第13話 地底の王

 図形的な地底の中心と、重力的な地球の重心は異なる。チリトが目指していたのは図形的な地底の中心だ。チリトは、まず重力的な地球の重心にたどりついてから、その後で、図形的な地底の中心へ移動した。

 内核に入ってから数十日間の移動によって、チリトとカスミは計画通り、地底の中心にたどり着いた。

 内核の鉄とニッケルの塊がバキバキに壊れて、地底船の通った後に、わずかな時間、空洞ができたけど、強い圧力ですぐに物質で埋め尽くされた。

「地底探査隊チリト、地球の中心に到達しました」

 窓からは黒い赤の鉄塊が光っている。

「地底は赤かった」

 チリトはこのことばを音声データとして保存した。ずっといってみたかったことなのだ。

 地上の地底探査司令部に地底の中心までの旅のデータを送信する。地底の岩盤を6300キロメートル通過して、地上に通信が届くだろうか。

 地底探査司令部は、それを受信する。さらに、監視ロボによって重複に確認する。

 受信完了を知らせる返信が地上の地底司令部から届く。

『おめでとう。チリト、カスミ。おそらく、きみたちが人類最初の地球の中心の到達者だろう。きみたちを地上でみんなで祝福している』

 人類が地底の中心に到達した。地底探査を成し遂げた。

 ひたすら下を目指してやってきた。ここが地球の下なのだ。

 チリトは、超高番号元素でできた閉鎖型地球環境(地上環境)の地底船を地底の中心に止めた。

 内核に生きる地底サビが姿を現し、チリトとカスミを地底の王だと讃えた。地底サビは、鉄の電子を食らう生物だ。地底サビの大きさは体長二センチメートルくらいだ。地底サビは生体発光をして赤く光る。

「内核にも知的生物はいた」

 チリトとカスミは驚いた。

 新しい地底の王は、人類のチリトとカスミだ。

 地底の生物たちは、新しく地底の中心に到達したものが現れたことを知った。地底生物たちは、新しく地底の中心に到達したものが人類のチリトとカスミであることを言い伝え、そこへ行くための船を地底トドの吐き出したものから作ったことを言い伝えた。誰もが、チリトとカスミを尊敬した。

 チリトとカスミは、地底の中心から少しズレたところに居る地底巻き貝に会った。なぜ、地底の中心からズレたところに居るのかというと、地底の中心にやって来るものの邪魔をしないように、いちばん重要な場所を空けて待っているのである。

「ようやく、やってきたな、人類よ。ここが地底で最も大切な場所だ。おまえたちがたどりつくのをずっと待っていた」

 地底巻き貝がいう。

 地底で最も大切な場所だというけど、特に何もなかった。

 地底トドに頼まれていたので、チリトは地底巻き貝がどの種族の味方をしていたのかを質問した。地底巻き貝は、地底結晶生物の億年級コンピュータだと答えてくれた。

 カスミは考えた。地底の中心にたどり着いた二人は、とても強い力を手に入れた。地底の中心の高温高圧を押し返す力を二人は持っているのだ。チリトの破壊衝動はどうなるのか。カスミの破壊衝動はどうなるのか。人には、本能的な破壊衝動がある。それによって、地球を破壊してはいけない。チリトも、カスミも、地底の中心では、地底巻き貝のように慎重でなければならない。そうでなければならないところまで二人はやってきたのだ。

 チリトは、地底探査において、地底生物と戦闘を行ったことは一度もない。チリトは地底へ侵略はしなかった。地底船の移動の犠牲になった地底生物はいるかもしれないが、少なくても、チリトは地底生物を積極的に傷つけたことはなかった。地底生物を奴隷として使役することもなかった。

 チリトは地底生物の解剖もしなかったが、地底を理解するために、地底生物の解剖は必要なものだ。地底生物の解剖をどのように行うかは、これから、人類と地底生物の間で話し合われるべきだ。地底生物に解剖の許可を求めるなら、人類を解剖する許可を地底生物に提供しなければならないのかもしれない。解剖の許可の交渉は、重要な地底探査の課題だ。チリトとカスミでは、判断できないことだ。解剖の許可は、まちがえるわけにはいかないことなので、地底探査司令部がじっくり検討して行うのだろう。人類だけは他の生物を解剖してもよいのだという傲慢な人類中心主義者は多い。そのまちがいは正されなければならない。解剖によって生物への理解を高めた方が幸せな文明を築くことができたというのが人類の歴史なのだが、解剖の是非は意見が分かれるところだろう。

 チリトは、地底の中心で最も尊敬されている地底巻き貝と話をした。

「地底巻き貝は、最初から地底の中心で生まれたのですか」

「いや、ちがうよ。地底巻き貝はマントルの出身だよ」

 チリトは、地底巻き貝に地底トドのことを話した。

「地底トドは爆発を食べる。マントルにいる。地底の中心へ行きたいといっていた。地底トドは賢いから、いつか、地底の中心にやってくるかもしれない」

「そうか。ならば、地底トドがここに来るのを待ってみる」

 地底巻き貝はいった。

 地底トドが地底の中心へやって来るのは、何年後のことなんだろうか。何万年後かもしれないが。

 地底トドは船に乗るだろうか。体長1キロメートルある地底トドが船に乗るだろうか。もし、船に乗るなら、地底トドを乗せる船はどんな船になるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る