第12話 重み

 内核は、鉄とニッケルの固体でできている。鉄とニッケルより重い地底船が内核の岩盤をばりばり壊して、下に落ちて行く。

 大きさ二百メートルある地底船が巨体を動かして、岩盤の中を泳いで進む。内核の端から地底の中心までの距離は1300キロメートルほどだ。1300キロメートルの鉄の塊をどれだけの時間をかければ、通りすぎることができるか。

 船体にかかる圧力はもっと強くなる。

 船体の摩耗はどのくらいになるのか。鉄とニッケルの塊の中を進むと船体は激しく摩耗するはずだが、チリトの計算では船体の摩耗は、充分に小さく、地底の中心までたどりつくことができる。二百番代元素の船であるため、鉄とニッケルよりも遥かに重く、進むことができる。

 二百番代元素の船は鉄より八倍は重い。鉄の原子番号は26だ。

 二百番代元素は、原子核の陽子が多いため、鉄元素の電子を奪いやすい。電子を失った鉄元素は、破壊される。

 地球の中心は、重力による圧力が、原子間の電磁気的結合力より強いために、高温高圧になっている。

 鉄とニッケルの固体である内核を通り抜けることに挑戦する種族がどれくらいいるだろうか。チリトは最初から、地底の中心を狙っていた。鉄とニッケルの塊の1300キロメートルの長さを通り抜けることを狙っていたのだ。

 地球の中心を目指さない地底探査なんて、ありえないよなあ。

 二百番代元素の地底船を、途中で造船するという無理筋の探検だった。もし、地底の中心にたどりついても、地底探査では、地底船を作り直すことになるたびに地上へ帰るべきだと報告しよう、チリトはそう思った。ごまかし、ごまかしの計画で地底の中心に本当にたどりつけるのだろうか、チリトは心配になる。

 地底船は、鉄とニッケルの塊の中を少しずつ泳いで進んでいく。鉄とニッケルの塊を壊しながら、進んでいく。ゆっくりと前進する。

 地底船が壊れれば、そこでチリトとカスミは死ぬことになる。死後の世界を信じなければ、死ぬのは怖くないが、探検家は生きて帰って来ることを考えて旅に出なければならない。チリトとカスミは地底の中心から帰って来ることができるだろうか。

 やはり、最も難関なのは内核だった。チリトはそう思った。地底船が固体の中を進めるのか不安になる。

 ここに知的生物はいるのだろうか。

 地底船が地底の中心へ落ちて行く。

 岩盤の中を泳げなくなったら、そこで探検は終わってしまう。圧力と摩耗で、いつ地底船が止まるかわからない。鉄に穴を空け、押し広げ、船体を泳がすことによって前進して、それをくり返す。

 ゆっくり、ゆっくり、進む。

 内核がどうなっているのかなど、地底トドだって知らないだろう。

 地表では、固体の中に存在する生物はいない。

 地表の生物の定義は、外界と膜で仕切られているもの、代謝を行うもの、自己の複製を作るもの、という三つの条件を満たすものである。しかし、地底生物は、DNA生命体ではないため、この定義に当てはまらない。

 固体の中で生物は発生するのだろうか。内核は金属の固体だ。そこに生物が発生するだろうか。海底熱水孔で発生した地表生物や、地震によって発生した地底生物のように、内核にも生物が発生するかどうか。

 生物とは、物質の変化を基盤に持ち、発生するものなのではないか。変化によって知性が発生することは、生物の定義には重要だ。

 ロボットは、外界と膜では仕切られていない。だが、ロボットを生物だと考える人もいるだろう。

 代謝をしない生物はいるか。

 自己の複製を作らない生物はいるか。不妊症の不老長寿のクラゲは自己の複製を作らない生物だ。

 生物を定義することは極めて困難だ。

 地底生物の発見は、人類に生物の定義の変更を促す。

 固体である内核に生物はいるか。

 地底船は、地底生物を探しながら、ゆっくり、ゆっくり、と鉄とニッケルの塊の中を進む。

 まだ、内核では地底生物を発見できない。

 内核では、地質標本の採取をしなかった。故障が怖かったためである。チリトの判断だった。

「地球の中心には何があると思う」

 カスミが聞く。

「何もないさ。北極点にも、南極点にも、特別なものは何もなかったさ」

 チリトは答える。

「知的生物が、存在の数学的目印を格好良く演出している可能性はあるかな」

「それは、とても期待してしまうな」

 鉄塊をバキバキ壊して進んでいるので、ひょっとして、この移動で地球に大きな地震を起こしているかもしれないと、チリトは心配になった。だが、この移動で地震が起きているなら、今、地球の中心に旅に出ている生き物がいることが地球全体に知れわたり、それを知って喜んでくれるかもしれないと、チリトは期待した。

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