第10話 体内核融合

 地底トドが爆発を食べた時、地底トドの体内で何が起きているのか。チリトは、地底トドの体の仕組みを一年間かけてじっくり調べ上げた。

 その結果、チリトは、地底トドは爆発を食べて、体内核融合を起こし、原子量の大きな原子を作っていることがわかった。地球の内部では起きないとされていた核融合が、地底トドの体内で起きているのだ。

 地底トドが爆発を食べるたびに、体内で重い原子を核融合している。

 地底トドの体内では、二百番代元素が作られている。二百番代元素とは、原子数が200より大きな元素たちだ。二百番代元素は地球の自然では安定して存在せず、チリトの知る限り、地底トドの体内核融合で作られる以外に地球には存在しないものだ。

 地底トドの体内で核融合して作られた二百番代元素は、吐しゃ物としてマントルに蓄積されている。

 チリトは、地底トドの吐しゃ物を解析して、それが二百番代元素であることを解明した。

 地底トドは、爆発を食べて、生命の誕生に関わっている。それと同時に、爆発で元素変換を行っていた。地底トドは、爆発から引き出せる可能性をどこまでも突き詰めている。

 チリトは、地底船の船体外付けドックで、二百番代元素を使って、新しい地底船を建造することにした。

「どうなる」

 カスミが不思議がって質問する。

「二百番代元素で作れば、地球の中心より重い船になる」

 チリトは説明する。

 地球の中心より重い船を造れば、その船は重さで地球の中心に移動していくはずだ。そうすれば、地球の中心に行くことができる。

 新しい地底船は、地球の中心に落ちて行くはずだ。

「問題は、新しい地底船を、ちゃんと快適な閉鎖型地球環境に造らないといけないことだ。設計図はあるが、これはちょっと製造に時間がかかりそうだ」

「勝手に使っちゃって、地底トドは怒らないのか」

「さあ、どうだろうなあ」

 一匹の地底トドが近づいてきたので、チリトは岩盤音波で話しかけた。

「地底トドよ、あなたたちの吐しゃ物に含まれている二百番代元素を使って船を作っていいか」

「何のためにだ」

 地底トドが聞き返す。

「地底の中心に行くためだ」

 地底トドは少し時間をかけて考えこんだ。

「我らの吐しゃ物をどうしようとかまわないぞ、人類よ。いったいそれにどんな意味があるのだ」

 地底トドは、体長1キロメートルを超える自分の巨体について考えていった。

「あなたたちの吐しゃ物は、人類にとってはとても興味深いものなんだ」

「いいだろう。船を造れ、人類よ」

 地底トドはいった。

「人類が地底の中心に向かうようだ。これから、<下を目指す種族の会議>を開く」

 地底トドはそう宣言した。

 地底トドの呼びかけによって、マントルの生物たちのうち、下を目指している種族が集まり始めた。

 <下を目指す種族の会議>には、地底トドや、地底ニワトリや、地底ユニコーンや、岩石サメや、地底キノコや、チリトとカスミも参加した。残念ながら、最も参加を期待された地底巻き貝は出席しなかった。

「人類が地底の中心より重い船を作って、地底の中心に行くらしい」

 地底トドが説明する。

「人類は船に乗る種族だ。地底トドに船に乗る習慣があれば、地底トドのが先に地底の中心に行けただろう」

 地底キノコがいう。

「船に乗ることが下へ行くコツだったというのか」

「人類よりもっと小さな生き物なら、もっと船を作るのが楽なのではないか」

 地底生物たちはいろいろと話し合った。

「人類は上から来た。我々は、下だけでなく、もっと上についても注目すべきかもしれない」

 地底生物はいう。

「もし、人類が地底の中心に行くことができたら、何か人類にしてほしいことはあるか」

 チリトがいった。

「それなら、地底の中心に居る生物が味方していたのが、どの種族だったのか知りたい。それがわかれば、地底の中心に居る生物がどういう善だったのか、どういう悪だったのか、わかるだろう」

 地底トドがいった。

「わかった。地底の中心に行ったら、確かめてみる」

 チリトが答える。

 <下を目指す種族の会議>では、さまざまな地底神話や地底哲学が語られた。岩石サメは他の地底種族とも仲が良く、地底を回遊する魚として有名らしかった。

 <下を目指す種族の会議>は、人類の地底の中心への挑戦を応援することで見解の一致を見た。

 地底ニワトリがチリトに、一年前より古い地底ニワトリの伝承に、チリトが登場することを伝えた。その時代から、地底ニワトリはたくさんの地底神話を作り、地底を讃えてきたが、その中にチリトが登場する。チリトは、自分が地底ニワトリの伝承に登場することを嬉しく思った。

 チリトとカスミは、地底船で地底トドの吐しゃ物を集めて、その中から二百番代元素を選んでいった。

 地底船の船体外付けドックで、地底の中心より重い船を作る。船の建造には、かなりの長い時間と労力が必要だ。人類は地底に造船場を築くべきだというのは、チリトの主張だった。その影響があって、チリトは地底船に造船技術を持たせるようにしていた。

 しかし、カスミは地底の造船技術には懐疑的だった。カスミは、新しい地底船が必要になるたびに地上へ帰るべきだという。

 今回はたまたま、地底トドの吐しゃ物で地底船を作る必要があったから、地底での造船技術が役に立ったが、それを基本方針にするべきではない。カスミはそう述べ、チリトの方針を批判した。

 チリトは、カスミの意見を聞いてよく考え、カスミのいってることの方がよいと答えた。今回、地底で造船技術を使ったのは、たまたまうまくいっただけで、本来はそうすべきではなかったとチリトは認めた。

 しかし、二百番代元素で新しい地底船が完成すると、カスミも喜んでくれた。

 難しいな、本当に、とチリトは思った。

 新しい地底船に、古い地底船から積み荷を移動させる。マントルで採取した地質標本も移動させる。

「人類が新しい船を完成させた。喜ばしいことだ。今まで、地底トドは爆発を食べることが最も偉大な生き方だと思っていた。しかし、人類を見て、船に乗ることがさらに偉大な生き方だと教えられた。人類は地底トドより賢い」

 地底トドが認めた。

 あの三万年を生きている地底トドより、人類を賢いと認めるのか。地底生物の間でうわさになっていった。チリトが生きていたのはたかだか数十年である。チリトが地底トドより賢いという意見を、その通りだ、と自信をもって迷わされずに答えることができるものは珍しいだろう。

 チリトは、地底トドと知恵を比較されるべきなのは、チリト個人の知恵ではなく、旧石器時代からの人類の知恵の蓄積だと考えるので、自分が地底トドより賢いなどとは思わなかった。

 だが、人類がこの三万年で、地底トドより賢くなったことは、チリトやカスミが地底探査をしたことによって判明したことだ。このようなデータを地上の司令部へ送信しなければならない。

 地上の地底探査司令部は、監視ロボによって、チリトとカスミの地底の中心への挑戦を知った。

「危険度が上がった」

 地底探査司令部はいった。

 チリトとカスミが地底の中心にたどりついたら、高温高圧に対抗する力を持つことになり、その力はとても強くなる。チリトとカスミが地底の中心に行くなら、二人の破壊衝動は極めて慎重に安全性を調整しなければならない。

「地球の安全は、地底探査より優先される。これをまちがえてはいけない」

 地底探査司令部は確認を怠らなかった。

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