第11話 ぽたらか渡海

「若くなったら、人って感性まで変わっちゃうんだね!」


 初夏らしく、暑苦しい陽気さにはしゃぐ朋香。


「そんなにすごいの、その『ぽたらか』って」


『ぽたらか』とは、かねてより評判の『楼女』のみによって結成されたガールズバンドの名前だそうだ。正式には『pota rocker』だっけ。僕はネットで配信されたデビュー曲を、聞き逃してしまっていた。


「演奏はまだまだだけど、なんか、パワーってゆうか魂があるのよねー」


 朋香が薄っぺらく、批評家ぶる。


 今のところは知る人ぞ知るバンド、ということでメジャーになりかけの状態らしい。


「きっと売れるよ、彼女達は。私が言うんだから、間違いないっ」


「ふ、ふうん……」


 朋香の先見性には僕も一目置いているので、あり得なくも無い。


 

 僕と朋香、それに鈴さんは、市民体育館近くの屋根のあるバス停で、他のメンバーを待ちながら談笑していた。


 A市市民体育館で今日、例の『ぽたらか』のデビューライブが行われるのだ。


 興味の薄かった僕を誘ったのは朋香だ。

『楼女』のみんなと日常的に接している僕なら、こういったバンドも好きになると思われたのかもしれない。


 せっかくなので、僕は鈴さんを誘ってみることにした。

 どうも菜恵さんの家から帰ってきてから、鈴さんの元気が無い気がしていた。


 頑張っている『楼女』の演奏を聴けば、気晴らしになるかもしれない。


 すると鈴さんは


「他の宅老所の友達も連れていきたい」


 と言い出した。


 確かに宅老所があまり使われなくなったし、こんな機会でも無ければ全員が揃うのは難しい。


 気の置けない仲間がたくさん集まれば、鈴さんも安心だろう。

 僕は喜んで承諾した。


 朋香は

 

「忠清だけ誘ったのになんでそんなに大所帯になってんのよ……」


 と、あからさまに不機嫌になっていたけれど。


 今日も雲一つ無い晴天。


 バス亭近くに植えられている木々も青々とした葉を拡げて、喜びを享受している。


 気持ちはいいけれど、待つ身に長時間は堪えた。

 鈴さん達が若返っていなければ、こんな所で待ち合わせするのは命取りにもなりかねない。


「いい日和だねぇ」


 ベンチに座って、鈴さんは屋根越しに空を見上げる。

 日に透けた銀色の髪の毛、季節を間違えて降ってきた雪のような白い肌。


 風景からくっきりと浮いている。


「おっ、来たよー!」


 朋香の声と市内からやってきたバスの音が、僕の思考を切断する。


 砂埃を巻き上げて、バスは目の前で停車した。


 出口から飛び出してきたのは、えつさん、米子さん。

 そして桐春と純さんだった。


「おー、待たせたねー忠清! 鈴ちゃん! それと、えーっとえーっと……朋香ちゃん!」


 と、大きく手を振りながらバスを降りてくるえつさん。


 小さすぎる体でぽよんぽよんと跳ねて、暑さを気力に変えて活性化している。

 服装はオーバーオール。

 動き安さ重視なのだろうけど、より一層小学生に見える。


 物忘れが出てしまったのか、朋香の名前を一瞬忘れていた様子だ。


「こんにちはみんな、暑いね。鈴ちゃん、水分ちゃんと取ってるかい? 塩分の取りすぎには注意だよ」


 と、真っ先に鈴さんを心配する米子さん。


 黒縁眼鏡に、今日は白いブラウスにスカートという格好で、髪型はポニーテールだ。

 清潔で知的な委員長って感じ――いや、女教師だったっけ。


 外見十代で中身は八十前の女教師。

 複雑だ。


「おっはよ~。今日は誘ってくれてありがとね!」


「よー忠清」


 と、最早付き合っていることを隠す気が無い純さんと桐春。


 ミニスカキャミソール姿のセクシー純さんは桐春の体にぴったり寄り添って、その腕に両腕で絡み付いている。

 女郎蜘蛛のようだ、と思ってしまった。


 一応補足しておくけど、蜘蛛は嫌いじゃない。

 ……うん。無用な補足だった。


「菜恵ちゃんは、やっぱり来てないねえ……」


 残念そうに、鈴さんが呟く。


「うん、私からも誘ってみたんだけど。あの子はこういうの苦手だしね」


 米子さんも困ったように答える。


 今日来ていないのは、菜恵さんだけだった。

 そもそもあの人は『楼女』の出現を歓迎していなかった。

 こういったイベントは好ましくないんだろう。


「こうして揃うと、みんなお婆ちゃんだったなんて信じられないね……」


 呻いた朋香は今更ながら、瞠目して一同を見比べていた。

 えつさんが嬉しそうに、そんな朋香の顔を見上げる。


「アハハ、朋香ちゃん、もし変な男に寄りつかれたらあたしに言いなよ。当分立ち上がれなくなるぐらい、こてんぱんにぶちのめしてやるから!」


「はいはいえつさん。そんな物騒なことしなくても私は大丈夫だよー」


 窘める朋香は、妹にじゃれつかれる姉のようである。


「朋香ちゃんには忠清くんの面倒も見てもらってるし、いざとなったらちゃんと私達が守ってあげるからね」


 胸に手を当て、毅然と笑う米子さん。


「面倒なんて見てもらってないですよ、米子さん。朋香なんて一人で家事も出来ないんですよ?」


 げんなりして僕は抗弁するが。


「そうなんです、忠清って頼りないんですよねー。男らしくないし、怒ることもあんまりないし、鈍いし、何よりジジ臭いし」


「何調子に乗ってるんだよ朋香……」


「家事ならいつでも教えてあげるからねぇ、朋香ちゃん」


 鈴さんまでもが、朋香サイドに立つ。


「わー、ありがとう鈴さん! 鈴さんにお料理習いたーい!」


「うん、いつでもいいからね」


「男の捕まえ方も教えてあげるわよー」


 いつの間にか会話に入っている純さんである。


「純ちゃんには桐春まで捕まえられちゃったからね! アハハ」


 えつさん、そこは笑うべきだろうか。

 どこにも、僕が介入する余地は無さそうだった。


「はは、駄目だな忠清。女の言うことは聞いておけ。年齢に関係無く、つるんでる女を敵に回すと怖いぜ」


 死んだ魚のような目で、桐春が肩を叩いてきた。


「お前が言うと説得力あるよ……」


 実の祖母の友人を彼女にする男だけある。


「よーし! そろそろ時間だし会場に向かおっか、みんな!」 


 大所帯を嫌がっていたはずの朋香は、すっかりみんなの親友になっていた。

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