第2話 若返り

 沈みきった水底でパノラマの全てを彼方に見送った僕の意識は、突然に呼び起こされた。


「忠清、忠清っ!」 


 誰かに体を揺らされている。

 涙目の朋香が、リノリウムの床に倒れていた僕の顔を覗き込んでいた。


「良かった、死んでないのね?!」


「朋香……? 僕、気絶してたのか」


 体を起こしてみて、あれほど苦しかった頭痛がまるで嘘のように引いていることに気づく。

 場所は変わっていない。教室のままだ。朋香の隣には桐春もいる。

 神妙そうに、桐春が口を開く。


「俺もお前も朋香ちゃんも、みんなぶっ倒れてたみたいだぞ。朋香ちゃんはすぐに起きたんだけど、お前、なかなか目を覚まさないからさ……」


 言われて教室内を見回すと、何人かの生徒が頭を抱えながら、体を起こし始めている。

 個人差はあるようだが、全員一度は気を失って自然に目を覚ましたらしい。


「何があったんだ……?」


 尋ねてみるが、二人とも無言でかぶりを振る。


「真っ赤な光が見えて、大きな音が聞こえて……急に何も見えなくなって。覚えてるのはそれだけ」


 朋香が声を震わせる。僕の見た物と同じだ。


 あの光はどうなったんだろう。気になって窓の外を見てみるが、何の変化も無い、静謐に満ちた裏山が広がっている。

 外が虹色の闇に包まれていて実はここは未だ別世界――なんて展開になったらどうしようかと思ったけど、それは無かったようだ。


「時間は? どれぐらい経った?」


 僕は教室の壁に取り付けられた時計を見た。昼休みは終わっていたが、最後に時計を見てから二十分と経っていない。

 念のために携帯電話も開いて、時間を見よう――と思ったら、圏外になっていた。


「お前もか? 俺のケータイも通じなくてさ……」


「私も。電波が変になっちゃったのかな」


 二人とも、不安そうに顔を見合わせている。

 家はどうなっているだろう。今日は母さんが家にいるはずだ。

 そうだ、一人暮らしの鈴さんは――?


 焦慮に駆られて、教室を出ていこうかと僕が悩み出してすぐに、担任が教室に入ってきた。


「みんな、無事か?!」


 まだ新任の男性教諭が、汗だくになって生徒達の様子を見渡している。

 クラスメイト達はすでに全員目を覚ましていて、自主的に教室に戻ってきていた。異状のある者はいないようだ。


「い、いいか、落ち着けよお前ら!」


 誰より落ち着きの無い担任の話によると、教師達や他のクラスの生徒も含めて、校内の全員が気を失っていたそうだ。

 学校全体が停電状態で、電話も通じにくい状況が続いているらしい。


「そういうわけで、緊急事態ということで所在の確認が取れた生徒は、帰宅して良いということだ。出来るだけ落ち着いて、集団で帰るように、以上!」


 平常時のホームルームを終わらせるかのように、話は唐突に終わった。

 何が起きているのか分からないこのタイミングで、生徒を帰らせる判断はどうかと思うけれど、放っておかれても帰るつもりだったのでむしろ都合がいい。


「朋香、桐春と一緒に家まで送るよ」


「う、うん……」


 狐につままれたような顔で、朋香が頷いた。


      *

 

 停電は学校だけではなく、町全体を襲ったようだ。交通機関が麻痺してしまったためか、

道行く人々も不安に顔を引きつらせている。皆が同じ方向に物も言わず行進する光景は、まるでこの世の終わりだった。黙示録、だったっけ。


 所々で火災も起こっているようで、何度か建物から立ち昇る黒煙を見かけた。停まってしまった信号に惑わされて車道も混雑している。このままでは事故が多発するのでは、という恐怖に苛まれながら僕達は帰る羽目になった。

 携帯電話が通じるかどうかも何度か試したけど、こちらはまだ無理だ。

 不幸中の幸いか、歩きだしてすぐに電力は復活したようで、思ったほどの混乱に巻き込まれること無く僕達は朋香を送り届けることが出来た。地震のような災害では無いので、火災さえ起きていなければ家屋に問題は無い。

 朋香が家族と再会出来たのを確認して一安心してから、僕と桐春も自分の家に直行した。


 自宅のマンションに帰ってきた僕は、一気に階段を駆け上ってドアを乱暴に開けた。


「母さん、いる?!」


 叫ぶが、返ってくるのは静寂。万が一のことを想像してしまい鼓動が速まる。


「母さん、帰ったよ!」


 再度叫ぶと、バタバタと忙しい足音が響いてくる。母さんが、青白い顔でリビングから出てきた。


「忠清!? 大丈夫だったの!」


 僕と母さんは互いに大きく息を吐いて、胸をなで下ろす。


「何とも無いよ。母さんも、怪我は無いんだね?」 


「うん、いきなり窓の外が光って――眠ってたと思ったら、停電になってて。テレビの人も混乱してるし意味が分からないわ」


「母さんも、あの光を見たんだね?」


「ええ。何だったのかしらあれ、UFO?」


 要領を得ない母さんの言葉によれば、停電やそれに伴う市民の意識混濁は、A市全体で起こっていたようだった。

 僕や屋内にいた者達は頭痛が後を引いたぐらいだったが、車道では矢張り事故が頻発してしまったらしい。さほど交通量の多い時間帯では無かったことが、不幸中の幸いだった。



「お父さんの携帯電話にも、会社にも電話が通じなくて。大丈夫かしらね」


「きっと大丈夫だよ。何かあっても会社の人が周りにいるだろうし」


 根拠は無いけれど。心配症の母に、余計な不安要素を与えたくない。


「だといいけど……ああ、早く電話通じないかしら」


 母はその場でそわそわと歩き回る。


「母さん、鈴さんの様子は見に行った?」


「鈴さん? いえ、まだ――そうね、あちらはお一人だし、心配ね」


「分かった、ちょっと見てくるよ。何も無かったら、すぐ戻ってくるから」


 返事を待たずに、僕はマンションを飛び出した。

 本音を言うと、ずっとそっちに行きたくて、僕の方がそわそわしていた。


      *


 帰るときも抑えていた体力全開の全力疾走で、僕は一分もかからずに鈴さんの家にたどり着いた。

 ドアをノックしてみるが、返事が無い。鍵もかかっていない。

 不吉な予感と不穏な静けさを感じながら、僕はドアを開ける。


「上がるよ、鈴さん」


 靴を脱ぎ散らかして進むが、どこにも人の気配は無い。


「鈴さん、いないの?」


 失礼して、鈴さんが寝室に使っている洋間を開ける。いない。台所も覗くが、いない。

 矢張り居間だろうか。僕は廊下の奥まで来て、呼吸を整えた。


「鈴さん、開けるよ」


 引き戸をそっと開いて入ってみるが、矢張り返事は無く、気配も無い。

 ただ、窓が開いていた。青々とした竹林が見える。


「いないの……?」


 もしかして宅老所の方に行ったのかもしれない。鍵もかけずに出かけるほど慌てていたのか。事故に巻き込まれていやしないだろうか。


 そちらに行ってみようか、と僕が部屋を出ようとすると。


 さらさらと、擦れる笹の葉。

 その儚げな音の合い間に、微かな吐息が聞こえた。


「――鈴さん?」


 一歩、部屋に踏み出す。耳を澄まして目を凝らす。

 人がいる。机の陰で、誰かが仰向けに倒れていた。


 いや――寝ていた。気持ちよさそうに、両手で足を抱えて丸くなって、胎児のように。


 小さな体躯、小さな顔。

 鈴さん愛用の、真っ白な割烹着。鈴さんと同じ、銀色の美しい髪。


 けれど、違う。鈴さんではない。


 肌に皺が無い。肌に艶がある。

 さらりと肩まで伸びた髪も潤っている。


 女の子だ。

 僕と同い年か、ちょっと幼いぐらいの。


「……誰だ?」 


 そっと近寄って、顔を覗き込んでみた。

 ちょっとだらしない半開きの口から、小さく寝息が漏れている。

 起きる気配は無い。


 ――町が大変なこの状況で、人の家で何をしているんだ、この子は。


 と怒る気になれないのは、この子がどことなく鈴さんに似ているからだ。服装のせいもあるかもしれないけど、雰囲気が。


 孫と言われれば信用する所だが、鈴さんには子どもがいない。とすれば、親戚の子どもとかだろうか? そんな子見たことあったっけ。


 ――とりあえず、起こして聞いてみよう。


「くーくー……すー」


 邪気の無い寝顔だ。

 肩を揺すろうと手を伸ばしたまま、その安らかな表情を崩す罪悪感に襲われる。僕は固まりかけながら、鈴さんの行方を聞くためにも心を鬼にした。


「ちょっと君。起きてくれない?」


 小さな肩を掴んで、小刻みに揺らす。それだけで華奢な首ががくがくと揺れる。折れるんじゃないか、とあり得ない心配をしてしまう。


「んー……?」


 しょぼしょぼと薄目を開けて、女の子が目を覚ました。

 眠そうに目を擦りながら、半開きの口のまま、体を起こしてくる。


「君、誰? どうしてここで寝てるの?」


 まだ寝ぼけている女の子は、僕の顔をじっと見ている。

 そして、消え入りそうなほど掠れた小さな声で。


「あら、忠清くん。おはよう」


 にっこり笑った。


「……何で僕の名前を知ってるんだ?」


「何でって? 忠清くんは忠清くんだよねえ」


 女の子が、小首を傾げる。

 ふわふわした口調とゆったりしたその笑顔には、まるで緊張感が無い。


「ぼ、僕は僕だけど……鈴さんに聞いたのか、その名前? 知ってるんだろ、鈴さんのこと」


「……? 変なこと言うねえ。私が誰に、忠清くんの名前を教えるの?」


 怪訝そうな女の子に、僕は苛立ちを覚える。


「噛み合わないなあ。誰なんだ君? 鈴さんの親戚か?」


 語調を強めると、女の子は悲しそうに縮こまった。


「どうしたの、忠清くん――何だか怖いよ? 私、何か怒らせるようなことしちゃったかねぇ」


「いいから名乗れよ。自分の名前を言え」


「私は鈴だよ」


「は?」


 僕は耳を疑って、声を荒げる。


「ふ――ふざけるなよ。鈴さんはこの家のお婆ちゃんの名前だろ!」


「あらぁ、忠清くんにお婆ちゃんって言われた。珍しいねえ」


 またしてもにこにこ返されてしまった。僕が鈴さんを名前で呼んでいることも、この子は知っている。


 知っていて鈴さんの名前を騙っているのだとしたら、許せない。鈴さんに甘やかされて調子に乗ってしまったのかもしれない。


「その顔のどこが、鈴さんだって言うんだ!」


 僕は少々乱暴に、その子の腕を掴んだ。


「そ、そんなこと言われても……痛いよう、忠清くん。どうしちゃったの?」


 無視して部屋の隅まで連れていく。そこには鈴さん愛用の三面鏡がある。鈴さんが大切にしている嫁入り道具の一つで、今も現役だ。


 僕は三面鏡の扉を開いて、女の子を真正面に座らせた。


「ほら、鏡を見なよ。その顔のどこが鈴さんだ?」


「顔……?」


 女の子が、おそるおそる鏡を向く。

 呆けた顔で、まじまじと自分の顔を見ている。まばたきもせず、半開きだった口をあんぐり大きく開いて。


「???????」


 大きく首を傾げた。鏡の中の女の子も首を傾げる。

 言葉を忘れたかのように、口をパクパクさせる。鏡の中の女の子も口をパクパクさせる。


 まるで、初めて鏡を見たみたいな――いや。あり得ない物を見たような。


「そんな……? 冗談だよねぇ……」 


 女の子が、鏡に人差し指を向ける。鏡の中の自分と、指をつき合わせる。

 手を開き、自分の手の平をまじまじと見つめて、震えながら頭を抱える。


「そんな、何で」


 目を覚まそうとするかのように、首を振っている。


「どうした?」


「何で? どうして?」


「おい、落ち着けって」


 僕が肩を抑えようとすると、女の子は懊悩し、困惑に引きつった顔で僕の顔を見つめてきた。


「どうして――どうして私、若くなってるの忠清くん!?」


 いきなり叫ばれた。不意をつかれて僕は後退った。


「わ、若くなったあ? 誰が?」


「わ、わ、私だよ、この顔! 私、忠清くんぐらいの時はこんな顔だったんだもの!」


 鏡に向き直り、自分の頬を引っ張る女の子。偽物の顔がくっついてるとでも思ったのだろうか、縦に横にと、綺麗な顔が広がって滑稽だ。


「君さあ、嘘でももうちょっとマシな嘘つきなよ。面白くも無いし、つっこむにも面倒だしさ」


「嘘じゃないよう……あ、ほら、あの写真!」


 女の子が、仏壇の方を指差した。そこには写真がある。


 若いころの鈴さんと、亡くなった旦那さん。そこに写っている鈴さんは――確かに。

 確かに、女の子がほんの少しだけ年を取ったような顔をしている。親子か姉妹と言われれば誰もが信じるだろうけれども。


「信じるわけないだろ。鈴さんが若返った、なんて」


「本当なんだよ。私は、鈴だよ、忠清くん……」


 涙ながらに女の子は見つめてくる。

 まともに見ていられない。それぐらい、この子は鈴さんに似ている。

 似ていて――思わないようにしていたけれど、この子は――とんでもなく可愛い。


 どうしたものか悩んでいると、がたん、と玄関の方から音がした。


「鈴ちゃん、いるっ?」  


 若々しく芯のありそうな清冽で高い声の持ち主が、廊下を走って居間にやってきた。


「ああ、やっぱり鈴ちゃんも……!」


 黒縁の眼鏡をかけた、凛とした顔立ちの女の子だった。年は僕と同じぐらいだろう。釣り上がった狐目が、ちょっと性格がきつそうな印象を受ける。


 上下とも青いジャージを着ていた。

 知らない女の子――なのにまたしても嫌な予感がするのは、その子もどこかで会ったような気がしたからだ。


「米ちゃん……? 米ちゃんなのね!?」


 鈴さんを自称する銀色の女の子が、頓狂に声を上げる。


「うん。起きたらこうなっちゃってたわ」  


 米ちゃんと呼ばれた、眼鏡の女の子が頷いた。小銭を落としちゃった、ぐらいの稚気溢れる軽さで。


「米子さん……? 君が?」


 この眼鏡の子が鈴さんの昔なじみの親友、川島米子さんだと言うのか。


「そうよ忠清くん。貴方もびっくりしてるだろうけど、私達はもっと混乱してるんだからね」


 極めて米子さんらしい、冷静な口調。


「君ら二人とも、僕を騙そうとしてるんだよね……?」


「何のためにさ? 停電騒ぎでみんな混乱しててただでさえ大変ってときに、ふざけてお婆ちゃんのフリなんてしないわよ。益体も無い」


 米子さんを自称する女の子に、僕は諭される。この子は惑乱しているが、僕より落ち着いている。慌ててはいない。

 米子さんは、いつも慌てない。


「私も鈴ちゃんも、お互いに若いころの姿は知ってるのよ。この子は鈴ちゃん。見間違えようがないわ。髪の毛は、昔は黒かったはずだけど――絶対に鈴ちゃんよ」


 自称米子さんの言葉に、自称鈴さんも無言で頷く。

 それでも僕はまだ信じられない。


 そこまで短慮になってたまるか――と自分に言い聞かせていたら、制服のポケットの中で携帯電話の着信音が鳴った。


 通知されている相手は桐春だ。と言うことは、電波も回復しているのか。


「もしもし?」


「忠清か?! 良かった、通じた。そっちの家族は大丈夫か?」


 さっきまで一緒にいた友人の声。変わらぬ日常の声。


「うん。家族は大丈夫。たださ……」


「聞いてくれ忠清。信じられないことが起きてる」


 続発する嫌な予感。非日常に変わる桐春の声音。

 もう勘弁してくれ。僕はげんなりしながら天に祈る。


「婆ちゃんが――うちの婆ちゃんが、女の子になってるんだ。ギャグじゃねーぞ、マジだ。しかも超可愛い」


 軽妙に、衝撃の事実が告げられた。


「えつさんもか……ここだけじゃないのか」


「何だって? なあ、どーしたらいいんだこれ? 爺ちゃんは普通に爺ちゃんなんだぜ。何で婆ちゃんだけ女の子になるんだ?」


「婆ちゃんだけ?」


 若返っているのは女性だけなのか。


 ――って、僕はどうして普通に、その事態を受け入れようとしているんだ。


「忠清、こっち来れないか? 婆ちゃんもパニくっててさ。お前もよくうちの婆ちゃんとは喋ってるだろ」


「悪い、今こっちも立て込んでる。鈴さんと米子さんを名乗る女の子が、今僕の目の前にいるんだ」


「は……? 鈴さんと米子さんが何だって?」


「後でかけ直すよ」


 僕は返事も待たずに電話を切る。


「忠清くん、今の電話は桐春くん? 何かあったんだね?」


 自称鈴さんが、首を傾げて僕の顔を窺う。この子は桐春の名前も知っているのか。

 僕は努めて心を鎮める。


「鈴さん、先週はここで書道教えてもらったよね。そのときに、僕がどんな字を書いたか覚えてる?」


「忠清くんの、書? ええと……『蘭亭序』だったねぇ、確か。忠清くん、はねの仕方がずいぶん上手くなって。力の加減も出来るようになったよねぇ」


 彼女は、僕のつい先日の成長度を知っていた。習熟度も知っている。

 僕を騙そうとしているにしても、そんなどうでもいい知識はいらないはずだ。


「本当に――鈴さんなんだね?」


「そうだよ、忠清くん。自分でも信じられないけど、私は鈴だよ……」


 深刻そうにいじけたように背を丸めて、女の子は――。


 鈴さんは、告げた。


「信じるしか、ないのかな――鈴さん、って呼んでいいんだよね」


「うん、鈴でいいよ」


 こくん、とはにかみながら頷く鈴さん。

 騙されていたとしてもいいや、と思える笑顔だった。


「相変わらず疑り深いわね、忠清くんは――まあ、それぐらいの方が現実的でいいわね。うちの孫の優弥ったら、テレビの人の言うことでも何でもかんでも信じちゃうんだから」


 大きさの合わない黒縁眼鏡を指で抑えながら、女の子――米子さんが、くすりともせず述べる。

 鈴さんがそう認めた以上、僕もこの子が米子さん本人だと信じるしかない。正直言って、証明して貰う気も失せていた。


「さて、鈴ちゃんを心配して来ちゃったけど、ここは忠清くんに任せるとして――家族が心配してるでしょうから、私も帰らなきゃね。じゃあね、鈴ちゃん忠清くん。何が起きてるのか分からないけど、また連絡するから!」


 勝手に一人でずっと喋っていたかと思うと、米子さんは雄々しく手を振って去っていってしまった。独断専行、マイペースな人となりはさっぱり変わっていない。


 ぽつんと残される僕と、銀色の女の子になった、鈴さん。


「えーと……鈴さん」


「はい、忠清くん?」


 もの凄く調子が狂う。

 性格も喋り方も鈴さんそのものなのに、未だかつて体験したことの無い違和を感じる。桐春の複雑なキャラどころでは無い。


 見た目と中身が全く違う、ということがこれほどまでに混乱を招くのか。


「何が起きてるか本当に分からないし、一人で置いていくのも何だか心配なんで……とりあえずうちに来ませんか」


「はい、忠清くん」


 いつもの習慣だからか。いつも僕がそうしていたからか。

 鈴さんは僕に向かって、おずおずと手を差し伸べてきた。


「…………」


 しばし逡巡した僕は結局、その手を握って鈴さんを立ち上がらせた。

 変わらない手の温もりにも、矢張り奇妙な違和を感じた。

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