第3話 爆発を食べる生物

 地底では、岩石が溶けている。

 マントルでは、頻繁にマントルの爆発が起きる。マントルの中の温度差が大きくなると、マントルが勢いよく激しく動き、爆発する。爆発の結果、異なる温度のマントルが混ざって温度が均一に近づく。

 地底の爆発は、チリトは赤外線の計器で観察したが、数百メートルを超える大きなものがたくさんある。チリトが乗っている地底船は長さが200メートルあり、地底の爆発はこれより大きい。

 地底の爆発が1キロを超えることもあり、爆発に巻き込まれると、地底船が壊れないか心配になる。地底船が壊れたら、チリトの命はない。いつ死ぬかもしれない危険な旅だ。

 チリトが爆発を見ていると、地底トドが爆発を食べた。体長が1キロメートルを超える地底トドは、素早く伸縮して、地底の爆発を食べる。

 地底トドは、草食でも肉食でもない。地底トドは、爆発食生物なのだ。地底の爆発だ。栄養のありそうな食事だ。地底トドは、爆発を、ばくん、ばくん、と食べている。

「すげえ映像だな」

 チリトはうめいた。

 マントルの温度は2000度になる。地底船はこの高温高圧に耐えられる船体をしている。

 地底船の外殻は、外部の熱を利用して冷房を動かしつづけ、地底船の内部を冷やしつづけている。

 マントルの中は、爆発が次々と起こる。その爆発のいくつかを何匹もいる地底トドたちが食べていく。地上に居た時は、マントルがこんな状態だとは想像しなかった。マントルにやってきたからわかった地底の映像である。

 チリトは、地底船の操縦室に居て、爆発を眺めている。チリトの地底船の撮影した映像は、地底船に保存されている。いつか、機会を見て、地上の地底司令部に通信でデータを送らなければならない。地上にデータを送ることなく、地底で死んだ場合、チリトの地底探査は、地上にとって何の意味も持たないことになる。

 しかし、これは、チリトの夢である地底探査だ。予想外の発見があって嬉しい。

 地上の地底司令部は、地底トドが爆発を食べる映像を見たら、いったい何を思うだろうか。地底に来た記念としては、満足のいく映像だ。

 地底船では、チリトのお気に入りの音楽が鳴っている。心地よい音楽がないと、長期間の地底探査を快適に行うことは難しい。チリトは十年分の音楽を持ってきた。十年聞いても飽きないだけの音楽を持ってきた。水を十年分持ってきたのと同じように。

 チリトの破滅願望を確認しているという監視ロボは、静かに地底船の船内にいる。

 マントルの成分は、主にマグネシウムとケイ素である。これは、地上の主成分である炭素、窒素、酸素より重い。地底の構成分子が重く、密度が高いことを意味している。地底生物は、地上の生物より重い元素でできているのだ。

 おそらく、マグネシウムとケイ素でできている地底トドは、仕留めて、肉を焼いても食べられそうにない。地底で狩猟採集生活をすることが夢な地底探検隊もいるかもしれないが、その望みは叶いそうにない。地底生物の肉は食べられそうにない。

 チリトはすでに、地底に知性を持つ生物を発見した。地底トドと会話が成立していて、それは、地底トドが高度な知性を持つことを示している。地底へやってきて三日しかたっていないが、すでに、チリトの地底探査は大成果をあげたことになる。

 地底探査隊には、さまざまな知性体と会話する高度な翻訳技術が構築されている。この翻訳技術によって、チリトは地底生物と会話することができる。

 地底トドと友好関係を築くことができるのだろうか。地底トドの肉を狙ったりしたら、それはおそらく叶わないだろうが、チリトには少なくともその気はない。

 逆に、地底トドが地底船を食べようとする可能性があるだろうか。チリトは心配になる。大きさからすれば、充分に地底トドにエサだと思われる大きさをしている。周囲の数百メートルの大きさの爆発を食べている地底トドが、地底船を食べないとは限らない。

 爆発はどんな味がするのか、地底トドに聞いてみたいとチリトは思った。

 チリトの計画では、地底探査では船外活動はしない。地底船の外へ小型船で出かけるような設備はない。高温高圧の地底で、小型船で生存することは不可能だと考えたためだ。

 地上の航海では、大型船は必ずボートを積み込む。ボートを積んでない大型船は役に立たない。だが、チリトは地底船に小型船を積まなかった。この判断が成功するかどうか、それはやってみなければわからない。高温高圧の地底で、小型船を出し入れするのは故障の原因になるし、小型船が船内を冷却するのは難しい。地底では、小型船を使うのは、無駄な危険を増やすだけだとチリトは考えている。

 チリトは、地底船に地質標本採取機能を付けている。長さ数センチの大きさの地質標本を地底で採取して、地底船の冷房で全力で冷やす。地質標本を冷却することで、その材質が変わってしまうかもしれないが、地上の研究所に地質標本を持って帰ることはとても重要な仕事だ。地質標本採取は、非常に危険で、あまり何度も行いたくない。

 地底船には、呼吸して消費される酸素を回復する設備も整っている。これが壊れたら、命はない。もし、空気循環系が壊れたら、急いで地上へ帰るしかない。空気循環系が壊れてから地上を目指して、生還できるかどうかはわからない。

 チリトが睡眠している間は、地底船は動きを止める。自動運転の機能もあるが、地底生物との衝突回避などを考えると、やはり、睡眠中は動きを止めることになる。

 地底船に、簡単な傷薬、のどアメなどはあるが、本格的な医療が必要になったら、そのたびに地上へ帰らなければならない。

 地底船の中の電灯は明るく適度だ。電灯が故障するだけでも、予備との交換がうまくいかなければ、地上へ帰らなければならない理由になる。地底探査は本当にたいへんだ。

 地底で十年間、生きていける準備を整えたチリトだが、そんな簡単にはいかないだろうと思っている。地底で何が起こるのかわからない。それでも、地底を目指すのが人類なのだ。

 チリトは、マントルで一回目の地質標本採取を行い、数センチの大きさの地質標本を船内に回収して、全力で冷やした。冷却機能は、船外の熱を利用して船内を冷やした。マントルの地質標本を地上で解析しなければならない。

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