第9話 豪快で慎重
長生きした者が賢いわけではない。若い生き物と長生きした生き物が、互角に賢さで戦うから生き物は面白い。
地底の下に行けば行くほど、そこに居る生物の力は大きくなり、性格は慎重になる。地底の生物は、豪快で慎重なのだ。それは地底の印象に合ったものだ。地底といわれると、チリトは豪快で慎重な性格を連想する。
チリトは、地底船の運転をデータ化して、マントルでの運転を自動運転にした。
チリトは二千キロメートルの距離を越えて、地上の司令部へここまでの地底探査のデータを送信した。データが地上で受信されれば、ここまでの地底探査は無駄ではない。
「暗殺されそうなのに、地上にデータを送るんだな」
「ああ、そうだ」
チリトは静かに答える。
「一年生きのびたものよ」
地底トドがいった。
チリトは、計器を見て、自分がマントルに来てから一年がたったことを知った。
「地底トドよ、あなたは何年生きているんだ」
「三万年だ」
地底トドの答えを聞いて、チリトは脅威を感じた。地底トドは、一時間や、一日や、一年間で死んだものは、あっという間に死んだものとしか感じないかもしれない。地底トドは、三万年の間に何を考え、何を語り合ってきたのか。この三万年で地底のマントル対流層で何があったのか。三万年前といえば、人類はまだ旧石器時代だ。旧石器時代からこの地底トドは生きているのか。
一万年生きたものを探そう。
一億年生きたものを探そう。
「今日は、チリトの地底生活一周年記念だぞ。わたしはもうちょっと後」
といって、カスミはケーキを用意した。
「もう地底に来て、一年間か。地底の生活も悪くなかったな」
チリトはいった。
「マントルの探査は、一年やったから、もう充分だろう」
チリトの地底探査によって、この地底船がマントルで一年間、活動できることが証明されたのだ。これは大きな成果だ。
地底船が故障したら、地底で死ぬことになる。それはそれで怖い。
「これからどうするの」
「地球の中心に行く方法を真剣に考えなおす」
カスミに聞かれて、チリトは答えた。
鉄とニッケルの液体でできている外核に行くのは怖い。地底船の船体が持つかどうか。そして、そこで生息する地底生物がいるなら、マントル対流層の地底生物よりさらに豪快で慎重な生物だろう。外核の生物と友好的な関係を築くことができるだろうか。
地底船は、地底の岩盤の中を泳いで進んでいる。大きさ二百メートル以上ある地底船が船体を動かして泳いでいる。こんな巨大なものが泳いで、一年間、故障することなく活動できたことは、人類の高い技術力を示している。
マントルで地底船を泳がすことはできた。もっと過酷な環境である外核で泳いで生存できるだろうか。
マントルの探査が成功した。そのデータは地上へ送信した。外核へ挑戦する前に一度、地上へ帰るという選択肢もある。しかし、チリトはマントルであきらめる男ではない。チリトは地底の中心を目指す。外核や内核に挑んで、生きて帰ることができるだろうか。
地底船の船体の疲労度を確認する。まだ充分だ。水も食料も十年分持ってきた。この地底船の耐久度は十年以上だ。
地底トドも思うだろう。体長1キロメートルある地底トドが生きていくことができるなら、それと同じ船を人工的に作ることはできると。存在として、そのような船を作ることのできる可能性はあるのだ。それを人類が成し遂げたのなら、素晴らしいことだ。
「地底トドよ、あなたが生きていた三万年の間に、我ら人類のように上からやってきた地底探索者はいただろうか」
「三万年の間には、さまざまな旅人がやって来た。どこから来たのかは知らない」
チリトは、地球地表からマントルへやってきた動物種がいたかどうか気になった。人類が初めて、地表からマントルにたどりついたとは限らない。そのようなものがもしいたのなら、外核や内核へたどりついたのだろうか。
「一時間しか生きていなかった旅人が優れていたこともあった。千年間生きていた旅人が必ずしも優れていたわけではなかった。地底トドはそれを見ていた」
地底トドがいう。
チリトとカスミの乗っている地底船の中が摂氏20度くらいであり、地底船の外界の温度2000度に比べてかなり冷たいことを知ったら、地底トドはどう思うだろうか。人類が温度2000度では生きられない生物であることに地底トドは気づいているのだろうか。
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