第6話 地底好きの暗殺者

 もうすぐ、大爆発がある。百キロメートル級の大爆発がマントル対流圏で発生する可能性がある。

 大爆発が起きたら、どうなる。チリトは考えた。

 大爆発にチリトの地底船が巻き込まれると無事ですむかわからない。船体への損傷は少しでも減らしたいところだ。

 地底トドは、大爆発を食べるだろうか。百キロメートル級の大爆発のエネルギーを変な方向へ誘導したら、地球がぶっ壊れるかもしれない。

 監視ロボがチリトの破壊衝動を調査する。

 チリトは地球をぶっ壊すつもりなんてない。だけど、連想作用で、そういう恐ろしい惨劇を想像してしまうことはある。

 チリトの破壊衝動を監視しているロボット。チリトが大爆発に介入すれば、地球は壊れるかもしれない。万が一にも、地球が壊れることを恐れるあまり、外務省がチリトの地底探査を中止させに来るかもしれない。

 地底トドが大爆発を食べるところを見たい。チリトは強くそう思った。

 もともと、地底探査を妨害するつもりで派遣されていた監視ロボは、チリトに重要な破壊衝動が生まれたと地上へ通信した。千キロメートルの岩盤を超えて通信できる特殊通信を使ったようだ。

 監視ロボの報告を受けて、地表の地底探査司令部は、危険人物チリトを暗殺するため、人類と地底生物の友好のために、暗殺者カスミを地底船で派遣した。

 チリトの地底船は、今は深さ二千キロメートルあたりに居る。どろどろに溶けたマントルが赤く光輝いている。それは地底船の窓からは真っ黒に見える。地底に来て、マントルのわずかな輝きを見るのは、とても素晴らしいことだ。

 大爆発がいつ起こるのかわからない。監視ロボの報告を受けて、地上から地底船が派遣された。チリトの居る深さまでやってくるのに、一か月がかかった。

 チリトはその間、地底生物の言語の解読をしていた。たくさんの地底生物と会話していく。

 そして、暗殺者カスミが一人乗りの地底船でやってきた。チリトの地底船とカスミの地底船は刺さるように接触した後、広がることで接続された。このように、二つの地底船が接続することができるように設計されている。

 カスミは若くてきれいなお姉さんだった。カスミは応援部隊を名のった。

「よく来てくれた。あんたは、地底は好きなのか」

 チリトが質問すると、

「ああ、地底大好きだ。生きて帰って来れるかわからないのに、深度二千キロメートルまでやってくるくらいには」

 と、カスミが答えた。

「やっぱり、地底大空洞なんかじゃ物足りないだろう。地底っていうなら、マントルの中を突き進まないとな」

 そのチリトのことばにカスミは笑った。

「やっと、ここまで来たって感じだよな」

「本当にそうだよ」

 カスミの乗ってきた地底船も閉鎖型地球環境であり、生活空間は人数が増えた分だけ広くなった。

 地底船には、二人のどちらのものも、船体外付けドックがあり、壊れた地底船を修理することができる。この船体外付けドックはあまりにも高性能なため、うまく使えば、地底で新しい地底船を製造することもできる。

「地底大空洞組はどうなってる」

「地底大空洞が見つかって遊んでる」

「あいつら、ちゃんと地底大空洞を見つけたか。やるじゃない」

 カスミは、外務省の命令でチリトの命を奪いに来た暗殺者なのだが、地底探査ガチ勢でもあった。カスミの目的は、チリトを暗殺した後、さらに下を目指すことだった。

 そこで、カスミは突然、真剣な顔をした。

「チリト、あなたはいったいどこまで潜るつもりなんだ」

「よく聞いてくれた。おれは思っている。地球の中心を目指さない地底探査なんてありえないと」

「マントルまでかと思ってた」

 カスミはいう。

「最初から、地球の中心狙いだ」

 チリトはいう。

 それを聞いて、チリトは腕に巻いていた帯を外した。

「わたしは、あなたを殺しにきた暗殺者だが、あなたを殺すのをあきらめる。一緒に、地底探査がしたい」

 地球の中心を目指しているなら、カスミの判断で暗殺はしない。監視ロボは相変わらず、チリトの破滅願望を調査している。カスミの破滅願望も、別の監視ロボによって調査されている。外務省は、自分たちで地底探査を掌握しようとしている。二千キロメートル離れた遠隔操作が、地底探査隊の自主性を制御できるとは限らない。

 チリトは、力強くカスミと握手をした。

「地上の地底司令部はおれを暗殺するつもりか」

「わたしにはわからないが、外務省は最初から、あなたの地底探査を妨害するつもりだった。成果をあげさせないように仕組んでた」

「外務省がおれを止める理由は何なんだ」

「それは、地底探査に興味のない外交交渉によって、だ」

 そうか。チリトは改めて地底探査の覚悟を深めた。地上の支援がなくなると、さすがのチリトも目的を達成できる自信はない。

「外交で地底探査をつぶされたら、たまったものじゃないな。本当に、地底探査には、どれだけたくさん障害があるんだよ」

 地底船の窓で外の景色を見る。窓ガラスは壊れていない。窓ガラスは船体と同じ丈夫さがあるはずだ。二人は、地底のただ真っ黒なだけの景色を見て、心を安心させる。地底の風景に心が躍る。

 英雄は生きて帰るものだ。それはすべての探検家が目指すべきことだ。チリトはそれを思い出す。

 事故があり、地上へ帰還しても、外務省に暗殺されることはないだろう。

 外務省の国家間交渉なんて、チリトにわかるわけないだろう。外務省の妨害は、理解力によっての解決はおそらく考えるだけ無駄だろう。こんな地底にまで、国家間闘争の影響があるのか。そのことに驚く。

 地底船の人数が増えた。これからは二人になる。

 しかし、暗殺はやめたといっていたが、暗殺者と一緒に生活することには恐怖がある。地底船には警察はいない。地底船は、自治組織だ。地底船の安全な生活は自分たちで作らなければならない。警察がいなくても大丈夫な人間関係を築けなければ、集団による地底探査は成功しない。

「地底船では、暴力はなしだ」

 チリトがカスミにいった。

 暴力が怖いのは、カスミも同じだ。

 同乗員が犯罪を始めたら、快適な地底探査を行うことはできない。

 最初から、地底探査に選ばれる人物は、犯罪傾向が低い。チリトも、カスミも、地底ガチ勢であるだけでなく、犯罪傾向は低い。

 地底船の同乗では、仲間を信用できなくなったら終わりだ。

「この地底船、マントルまでしか行けるようになってないんじゃないのか」

 カスミは質問した。

 チリトの地底船は最初から地球の中心まで行くことができるように設計されているが、高い圧力に耐えられるかはぎりぎりの設計であり、カスミはそのあいまいにごまかしてある点を鋭く指摘したのだ。

「地底で地底船を改造する」

 チリトが答える。

 確かに、この地底船には、船体外付けドックがあり、造船することもできるようになっている。

 いっきに地底の中心まで行けることができればいい。それができなければ、一度、地上に戻って再挑戦してもいい。方法はいくらでもある。地上に帰ったら暗殺されるというようなことがなければだ。

 地底探査は、地底で造船する技術がなければ、成功させることができないのか否か。もちろん、地底で造船できる方が有利に決まってる。

 地底に固定した造船場が維持できればよいが、しかし、地底に造船場を維持する価値があるのかどうか。

 地底探査の選択肢はさまざまだ。

 チリトは地底船の設計に意見を出しつづけたが、設計士たちは船体外付けドックを持つ地底船を実現させた。

「まず、大爆発を生きのびる。地底生物たちに<種族越えの伝承>で伝えられている大爆発だ。いったい何が起きるのかわからない。それを生きのびた後で、地底船を改造して、地底の中心を目指す」

 無理難題の連続だ。こんなことをすべて成し遂げて、成功することがあるのだろうか。

「地底トドよ、あなたたちは地球の中心に行ったことがあるのか」

 すると、地底トドが答えた。

「おまえのいう地球の中心は、おそらく地底の中心のことだろう。我ら地底トドは地底の中心にいったことはない。だが、地底巻き貝は地底の中心へ行って、何度も帰って来る」

「おれたちは地底の中心に行きたいんだ」

「人類よ。地底の中心に行きたいのは我々もだ」

「地底巻き貝は今どこにいる」

「地底巻き貝は今は地底の中心からちょっと外れたところに居る」

「地底巻き貝はどうやって地底の中心に行くんだ」

「地底巻き貝は、壁抜け技術を持っている。壁抜け技術で地底の中心とマントルを移動できる。もし、おまえたち人類が地底の中心にたどりついたのなら、そこに居る地底巻き貝に壁抜け技術を教えてもらい、帰ってくることができる」

 もうすぐ大爆発がある。大爆発を生きのびなければ、チリトもカスミも命はない。地底のゴミとして消えるだけだ。地底の中心を目指すより、まずは数日後に起こるであろう大爆発を生きのびなければならない。

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