと銀の髪の毛が、目にかかるのも気にせずに。


「すごい歌だねえ……あの人と昔、夏祭りで踊ったのを思い出すねえ……」


 ぽつりと、浸るように。


 鈴さんは呟いた。


 僕は言葉を失う。狼狽に指先が震えた。


 ――そうか。そういうこともアリか。


 気持ちが。


 世界が。


 十代まで遡っているなら、焦がれる気持ちだって。


 遠い昔に、死に別れた最愛の人への気持ちだって。


 思い出に浸る感情だって、若返ることもきっとある。


 思い出は強い。


 七十年間想われたものなら、特に。


 それは素晴らしいことのはずなのに。

 

 なぜ、僕は耐えられないんだろう。


 ――僕はそれに、勝とうとでも思っていたんだろうか。

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