《ABILITY WORLD》

八神禅斗

ABILITY WORLD

目の前に、あり得ない光景が広がっていた...

宙に浮いている人、とんでもない速さで移動する人、辺り一面を火の海にする人...

正直、自分が何を見ているのかわからなかった。


困惑していると、目の前が爆破し、吹き飛ばされた。

「...うわっ!」

壁に打ち付けられたが、何故か痛みは感じなかった。

すると今度は、足元が崩壊し崩れ落ちていく。


そして...

視界が真っ暗になっていった...




「う...うん?」

目が覚めると、ベッドで寝ていた。

「夢...だったのか...?」

生きていたことにホッとしつつ、いつも通り中学校へ行くために準備をする。

朝食を食べ、家を出て、通学路を歩く。

いつもと何も変わらずに...


このとき、俺、白井海斗は、あの夢が正夢になるなんて、少しも考えていなかったのだった...




学校に着き、クラスにはいると

「おはよ~、今日は遅かったね」

と、一人の女子が笑顔で話しかけてきた。

こいつの名前は琴野弥佳、俺の幼馴染みで、一番の親友といっても過言ではない。

あっさり言ってしまうと、俺は弥佳のことが好きだ。

もちろん恋愛的に...


「えっと、何? 私の顔に何かついてる?」

そこでやっと、自分が弥佳のことを見つめていたことに気づく。

「あ、え? いや、別に? えーっと、シャンプー変えたか...?」

とっさに出てきた質問がこれだった。

「別に...変えてないよ?」

弥佳がきょとんとした顔で、こちらを見てくる。

すると...

「なんだなんだー? お前らまたいちゃついてんのかー?」

と、後ろから聞こえてくる声。

振り替えると、そこに同じく親友の立山公佑がいた。

「別にいちゃついてねぇし、そもそも付き合ってもねぇよ」

と、俺。

「またまたー、そんな下手くそな嘘ついても、誰も騙されないぞ?」

と、公佑。

「...はぁ、もうどうでもいー」

と、嫌になって話を強制的に終わらせる。

なぜかって? 簡単な話だ。

言い争いでは絶対に公佑には勝てない、それを分かっているからだ。

そうして、しょーもない言い争いを終わらせると、またもや話しかけてくる女子がいた。

「さっきからうるさいぞ~? 何の話してたの?」

と、聞いてくる。

この女子は天野明香利、こいつもまた親友で、この四人が、いつものメンバーになっている。


四人が揃い、いつも通り学校も始まっていく...

すると、朝礼の終わり、火災報知機が鳴り響き始めたのだった...




「今すぐ廊下に出て、並んでください!!」

そう告げる先生の声。

辺りに沈黙が走り、緊張した空気が流れる。

急いで廊下に並び、校庭に出ようとした俺たちは、衝撃の光景を目にする...

溶けて割れたガラス、崩れた校舎の壁、燃えたポスター...


意味がわからなかった。

俺は最初、給食室などからの出火だと思っていた...

これは、そんなものじゃない...

放火か? いや、どんな火力を出せばガラスを溶かすことが出来るんだ!?


そうして、なんとか校舎から逃げきれた俺たちは、また意味のわからない光景を目にする...


「人が...火を出している...!?」

最初に声に出たのが、これだった...

それ以上、言いようがない。

高校生だと思われる男が、手から火を出していた。

そして、その火はその男自身も、燃やしていたのだ...


「熱くないのかよ!? 燃えてんのに、意味がわからねぇ!?」

そういって叫ぶ公佑。

先生たちも何もできない様子で、ただその光景に呆然としている。

そんな様子を見て、俺はなにもせずにいられなかった。

(やるしかねぇ...)

そういって俺は、近くに備え付けられていた消火器を手に、男に近づいていった。

「だめ!! やめて!!」

そう叫ぶ弥佳と明香利。

ただ、夢中になっていた俺には、その声は届いていなかった。


消火器を男の手に向け、噴射する。

ただ、一向に火は鎮まらない...

何か出来ることは無いのかと、考えてみるが、今までこんなことを経験したことがないのと、自分も燃やされてしまうのではないかという恐怖で、何も思い付かない。

「や、やばい...」

そう呟いた瞬間、男と目があった...

泣いている、まるで、こんなことになるとは思っていなかったと、訴えかけるような様子で...


ふと、近くで消防車のサイレンが聞こえた。

見ると、どうやら火災報知器が鳴った瞬間に呼ばれたらしい。


「これでなんとか出来る...!!」

と、ほっとしたのもつかの間、男の手が、こちらに突き付けられていたのだった...




突き付けられた男の手が、赤に染まる...

その瞬間、体にとてつもない熱を感じた。

「...死にたくねぇ!!」

とっさに体をねじり攻撃を避けようとするが、反応が遅かったのか、なかなか男から距離を離せない。

「こんなことなら、あいつに好きって伝えればよかったなぁ...」

目を閉じる、死を覚悟したその瞬間だった...

全身に痛みが走り、足の筋肉に力が入るのがわかった。


そして、目を開けたとき...

俺は、男から数メートル離れたところにいたのだった...

「え、えぇ!?」

何が起こったのかわからない、というか、意味のわからないこと続きで、頭が回っていない。

恐る恐る男の方をみる、そして、驚いた。

男の目は、俺を殺そうとしていたと思えない、とても優しい目で、俺が無事だったことに、安心すらしている様子だった。


その後、男は無事消火され、消防隊員数十人に麻酔銃で鎮圧された。

なぜかその身に火傷は一つも見られなかったらしい...

そして、その男はその後ニュースで取り上げられていた。


家に帰った俺は、とてつもない疲れと痛みに襲われていた。

あの超人的な移動を叩き出したせいか、全身の疲労と足の痛みが尋常じゃない...

「あの時... なんであんなに移動できたんだ...?」

それだけが、本当に謎だった。

そうして俺が悩んでいると、チャイムが鳴った。

「はーい」

そうして、ドアを開けると、そこにいつもの三人がいた。


あの時の話を三人と話していると、弥佳から思いがけないことを話された。

「あの時、海斗が燃やされて、本当にビックリしたけど、怪我ひとつ無くて、本当によかった」

と...




「俺が... 燃えていた!?」

嘘だ、俺は燃えてなんかいない、燃えていたのなら、今ごろ火傷を負っているはずだ...

それに、俺は確かに避けたはずだ、そして、避けたせいで足が痛く... いや、違う。

痛いのは足だけじゃない、全身だ。

避けるために力を振り絞り、足が痛くなったように、全身も燃えないために何かが起こったなら?

「そういうことか...」

「え、何? 何かわかったの!?」

と、明香利。

そこで皆に、あの時の俺の体験と、今俺が考えたことを話した。

「なるほどな... つまり、あの男のように、海斗も非現実的なことが出来るようになった... そういうことになるな...」

と、公佑がお得意の推理をする。

「まあ、漫画みたいな感じになるけど、能力っぽいもんだよな」

と、少しふざけて言ってみる

「海斗が能力かー、なんか、ゲームみたいでかっこいいね」

と、ボケに気づいていないのか、弥佳が真に受けて言う。

「と言うことは、あの男も火を操れるような能力を持っていて、それで私たちを襲ったってこと?」

と、明香利もまた真に受けて尋ねる。

(もういいか... 能力で...)

そう思ったあと、俺はあの男のことで考察したことを話した。

「なるほど、つまり、あの男は人を襲おうとしてるような感じはなかった、ということね」

と、納得したように明香利が言う。

その後、「能力」についても考えてみたものの、なかなか話は進まず、今日のところは解散することとなった。


親に心配され、病院に行った、その帰りだった。

人混みの中で、フードを被った男が、俺に近づいてきた。

(な、なんだ...!?)

すると、すれ違いざまに、こう言われた。


「...能力を手に入れた気分はどうだ?」


(......!?)

意味がわからなかった。

まるで、俺たちの会話を聞いていたような口振りだった、そうじゃないと「能力」なんて単語は出てこないはずだ。


恐れながらも、後ろを振り向く。

長い一本道の商店街には、もうその男の姿はなかった...




その夜は、全く寝ることが出来なかった。

フードの男の、あの一言が気になってしかたがない。

誰かに監視されてはいるのではないかと、気が落ち着かないからだ。

ただ、一つこれでわかったことがあった。

まだあの男のことを信用はしていないが、男の言うことが正しければ、やはり俺は能力を手に入れており、火の男もそれにともなって能力を使っていたことになる。

ただ、その能力の使い方が、全くもってわからない。

(あの時のように、危機に陥ったら自然と発動されるものなのか...?)

考えれば考えるほど、わからなくなっていき、いつの間にか意識が落ちていた...





翌朝、学校は休みになり、俺たちはまた集まることになった。

理由はもちろん、昨日のフードの男の件だ。

「本当に俺たちの話を聞いていたような言い方だな...」

と、公佑が真剣な顔で言う。

「ってことは、海斗の言った通り、火の人も能力を使っていたってことで正しそうだね」

と、明香利が言う。

そうして話が進んでいく中、突然弥佳が呟くように言った。

「ニュースでも能力については何も言われていないし、人々の中で能力なんて言葉が使われていることもない。 それに、私たちが話をしていたのは二階... ということは、そのフードの男自身も、盗聴みたいな能力を持っている可能性がある...!?」

その言葉に、三人が目を見開く。

「なるほど、確かにそれはあるな... それに、能力についてなにか知っていることがあるはずだ」

それに対して、弥佳たちは頷く。

「よし、じゃあ今日は、全力でフードの男探しだ、幸い声の感じとか、口元とかの雰囲気は少し覚えてるしな」


そうして、俺たちは家を出て、昨日行った商店街などに聞き込み調査をしに行ったのだった...




そうしてフードの男を探しに行った俺たちだが、もともと手掛かりが少なかったからか、捜査は難航していた。

フードを被っていたため、顔の全貌はわからないし、身長も、最近は厚底のシューズなどで変えることが出来る。

さらに、声を覚えているとはいえ、片っ端から声をかけていくことも出来ない、というより、相手に俺の顔が知られているため、相手は俺たちから遠ざかることが出来る。

「やっぱり、そんなすぐに見つけられるわけがないか...」

と、少しため息混じりで呟く。

そんな俺を、弥佳は励ましてくれる。

「大丈夫、すぐにとはいかないかもしれないけど、いつかは絶対見つけられるはずだよ!!」

そんな無邪気な笑顔を見せられて、やる気がでないわけがない。

疲れも一瞬にして吹き飛び、捜査を再開する。

そんなときだった...


「うわぁあぁぁあぁぁ!! 助けてくれぇぁぇえぇえぇぇぇぇえ!!」

辺りに叫び声が響き渡る。

(何があったんだ...!?)

急いで声のした方向に向かうと、もう、声が出なかった。

「な、何があったの... 意味がわからない...」

誰もが深刻そうな表情になる。

それもそのはず、目の前に広がっていたのは、商店街にいた男性、女子校生、スーパーの店員の男性が、体を切断されて横たわっている。

しかも、その断面が、レーザーで切ったように一切の歪みとがたつきがない。

「...は、早く。 きゅ、救急車を...!!」

一人は腰を両断され、既に息がないが、残り二人は、腕の切断と足の切断で、まだ助かる可能性がある。

周りの人が持ってきた包帯やバンドで止血をし、救急車を待つ。

(一体、ここで何が起こったんだ...?)

そう思い、近くに居合わせたジュエリー店の店員に聞いてみることにした。

しかし、その返答は意外なものだった。


「突然、あの三人の体が切れたんだ...」

どういうことかと思い考えると、一つの答えが出た。

「能力者...」

こんな超人的なことが出来るのは、能力者しかいない。


そして、救急車を見送ったあと、家に帰り、テレビのニュースを見て衝撃を受ける。


そこに書かれていたのは

「日本全国で、連続的な殺人事件が発生。

どれも犯人がわからず、殺害方法も不明」

という文章だった...




パソコンを開き、情報を見る。

そこには、謎の連続殺人で、合計12人が重軽傷、9人が死亡と書かれていた。

(嘘... だろ!?)

殺害方法が謎といわれている辺り、犯人はやっぱり能力者で間違いないだろう。

「世界各地の人々が、超常現象を起こすように」

「自身を能力者と名乗る人物の占いがぼったくりである」

などというニュースから分かるように、この世界で能力を持った人が出現しているのは、もう確定でいいだろう。

ただ、そうなってくると、一つの恐ろしくなることにたどり着いてしまう。

「もし、能力者があの男のようになっているのなら...?」

あの男は、まるでなにかに操られているかのようだった...

そう、自分の意思とは逆に、誰かを傷つけてしまうのだとすれば?

(ま、まずいな...)

言うのを忘れていたが、俺の特技的なものの一つとして、勘が当たりやすいというのがある。

もし、これが当たっているのだとすれば...?

そう思うと、背筋が凍る。


そう、俺はただ怖かった。

フードの男が言っていた、あの言葉。

あれが本当なら、自分もそうなってしまう可能性が高い。

絶対に傷つけたくない、あの三人も、他の人たちも...

(こんなことじゃ、迂闊に外歩けねぇじゃねぇか...)

それでも、外に行って、情報を集めるしかない。

(どうすればいいんだよ... 俺は...)


そんなときだった。

見ていたパソコンの画面に、新着ニュースが入ってきた。

(......!?)

それを見て、跳び跳ねるかと思ってしまった。

そこに書かれていたのは

「能力を持つという女性、マスコミの取材に応じる」

という、今俺が一番求めていた存在に関するものだった...




俺は今、お茶をいれていた。

「どうぞ」

と、お茶を手渡す。

「ありがとうございます」

と、相手がお茶を受けとる。

「では、改めて自己紹介させていただきます。 中学三年の白井海斗です」

「あ、同じく中学三年の八重野菖蒲です。 そして... 能力は妄想を現実にする能力です」

そう、その相手は、先ほどニュースで見た、女子能力者だ。

自分のことを打ち明け、話を聞いてもらえないか頼んだところ、家に来てもらえることになった。

「同い年なら、敬語は外しますか...?」

と、首をかしげて聞かれる。

「そうだな、その方が、こっちとしては話しやすいし」


そういって、能力についての説明が始まる。

その話を要約すると、このようなものだった。

菖蒲さんが能力を手に入れたのは、今日からちょうど一週間前、その時は周りに同じような人がおらず、何が起こったのかわからないままでいた。

しかし、自分の考えたことが実現するようになったということがわかり、俺たちのように能力の存在を考えた。

そして、二日前に自分と同じ、能力者が出現し、この世界で何かが起こっていると確信した。

と言うものだった。

それで、一つ思ったことがあった。

「な、なあ、一つ思ったんだけど... 菖蒲さんの能力で、能力者たちの暴走を止めるって、出来ないのか...?」

それに対して、菖蒲さんは少し悲しそうな顔でこう言った。

「私もやろうと思っていたけど、能力の効果の対象が、どうやら私だけみたいなの。 だから、相手をどうにかするっていうのは、私には無理なんだよ...」

どうやら、能力にもデメリットはあるらしい。

そして、俺は一番聞きたかったことを聞いた。

「どうして、能力者たちは自分の能力が何か分かっているんだ?」

すると、菖蒲さんが見慣れないコンピューターを取り出して、言った。

「この、能力解明ソフトウェアを使うの。 腕を貸してもらえる?」


そう言われて、腕を向こうへ差し出す。

その瞬間だった...

腕に突如痛みが走る。

「...痛っ!?」

その腕を見ると...


注射針が...刺さっていたのだった...




「イタイイタイイタイイタイイタイイタイ」

...正直な話、注射は嫌いだ。

しかも、めっちゃくちゃ針が太い...

「あ、ごめん。 やっぱ痛かった...?」

と、首をかしげる菖蒲さん。

「や、やっぱって、痛いの分かってたんだったら、先に打つって言ってもらえません...?」

すると、申し訳なさそうに言われる。

「ほとんどの人が、注射を打たれるのを嫌がって、毎回怖がられるから... 言わずに打ったんだ... ごめんね」

こんな申し訳なさそうに女子に言われたら、許さない男子なんているのだろうか...?

「ま、まあ、大丈夫だからいいぞ」

そして、気になったことを言う。

「今、毎回って言ったよな? 今まで何人かこの検査をした人がいるってことか?」

すると、うなずきながら。

「そう、今まで24人が検査を受けてる。 そして、このコンピューターに、そのデータを保存してその人の能力のタイプを測定する。」

そして、続ける。

「今回の放火事件の犯人も、そのうちの一人なの。」

思わぬその一言に...

「え!? は、え!?」

言葉がでなくなってしまう。

そんな俺を見ながら、菖蒲さんは表情を変えることなく告げる。

「測定の仕方は、いたって簡単なの。 能力者の血を取って分析する。 その中のDNA情報などに、今までにないような遺伝子情報が、能力者には追加されてるの。 その後、能力を扱える人には、実際に能力を発動してもらって、この能力ならこの遺伝子というルールを見つける。 それが、能力の測定方法なの」

冷静さを取り戻し、やっと頭の中で整理ができていく。

「それで、あの人の能力が分かったってことか... でも、一つ聞いて言いか?」

そして、続ける。

「あの人は能力を自分の意思通り発動できていたってことだよな? それがどうやったらあんなことになるんだ...?」

すると、菖蒲さんの表情が暗くなり...


「あの人に頼んで、能力について解明しようとしていたの。 ただ、その途中であの人は苦しみだした、だから... もしかしたら全部私のせいなの」

そう、告げられたのだった...




「そ、そんなことはないって!」

思わず立ち上がって、叫ぶ。

「もし、こうなってしまった理由が一つでも考えられるのであれば、普通は対処法を考えているはずだろ?」

少し落ち着きを取り戻して、座る。

「それでも、今菖蒲さんはその事について悩んでいる、それは、どうしてこうなったか分かっていないからだろ?」

すると菖蒲さんは、静かにうなずく。

「理由が分からないから、自分のせいにしてしまっているところがあると思うけれど、絶対に菖蒲さんが悪いということは、ないと思うよ」

話し終えて、ふと菖蒲さんの顔を見ると、菖蒲さんは涙を流しながら、笑っていた。

「...ありがとう、そう言ってくれて、本当に嬉しいよ」

そう女子に言われて、照れない男子などいるのだろうか?

しかし、なんとか高ぶりつつある感情を押さえ込み、冷静に言う。

「うん、こちらこそ」

そして、続ける。

「二人でこの騒動を解明して、いつもの世界を取り戻そう!」

「うん!」

この瞬間、お互いの決意や覚悟が、ひしひしと伝わってきた。

まるで、二人の心が一つになったかのように...

そうして、ふと我に返る。

(俺が好きなのは弥佳だけだぁ!!)

心の中で、ふるふると首を振る。

一人でなにやってんだよ、自分...

そうして今度は、心の中で静かに笑うのだった。





...数時間後

俺は今、市内の大きな武道館にいた。

目の前には、菖蒲さんが立っている。

深呼吸し、精神統一する...

次の瞬間、能力を発動した俺は地面を蹴り、菖蒲さんとの距離を一瞬にして詰める。

その動作と平行して、足を振りかぶる。

「はっ!!」

そして、俺は一気に足を振り下ろすのだった...




(本当にいいのだろうか...)

いくらなんでも、男子が女子を蹴るというのは許される行為ではないだろう、相手が女子でなくとも、当たり前だ。

そこで、威力を最小限に押さえ、あまり痛くないであろう足に狙いを定める。

そして、俺の足が菖蒲さんに当たる、その瞬間だった。

さっきまで目の前にあった菖蒲さんの体は、遥か遠方に遠ざかっていた...

そして、菖蒲さんの言葉を思い出す。

「妄想を現実に変える能力」

自分が遠くまで跳躍できるという妄想を、現実に変えた結果がこれなのだろう。

(チート級の能力だな...)

漫画やアニメで、味方側にこんな能力を持つ人がいれば救世主と、敵側にいれば、ラスボスとなっていそうな気がする。

そんな能力を、知り合って数時間の女子が使っているのだから、正直なところ怖い。

まあ、信用してるからいいんだけれども...

そう、これは菖蒲さんの考えた、能力を上手く扱うための訓練の一つだったのだ。

菖蒲さんによると、能力の発動条件はたくさんあるらしい。

その中でも、俺の能力は、自分の意思でも制御が出来て、ピンチになっても自動で発動される、かなり珍しいタイプだったのだ。

ただ、能力を使う人の元の反射力が遅ければ遅いほど、能力を十分に活かせなくなる。

そんなことを考えていると、今度は菖蒲さんから攻撃を仕掛けてきた。

見れば、手にはばかでかい剣が握られている。

(いよいよゲームの世界だな... これ...)

力を込め、攻撃に備える。

瞬きを終えたとき、もう目の前には剣が突き付きけられてきていた...

しかし、今の俺はそんなものでおとなしく負けるやつじゃない、あの時の俺とは違う。

再び能力を発動し、後退する。

そして片足が地面についた瞬間、今度は前に向かって跳躍する。

「もう、容赦はしないぞ」

拳を付きだし、それをかわされ、また距離を詰め、剣を避け...

(さすがに一筋縄ではいかないよな...)

こっちは能力初心者で、相手は能力上級者、もちろん、菖蒲さんの顔には余裕そうな表情があった。

そして、その後も攻防は続いた。

疲労も重なり、体力も限界に達していた。

「はぁ、はぁ...」

次の瞬間、力なくよろけた俺の体に、菖蒲さんの攻撃が炸裂する。

「うぐっ...」

後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

背中に激痛が走り、声にならない声をあげる...

そんなことはなかった。

後ろに吹き飛ばされ、満身創痍となってうずくまったのは、菖蒲さんの方だったのだ...




俺の能力について、言い忘れていたな。

俺の能力は、仮名だが「運命に抗う能力」という、かっこいいものとなった。

正直、自分が一番ビックリしている。

その能力の内容は、こんなものだった...

例えば、攻撃をくらい、負傷してしまう運命になったとする、すると、その運命を回避できるように体が強化される。

その要領で、空高く跳躍したり、瞬間的に移動したりもできる...

つまり、あの時炎を避けたときに、この能力が発動していたのだ。

この能力のメリットとしては、ピンチのときには瞬時に発動されること、ピンチではなくても、ある程度の身体の強化ができるというところであり、デメリットとしては疲労がたまること、体が強化されるが、制限があることがある。

菖蒲さんいわく、疲労は菖蒲さんでも溜まり、能力を発動してもどうしようもないらしい、ただし、体の強化の制限は、体を鍛えることで最大値が延びていくかもしれないらしい。

菖蒲さんとならぶチート級の能力を、俺は手に入れていたらしい。

さっきは、自分が攻撃を受けてしまうという運命になったため、受けないよう回避出来るようになり、そのままカウンターをいれることが出来たということだ。

(結構ギリギリだったんだけどな...)

そう頭のなかで呟いたあと、菖蒲さんの手を取りゆっくりとその体を起こす。

「大丈夫か...?」

そう聞くと、菖蒲さんの体の傷は一瞬で治っていった。

「この通り、大丈夫だよ、海斗くんは大丈夫...?」

首を傾げて聞いてくる。

「俺なら大丈夫、というより、これで訓練は終わりだよな?」

と、正直自分の身体が痛いのを堪えながら言う。

「うん、私に一撃入れれたんだし、本当にすごいと思うよ。 能力の扱いには、少しでも慣れれた?」

「うん、正直、こんなことが出来るなんて、自分でもビックリだよ」

自分の手を見ながら言う。

「私も最初はビックリしたし、なかなか扱えなかった、でも、今はしっかり扱えてるから、海斗くんももっと強く、しっかりと扱えるようになるよ」

そう、微笑みかけられる。

そうして、今日の能力訓練は幕を閉じた。

最後に、俺のことを気にかけたかのように、菖蒲さんが言ってくれた言葉を思い出す。

「能力を鍛えることで、あのようなことにはなりにくくなるはずだよ」

あのようなこととは、言われずとも、あの炎の能力者のことだろう。

まだ何もわからずに、感覚だけを頼りに能力を発動した結果が、あの事件...

(本当に、俺は大丈夫なのだろうか...)

そんな不安を抱えつつ、能力者を押さえ込める力を手に入れられたことが、本当に嬉しかった。

目の前で殺された人たち、どこかで殺された人たち...

それらは全て、能力者によるものであるはずだ。

「絶対に真相を解き明かす」

そう、夜空に誓ったのだった...




家に帰ると、スマホに何件もの通知がきていた。

自分がスマホを忘れていたことに驚きつつ、通知を開く。

それは、あの三人からのものだった。

「今、どこにいる?」

「弥佳が大変なことになった」

そして、次の文で俺の不安は一気に跳ね上がることになる。

「弥佳が...フードの男に連れ去られた」

前の二件は、夕方ごろに送られているのに対し、この文はたった十分前に送られてきていた。

そして、新たにメッセージが送られてくる。

「海斗、俺たちは今中央公園にいる。 今から弥佳を助けに行くつもりだ、フードの男は、ここにいると言っていた。」

そして、次に画像が送られてきた。

その画像には、周辺の地図が載っており、目印のように赤丸が書かれていた。

「北谷工業団地跡」

ここからなら、二十分以上はかかってしまう...

そんな距離を、フードの男はどう進んでいったのだろうか。

しかも、弥佳を連れて。

能力を使っても、能力の対象外の人物には何も起こらない。

俺のように、スピードを出せる能力でも、人を連れていると、その人は風圧などでダメージを受けてしまうのと同じだ。

「フードの男の能力は... そもそも能力者なのか...?」

考えていても仕方ない、カーディガンを羽織り、家を出る。

中央公園の方角に向き、体を屈める。

そして、一気に体を伸ばし空へ飛び立つ。

冷たい風が吹き抜け、緊張を解してくれる。

「...待ってろ、弥佳!!」

しばらく上空を進むと、二人の人影を確認できた、おそらく公佑と明香利だろう。

二人の前に着地して、アニメのヒーローの登場シーンのような登場を果たす。

「遅くなってすまん」

すると、驚いた様子で二人がこちらを見てくる。

それもそうだろう、俺が急に上から降ってきたのだから...

そこで、菖蒲さんの存在、俺の能力などについて話した。

「なるほど、そんなことが...」

すると、明香利から飛んでもないことを話された。

「そうだ海斗、実は弥佳も能力を手に入れたかもしれないんだ...」

そんな情報を、なぜ早く言わないのか...

そう思いながらも、フードの男がなぜ弥佳を連れ去ったのか分かった気がした...

「あいつは能力について何か知っている、それで実験のようなものをしているんじゃないか...?」

「でた、海斗お得意の勘」

と、笑いながら明香利に言われる。

「そうだとしたら、弥佳の身が危ないかもしれないな...」

と、こんなときでも冷静な公佑。

本当に真反対なやつらだな...

心のなかで微笑しつつ、空を見上げる。

「よし、行こう」

肌寒くなった夜の空に浮かぶ明るい月が、俺たちを照らしていたのだった...




公佑と明香利が息を切らしつつ、何とか俺たちは廃工場にたどり着いた。

「なんか、薄気味悪いところだな...」

そう言った瞬間、さらに俺たちの不安を煽るかのように、寒い風が吹き抜けていった。

「うわっ、寒っ」

こんなときでも半袖半パンの公佑が言う。

なぜ長袖を着てこなかったのだろうか...

「とりあえず、早く中に入ろう」

明香利の一言で、俺たちは扉に手を掛ける。

古くて錆びた、重たい鉄のドアは、ギィィと嫌な音を立てながら開いた。

そして、俺が率先して先頭に立つ。

「何かあったら、俺にすぐ報告してくれ」

すると二人がこくりと頷く。

静かに進む俺たちの前に、光が現れる。

「あそこに何かありそうだな」

と、公佑が言う。

その瞬間だった...

「やめて!! 嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

その声は、明らかに弥佳の声だった。

急いで向かった先に、手術台のようなものに縛り付けられた弥佳と、フードの男がいた。

何より、俺は驚きを隠せなかった。

フードの男の傍らに、菖蒲さんが立っていることに...

「ど、どういうことなんだよ...」

すると、こちらを向いて、フードの男が言う。

「やぁ、海斗くん、元気かい?」

顔に薄気味悪い笑みを浮かべながら...

「元気だとかどうでもいい...」

そう冷たく返事しながら、フードの男を睨みつける。

「あの能力者たちの暴走と、それによって起こった殺人事件は、全部お前の仕業だろ...」

そう言うと、フードの男はさらに笑みを浮かべ

「あぁ、すごいショーだっただろう?」

と、狂った発言をする...

「お前はここで絶対に倒す、そして、弥佳も返してもらうぞ...?」

そう言い、一瞬でフードの男との距離を詰める。

しかし、俺の手を止めたのは、他でもない菖蒲さんだったのだ...

「な、何でこんなことするんだ。 菖蒲さん!!」

そう言った時には、目の前には菖蒲さんの姿はなく、俺の体は壁に打ち付けられていた。

「あがっ、うぐっ...」

何があったんだ... これもフードの男の仕業なのか...?

「菖蒲、そこまでにしておけ」

と、フードの男が言う。

その一言で、菖蒲さんは剣を構えるのをやめた。

「海斗くん、これを見てくれ」

と、フードの男がケースから赤く光った宝石のようなものを取り出す。

「これは、人々に能力を与えるために作られた人工の宝石。 通称アビリティストーンだ」

そう言いながら、フードの男はその宝石を目の前にかざす。

「の、能力を... 与える...!?」

意味がわからない、能力は元々自分の中に宿っているものだと思っていた...

(能力は、あの宝石によるものだったのか...!?)

そんな俺の動揺を見て察したのか、フードの男が言う。

「海斗くんの能力や弥佳さんの能力は、天然のもの... つまり、この宝石に頼ってはいないよ」

そして、続ける。

「しかし、このストーンを埋め込まれた者は、決められた能力を得る。 さらに、その者は、精神が不安定となり、そこを私の能力で私の思うままとされる... つまり、ストーンを埋め込まれた者の意識は私に支配されるということだ... 私は、人口能力者のマリオネットを作り、この世界を変えたいんだよ」

男は気味悪い笑顔のまま、そう話すのだった...




(人の意識を...操る能力だって!?)

そうか... それによって、人口能力者は操られていた。

そして、あの騒動を起こしていた...

全て、あの男の思い通りということだ。

そんな奴の元に、やっぱり弥佳はいさせられない。

「...弥佳!!」

弥佳を助けだそうと、地面を蹴って突き進む...

しかし、それだけで助けられるほど、世界は甘くない。

「運命に抗う能力」

こんなかっこいい名前だけれど、結局できるのは、菖蒲さんのように自分を強化することだけ...

運命自体に、本当に抗えるものではない。

気がつけば、目の前に数十人もの人々が立っていた。

そして、フードの男が言う。

「これより琴野弥佳ともう一人の能力者による能力のハイブリッド化計画を開始する、それまで、能力者に邪魔をさせるな」

(もう一人の... 能力者だって!?)

そう思ったのもつかの間、フードの男のあの一言で、目の前の人々が一斉に襲いかかってくる...

「...公佑、明香利、今すぐ逃げろ!!」

二人が駆け出す、能力を持たない二人は危険だ。 動ける者が助けなければ...

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

怒りと、悲しさと、色々な負の感情が、俺のことを強くする...

俺の発揮した力は、今までと比べ物にならなかった。

宙に浮いている能力者、とんでもない速さで移動する能力者、辺り一面を火の海にする能力者...

正直、どんなやつにでも今は勝てる気がした...

「...消え失せろ」

自分で言うのも何だが、結構ゲームは得意な方だ、そして、能力者同士の戦いは、どこかゲームの立ち回りに似ている。

先に回復役を倒し、一気に方をつける...

しかし、頭で想像は出来ても、実現させるのは難しかった。

後方にいる回復系らしき能力者に、なかなか近づけない。

気づけば、もうフードの男と弥佳、さらに菖蒲さんの姿はどこにもなかった。

少し前にフードの男が言った、あの言葉を思い出す。

「能力のハイブリッド化計画」

正直、何が何だかわからない、というか、考える暇がない...

(...やべぇ、回復系らしき能力者が残ってる以上、倒しても倒してもキリがねぇ)

どうすればいい... 時でも止まってくれたら...

しかし、俺にはそんなことは出来ない。

いつか体力切れでタコ殴りにされてしまう...

「くっ、どうすればいいんだよ...」

その瞬間、後ろから何かの気配を感じた。

振り返ると、短刀を持った能力者がこちらに突っ込んできていた。

流石に反応も出来ない

「......っ!?」





目を開けると、後ろにいたはずの能力者は、目の前でうずくまっていた...

そして、それを確認した瞬間。

「えっ!?」

今、一瞬目の前の光景がフリーズした...

(何が起きたんだ!?)

そう思っていると、信じられない光景を見た。

拳を振りかぶる動作をした能力者が、空中で静止している...

「は、はぁ!?」

それだけじゃない、周りの能力者全て、止まっている。

次の瞬間、またもや後ろに気配を感じた。

振り返ると、今までいた能力者たちとは別の男が立っていた...




「...なぜ、お前は動くことが出来ているんだ?」

と、静かに言う。

「わからない、これは、お前の仕業なのか?」

そう言いながらも、拳を握り、力を込める。

「お前はこいつらとどういう関係だ?」

それに対して

「俺はこいつらのリーダーみたいなやつに用があってここに来た。 俺の仲間が拐われてな...」

すると、男は静かに笑みを作り。

「なるほど、じゃあ、お前は敵じゃないということで、いいな?」

「あぁ、さっきは助けてくれて、ありがとう」

そうして、周辺の能力者が止まっているなか、お互いの自己紹介などを手短に済ました。

彼の名前は岡崎有悟、高校一年で、俺たちの一学年上だった。

有悟先輩の能力は、時を止める能力。

その能力名の通り、全空間の時間を一斉に止める。

さらに有悟先輩だけは、時間の止まった世界の中で、時間を止められた人に干渉できる。

しかも、その人の時間は止まったまま...

つまり、時間を止められた人が有悟先輩に蹴られまくった場合、その物理ダメージはすべて時間が戻った瞬間に与えられる。

「...最強すぎません?」

さっきまでとは違い、ちゃんと敬語を使って話す。 文章の表記でも、ちゃんと有悟先輩となっているだろう。

当たり前だけども...

「そうか? ずっと止めてたら疲れるし、正直今もしんどいんだけどな...」

「え、じゃあ、早く戻します?」

そう言うと、少し悲しそうな顔で、有悟先輩が言う。

「俺はこのまま時間を止めておく。 お前は、その仲間を助けにいってやれ」

そして、続ける。

「そのついでだが、もし、岡崎一希という女子がいれば、連れてきてくれ...」

「...どういうことですか?」

そういうと、さらに暗い雰囲気になりながら...

「俺の妹だ、中学二年の... 二日前の夕方から行方不明で、連絡がとれなくなっていているんだ。 すると、フードの男から、手紙が着てここに来た」

「......!?」

妹さんも、誘拐されていた...!?

「一つ聞きたいことがあります」

「...なんだ?」

「妹さんも、能力を持っていますか?」

すると、頷きながら

「あぁ、あいつの能力は、時間を戻す、そんな能力だ」

(...まずい)

そんな感情が、頭の中で広がる。

(フードの男が言っていた、もう一人の能力者は... その人なのか?)

それと同時に、フードの男の計画が予想できた。

「僕の仲間も、能力を手に入れていました、そして、フードの男は能力のハイブリッド化と言っていた... もしかしたら、二人の能力を掛け合わせるのかもしれないです...」

「......なに!?」

もしこの予想が当たっているのであれば、本当にまずい。

弥佳が何の能力なのか、俺は知らないが、組み合わせて、意識はあのフードの男に操られて...

最強の能力者が生み出されてしまう...

「行ってきます...!!」

「おう、気をつけて」

そして俺は走り出した、ただ暗い工場の中を...

時間が止められた世界の中でも、月の光は俺のことを優しく照らしてくれるのだった...




時間が止まった世界で、敵の居場所を探るのは、難しいことではなかった。

「電気がついてる... ここか」

部屋の中に入ると、手術台二つの上に、弥佳と見知らぬ女子が縛り付けられていた...

たぶん、この人が岡崎一希なのだろう。

フードの男の後ろに周り込もうとする。

しかしそこで、不運にも時間の停止がなくなってしまった。

(しまった...)

有悟先輩も、体力的に限界だったのだろう...

あの後、公佑たちの護衛をしてくれると言っていたが、本当にあの大群から抜け出せたのだろうか...?

気づいたときにはもう、菖蒲さんの剣が首筋に当てられていた。

「ちょっと早く来すぎじゃないか...? 海斗くん。 向こうの能力者たちは残っているのに、どうやってこれたのだ?」

「...単に自分の実力だ」

有悟先輩の存在をばらせば、先輩にも、公佑たちにも危害が加わってしまう。

「...まあ、どうでもいいけれど」

そして、フードの男は機械を操作する。

その瞬間、エネルギーの充填具合を表している画面が表示された。

「核燃料による莫大なエネルギーを、この宝石は吸収する、その際に、この宝石に能力の核をを取り込ませる。 そうすれば、決められた能力を手に入れられるアビリティストーンができる」

(...能力の...核!?)

訳の分からない言葉だらけで、頭が痛くなってくる...

それでも、フードの男は説明を続けていた。

「それを一般人に取り込ませれば人口能力者に、能力者に取り込ませると... 一つ以上の能力を持った能力者ができる... そして能力を渡した側も元の能力は持ち続け、私の支配下に陥る... 完璧だろう?」

「...だまれ」

そんなことは、絶対にさせない。

そして、弥佳のことも、本当は今すぐにでも助け出したい。

しかし、剣を突きつけられている以上、どうしようもなかった。

「......!?」

怒りがまた頂点に達したとき、自分の鼓動が今までより強く感じられた...

さっきまでもの疲労がどこかへ行き、逆に力が体の奥底からどんどん沸いてくる...

(今なら... どんなことでもできそうだ)

最大限の力を込め、雄叫びをあげる...

「お前の好きには... 絶対にさせねぇ!!」

そういって、菖蒲さんに突きつけられた剣を振り払い、フードの男に向かって一気に距離を縮める。

周りの時間の流れが、とても遅く感じられた...

フードの男を蹴飛ばそうとする。

その瞬間、フードの男の姿が消えた。

「...え!?」

(何が起こった...?)

もしかして、フードの男はまだ何か能力を持っているのか!?

そんなことを考えていると、目の前から菖蒲さんの剣が飛んでくる。

どこに避けても当たってしまう、そんな攻撃だった...

しかし、その攻撃が俺に当たることはなかった。

剣が吹き飛び、菖蒲さんの手から離れる。

剣を吹き飛ばしたのは、他でもない、弥佳だった。

「...弥佳!?」

麻酔から覚めたところなのか、まだ少しふらついているが、目立った傷などは無さそうだ。

「ごめんね、心配かけて」

見れば、弥佳を縛り付けていた鋼鉄の手錠や棒は、全て縛られる前の状態になっていた。

傍を見れば、一希さんが朦朧としながらもこちらを見ていた。

「時間を戻す能力か...」

二人とも意識が朦朧とする中の、必死の抵抗だったのだろう。

そして、俺たち三人は、菖蒲さんと対峙するのだった...




そうして、俺は前に行き、まだ意識が朦朧としている二人を守ろうとする。

「この声がもし聞こえているなら、俺たちのことを攻撃するのは、もうやめてくれ... お願いだ」

すると、声が届いたのか、表情が暗くなる。

目の前に、今にも泣き出してしまいそうな菖蒲さんがいた...

「俺たちは菖蒲さんをこれ以上傷つけたくないんだ」

すると、急に菖蒲さんが苦しみ出した...

「う、うぅ、うぐっ...」

(......!?)

あまりに急なことで、なにもできずに呆然と立ち尽くしていると、異常事態が起こった。

突然、菖蒲さんの目が片方、赤色に光る。

その目で、菖蒲さんは静かにこちらを睨み付けてきた...

「...何が起こってるの!?」

と、弥佳。

正直、俺にも何が起こっているのか分からない。

誰もが黙ってしまったなか、ポツリと一希さんが呟く。

「アビリティストーンによる暴走の最終形態...」

その言葉に、誰もが驚く。

「どういうことだ!?」

そんな俺の問いかけは、菖蒲さんの突然の攻撃によって掻き消される。

「ぐっ...」

幸い攻撃には当たらなかったものの、衝撃だけでかなり吹っ飛ばされた。

(当たってたら、絶対死んでたな...)

今までと比べ、明らか速度が上がっている。

もちろん、攻撃力も...

「やばい、対処しきれねぇ!!」

誰もが諦めかけたその時、菖蒲さんの行動が止まった...

そして、弥佳たちの行動も...

(あの人か...!!)

後ろを振り向くと、そこには有悟先輩がいた。

「遅くなって申し訳ない、ちゃんと二人は工場の外で待機させておいた」

「...ありがとうございます」

二人の無事にほっとしていると、有悟先輩の持っているケースが気になった。

「そのケース、もしかしてアビリティストーンですか...?」

「いや、違う。 これは、もう一つのストーンだ」

(......!?)

「ストーンが... もう一個!?」

俺がそう言うと、有悟先輩は青く光ったストーンを取り出した。

そして、そのストーンについて説明を始める。

「フードの男は、あの研究などが失敗してしまっときのために、この青いストーン、インバリッドストーンも作っていた... このストーンは、能力と人工的に与えた能力を無効化することができる」

そして...

「もちろん、フードの男の支配も抹消できる」

(...!?)

「...そ、それは、本当ですか!?」

有悟先輩が、決して嘘をつきそうな人ではないことを、十分に分かっていながらも、そんな言葉がでてくるくらい、俺は驚いていた。

「あぁ、さっきフードの男の計画について記された計画書があった、そのなかに、アビリティストーンに並んで、このインバリッドストーンについても書かれていた」

それが本当なら、今ここで俺たちに立ちはだかる、菖蒲さんのことを止められる。

「すまないが、もう時間を止めていられそうにない、あとはお前に任せた」

「...分かりました」

そう言って、ストーンを受け取り、菖蒲さんの方を振り向く。

不運にも、菖蒲さんは壁際にいて、後ろに回り込むことができない。

(突っ込んでいくしか無さそうだな...)

怖い、けど、やるしかない...

力をまた、最大限に込める...

「いくぞ? 三、二、一...!!」

次の瞬間、時間が再び動き始める。

案の定、菖蒲さんもこちらに攻撃を仕掛けてくる。

しかし、今の俺には、どんなに早い移動も遅く見えた。

(...やれる!!)

そうして菖蒲さんの後ろに回り込んだ俺は、手に持ったストーンを突き出すのだった...




手に持ったストーンが、強い光を放つ。

そして、ストーンは菖蒲さんの体に吸い込まれていった。

攻撃を続けていた菖蒲さんの行動が、瞬く間に停止する。

「...いけたか!?」

次の瞬間、菖蒲さんの目から放たれる赤い光が消滅する。

そして、菖蒲さんはその場に倒れ込んでしまった。

「...菖蒲さん!?」

心配になり、すぐに菖蒲さんの傍に駆け寄る。

すると、一希さんが横から口を挟んできた。

「大丈夫、気を失っているだけだから... これで、菖蒲さんの暴走は終わったよ」

そして、全員がほっとした表情を浮かべる。

もしかすると、俺は一番笑っていたかもしれない...





この騒動の30分後

俺たち四人メンバーと、岡崎兄妹、そして菖蒲さんは、工場内から持ち出したフードの男の計画書や、アビリティストーン、そしてインバリッドストーンを机の上に並べて見ていた。

菖蒲さんは自分が起こしたことを少ししか覚えておらず、所々記憶が抜けている部分があった。

しかし、自分がしたことを後悔しており、何度も謝ってきた。

そして、もちろん弥佳と一希さんにはインバリッドストーンを使ってある。

計画書などを全員で読み漁っていると、突然一希さんが話し始めた。

「みんな、これを見て」

そして、続ける。

「さっき私が言おうとしていたことが、ここに載ってる」

さっき言おうとしていたこと、それはたぶん、アビリティストーンによる暴走の最終形態のことだろう。

一希さんの示した計画書の一つに目をやる。

そこには、意外なことが載っていた。

内容を要約すると...

アビリティストーンの効果として、能力の付与と能力の暴走がある... と。

「菖蒲さんの目が赤く光って、力の強さも桁違いに強くなったのは、この能力の暴走のせいだったってことになるのか...」

そう俺が呟くと、一希さんはコクリと頷いた。

(もしあのとき、菖蒲さんの能力が暴走したままになっていたら...?)

そう考えると、背筋が凍る。

「とにかく、今回は本当に、岡崎兄妹のお陰だな...」

そういうと、兄妹は少し照れ臭そうに微笑む。

その笑顔に、他のみんなも笑い出す。

さっきまでとは違う、穏やかな雰囲気に包まれていた。

そして、兄妹は親に迷惑をかけたくないからと、急いで帰っていった。

兄妹を見送ったあと、俺は一番気になっていたことを弥佳に聞く。

「そういえば、結局弥佳の能力はなんだったんだ?」

それに対して、弥佳ではなく菖蒲さんが答える。

「ディバインの命令で、弥佳さんの能力は測定してあるよ。 弥佳さんの能力は... 運命を操る能力だよ」

弥佳の能力が俺とは真反対なことに驚いたが、それより、フードの男の名前が判明したことに、俺は目を見開くのだった...




弥佳の能力は、どんなタイミングでも、自分の思い通りの運命になるよう自身を強化できる、そんな能力だった。

ただ、危機的状況に陥ったとき、反射的に能力を使うことは難しいらしく、そこは俺との協力が必要ということだった。

それより、菖蒲さんのあの言葉が気になって仕方がない...

「さっき言ってたディバインって、あのフードの男のことなのか...?」

そう言うと、菖蒲さんは頷く。

「流石に本名までは分からなかったけれど、あの男は人口能力者たちにディバイン様って呼ばれてた」

(何かの宗教かよ)

そんなことを思いつつ、時計を見ると、もう2時を回っていた。

親は寝ており、俺が今まで外で激闘していたことを知らない。

気づかれてしまえば、流石に怒られるし、そもそも能力について信じてもらえるのかどうか定かじゃなく、色々とめんどくさい。

「なあ、流石に時間も遅いし、今日は解散して、明日また集まらないか?」

こっちは学校があと5日休みということも付け足す。

そして、俺たちは解散し、俺は一目散にベッドに飛び込むのだった...





そして、翌朝...

俺は、爆発音で目を覚ますことになった。

「...なんだ!?」

ベッドから飛び降り、カーテンを開けて外を見渡す。

そこには絶望的な状況が広がっていた。

昨日戦った人口能力者たちも含め、見たこともない人口能力者らしき人々の軍勢と、これもまた見知らぬ人々が衝突し、激闘していた...

その人々の中に、菖蒲さんと一希さんがいた。

(...ってことは、能力者たちか!?)

世界に能力が浸透しているのは知っていたが

ここまでの人数が能力者となっていたのは衝撃だった...

能力者と人口能力者たちのせめぎあい。

どちらも同じくらいの人数で、どちらも同じくらいの強さ...

たぶん、このままでは何人もの死者がでるだけで、勝負に決着がつくのはまだまだ先になってまうはず...

そう思うと、自然と体が動いていた。

窓を開け、飛び立ち、数十メートル先の戦線に着地する。

能力者たちと人口能力者たちの目が、一斉にこちらを向く。

そして、俺は人口能力者たちの方を見る。

そこには、やはりディバインの姿があった。

「来たようだね、海斗くん」

ディバインはニヤリと笑う。

「あぁ、あんな騒音出されたもんだから、叩き起こされたじゃねぇか... 最悪の目覚めだぜ」

そういい、ディバインを睨む。

すると、菖蒲さんと一希さんが

「海斗くん... 来てくれてありがとう」

と、息を切らしながら走ってくる。

(今まで相当な時間戦ってたのか...!?)

そう思いながら、聞く。

「この事態に陥った理由は?」

「今日の6時、ディバインから宣戦布告があった、しかも、テレビの電波を乗っ取ってね... 内容は、能力者たちと人口能力者たちの決戦。 能力者たちはこの世から消し去り、人口能力者たちだけをこの世に残すのが、目的だって...」

「...なるほど...」

「一緒に戦って貰えますか?」

そう、一希さんに言われる。

「もちろん、けど... 岡崎先輩は?」

「あー、まだ寝てた。 昨日の疲れが残ってるみたいで...」

「あ、あー、そうなんだ...」

そうして会話を終え、ディバインの目的を考察してみる。

そして、人口能力者たちだけを残す理由は、予想することができた。

(...何かあったら、すぐに制御ができるからか)

前にディバインの言ったことが本当なら、ストーンで精神を不安定にされた人はディバインの能力でマリオネットのようにされているはずだ。

これ以上そんなことはさせない、そう思いながら、人口能力者たちの方を向く。

彼らはディバインの新たな命令を待っているかのように、静かに立ち並んでいた...

「ディバイン! お前を... 絶対に地獄へ葬ってやる!!」

そう言った俺のことを、昨日とは違い、明るく太陽が照らしていたのだった...




地を蹴り、一気に近くにいた敵に飛びかかる。

拳を振るい、地面に叩きつける。

(いくら能力者といえ、元は一般人のはずだ...)

そう思い、死にはしないよう、力を最小限に押さえる。

ディバインがいつから人口能力者を生み出していたのかは分からないが、かなりの人数がいることから、長い時間を掛けていることはわかる。

流石の菖蒲さんも、疲れてしまうのが当たり前に感じられた。

「うおぉぉぉ!!」

勢いを殺さず、次々と標的を定めては倒す... この動きに、能力者たちは驚いている様子だった。

次の瞬間、目の前に大量の弾丸が出現する。

パチンっと指を鳴らす音が鳴り響いた直後、その弾丸が一斉に飛んでくる...

(や... やばい!!)

菖蒲さんは動けるような状況ではない...

他の能力者たちも、反応できていない...

「......っ!!」

目の前にはもう、弾丸が迫ってきている。

死を覚悟し、目を閉じる。

しかし、痛みは感じなかった...

(......?)

恐る恐る、目を開く。

弾丸は、当たる寸前のところで、止まっていた...

「...危ないところだったな」

後ろから声がする...

その声は、有悟先輩のものだった。

「何度も、ありがとうございます」

今まで有悟先輩に、何度助けてもらっていたことか...

危機的状況のとき、すぐに発動できるのが、俺の能力のはず...

確かに反射力は並外れて高いが、まだまだだ。

「何の騒ぎか気になって来てみたが... こんなことになっているとはな...」

そう言いながら、有悟先輩はディバインの方を向く。

「なかなかあいつのところにたどり着けないんだろ...? 行ってこい」

「...!? ありがとうございます!!」

そう言い、深く頭を下げる。

「あぁ、俺もあいつのことは許せない。 何があってもな」

そうして二人で話していると、何故か後ろから声が聞こえた。

「周りの人たちの動きが止まったと思ったら、有悟先輩の能力だったのね...」

(......!?)

声のする方を向くと、そこには弥佳の姿があった。

「...そうか、弥佳の能力でも、時間が止まった世界で動くことはできるのか」

そう俺が言うと。

「やっぱお前たち二人は、敵に回したらだめだな...」

やれやれといった表情で、有悟先輩が呟く。

その姿に、俺たち二人は笑っていった。

「大丈夫ですよ、絶対に、俺たちでディバインを倒しましょう!!」

「...あぁ、必ずな」

そうして、能力者たちと人口能力者たちの間をくぐり抜け、ディバインの前に立つ。

「戻すぞ!!」

その言葉と同時に、停滞していた時が動き出す。

ディバインは、急に現れた俺たちに驚いていた...

「...地獄へ堕ちろ、クズ野郎が」

最大限の力を振り絞り、拳を振るう。

「......ぐあっ!!」

ディバインは壁に叩きつけられ、その場に膝をついた。

追い討ちをかけるように、後ろから弥佳が飛び出す。

「...消えなさい」

そうして、第二の攻撃がディバインに降り掛かる。

しかし、ディバインは避けることもしなかった。

攻撃される瞬間、ディバインの手が弥佳の体に触れる。

しかし、攻撃を止めもせず、そのままさらに吹き飛ばされた。

弥佳がこちらに戻り、態勢を立て直す。

その瞬間だった...

突然、弥佳がこちらに飛びかかり、攻撃してきたのだった...




「...弥佳!?」

そう叫び、呼び止めようとする。

しかし、弥佳は勢いを止めることなくこちらに向かってくる...

(な、何があったんだ!?)

まるで、あの時の菖蒲さんだ。

突然苦しみだし、ただ攻撃を続けてきた、あの時のこと...

「ストーンで精神を不安定にしなくとも、触れれば支配できるのか...?」

疑問に思いながらも、状況の打開策を考える。

そして、思い付いた。

(インバリッドストーン...!!)

家の中に、昨日工場から持ち出してきたストーンが、何個はあるはずだ。

「...菖蒲さん、有悟先輩!!」

二人の方に向かって叫ぶ。

「俺は、ストーンを取ってきます!! ここは頼みました!!」

「...わかった!! 気をつけてね」

そうして、俺は家に向かって走り出した。

家に向かう途中、俺は考えを巡らせた。

ディバインには、人々を支配する力があると言うのは、確実だろう。

だから、人口能力者たちが支配されているのは、ディバインの能力によるはずだ...

だとしても、ディバインの能力の発動条件がよくわからない...

考えるのをやめる。

(今は、これ以上被害がでる前に食い止めねぇと...)

そうして、家にたどり着く、幸い、親は逃げてくれていた。

スーツケースの中からストーンを二つ取り出す。

(念には念を、だな)

そして、また、戦線に向かおうときたときだった。

意味の分からない光景が目に入る。

ディバインが、倒れた能力者に近づき、触れる... その瞬間、赤い光が能力者の体から出現し、ディバインの手に取り込まれていた...

(......!?)

能力の核... いつか聞いた言葉が、頭の中で何度も浮かび上がる。

そして、能力の核を奪い取られた能力者は、動かなくなった...

考えたくもないことが... 起きてしまっている...

そう思うと、心が軋む...

しかし、それと同時に、とてつもない怒りが押し寄せてきた。

近くに菖浦さんがいた菖浦さんを呼び、ストーンを渡す。

「悪いけど... 弥佳のことは頼んだ」

「分かった。 けど、一人で大丈夫?」

「いや、分からない... だから、ストーンを使い終わったら、誰かをこちらに読んできてもらえる?」

「分かった、くれぐれも、気をつけてね」

「...あぁ」

走り去っていく菖浦さんを見送る。

そして、その名を叫ぶ...

「ディバイン!!」

歩いていたディバインが止まり、こちらを向く。

「覚悟しておけ...?」

広い路上に二人が並ぶ...

お互い見つめ合う。

「...行くぜ?」

地を蹴って飛びかかる。

ただ、ディバインの手に触れるのは危険だ...

俺たちが予想しなかった何かが、ディバインにはある。

(頭上からなら、上手く後ろに回り込めるか...?)

そう思い、跳躍する。

その瞬間だった...

ディバインが手を掲げる。

それと同時に、俺は地面に叩きつけられた。

「がはっ...!!」

激痛が走る、が、こんなところで踞っている場合ではない...

(...!?)

立ち上がろうとするが... 立ち上がれなかった。

何か、重いものが全身に纏わりついているような...

なんとか首を動かし、ディバインの方を向く。

ディバインは、勝ちを確信しているかのように笑みを浮かべており、こちらにゆっくりと歩み寄ってきていた...

(...まずい!!)

今のこの状況で、助けにこれる人はいない...

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

叫び、全身に力を巡らせる。

そして...

俺は再び立ち上がったのだった...




「ふぅ、ふぅ...」

息が苦しい...

あの攻撃から抜け出すだけで、かなり体力を消耗してしまった。

ただ、こんなところで倒れるわけにはいかない。

(...最期まで...食らいつけ!!)

攻撃を続けろ...

一気に距離を詰め、蹴りを入れる。

しかし、ディバインの体に当たった感触はなく、今まで見ていたディバインの体は、塵のようになって消えた。

(...何が起こった!?)

すると、後ろから声がした。

「大人しく攻撃されてばかりでいると思うかい...?」

(......!?)

振り返る、そこには、ディバインが炎を纏って立っていた...

「この世界の能力による支配... この計画は邪魔させませんよ?」

不敵な笑みを浮かべ、近づいてくる。

「ちっ...」

やるしかない、そんなことは、分かっている。

ただ、何が起きているか分からない以上、ディバインと戦うのが怖かった...

(死にたくねぇ...)

そんな弱気な考えだけが頭に充満する...

「私の能力、教えてあげることにしましょう...」

と、突然ディバインが立ち止まって言う。

「私の能力は、意識を支配する能力ではない... 全てを喰らう能力です。 この能力により、私は触れた相手の何かを奪うことができる... もちろん、その命もね... そして、私はそれを自分の体を強化したり、逆に放出して攻撃したり、武器にしたりすることもできるんですよ...」

(...全てを...喰らう... 命を...能力を... 取り込む!?)

そんな能力が存在していたことに驚きを隠せない。

(...あまりにも...強すぎる...!!)

そう思っていると、頭の中の全てが繋がった。

ディバインは、その能力で、相手の能力の核を奪い取った... そして、それを取り込んで放出し、ストーンに吸収させアビリティストーンを作っていた...

こうすれば、能力の核の調達方法を説明できる。

そして、意識を支配したり、さっきの俺が動けなくなった攻撃... あれは、能力の核をストーンに吸収させず、自分に取り込み使った結果だろう...

そんな俺の動揺を見たのか、ディバインはさらに追い討ちをかける。

「私はこの能力を、まだ完全には扱えていない... だから、たぶん数ある能力の中でも、最弱だと思いますよ...?」

(......!?)

完全に扱えていなくて、この強さなのか!?

でも、考えてみれば、ディバインが今までやっていたことは、能力者から能力を奪う... ただそれくらいのことだけだ。

他に出来ることもあるのだろうが、使ったところを見たのは少ないはずだ。

つまり、出来ることはまだ限られている。

そう思うと、勝てない自分が嫌になってくる。

「ただ、私は人口能力者で世界を征服しようと考え、何人もの能力者の能力の核を奪い取ってきた... その中の少しを、私は自分の能力として取り込んでいる... その分私は最強なんです」

...もう...勝てる気が...しない。

もう、何もかもがディバインに飲み込まれてしまった。

能力も精神も、俺はまだ弱すぎた...

呆然と立ち尽くす俺を見て、ディバインは、狙いどおりというような顔をし、ニヤリと笑った。

そのときだった...

「...諦めちゃだめだよ!! 海斗!!」

後ろから弥佳の声がした。

後ろを振り返ると、倒れた人口能力者たちの中に、弥佳の姿があった。

「話は聞かせてもらったよ。 確かに強すぎる能力かもしれない、ただ、それで諦めてどうするの?」

と、正論を言われる...

「一緒に、ディバインを倒して、日常を取り戻そう!!」

「......」

弥佳が一緒に戦ってくれるのは、本当に心強い。

ただ、弥佳には死んでほしくない...

そのためには、俺が守らないといけない。

まだ戸惑いがあった俺の心の中は、決意で満たされていくのだった...




「さっきは迷惑かけてごめんね...」

と、弥佳が頭を下げて謝ってくる。

「いや、大丈夫だよ」

こうやって、弥佳と話していると、自然と笑顔になっていた。

その笑顔を見て、弥佳も笑う。

(この幸せな日常を守らねぇとな...)

そう言い、真剣な顔に戻して、弥佳に言う。

「ディバインを倒すには、ストーンを駆使するしかないみたいだな...」

「ディバインの持っている能力を、ストーンで少しずつ消していくってことね」

と、ディバインと距離を取りつつ作戦を練る。

「そういうことだ、ただ、こちらは一つしかストーンを持っていない... どうする?」

「やっぱり取りに行くしかないよね?」

と、困ったような顔をする弥佳。

「いや、でも、家にあるのも五個だ。 ディバインが何個能力を手に入れているか分からない以上、使い物になるかすらわからないぞ...?」

そんなことを話していると、突如ディバインが動き出した。

「...ちっ、もう来やがったか」

結局ストーンを取りに行けないまま、戦いは始まってしまった。

手で触れられると終わり...

そのせいで、なかなか近づくことができない。

それでもディバインは、炎系の能力で火球を放ってくる。

(このまま距離を取られるとまずい...)

そう思った瞬間、弥佳がディバインに向かって飛びかかる。

そして、ディバインの体が完全に弥佳の方を向いた。

(...チャンス到来だな)

すかさず、俺もディバインに攻撃を仕掛ける。

二人ともがディバインとの距離を詰めることができた。

その瞬間、俺たちは、見えない壁のようなものにぶつかった。

「うっ...」

そして、風を切る音がどこからか聞こえる。

しかし、何かが飛んできているわけではない。

「...なんだ!?」

その瞬間、弥佳の体が吹き飛び、俺の体には激痛が走る。

「あがっ...!!」

恐る恐る、自分の体を見る。

(......う、嘘だろ...?)

俺の腕は、千切れ、遥か遠方まで吹き飛ばされていたのだった...

(...あの一瞬で...何が起こったんだ...?)

そんなことを考えていると、ディバインが口を開く。

「さっき私が能力を奪ったあの男... 彼の能力は空間を操る能力でした」

そう、動かなくなった男を指差して...

「正直、今回のこの戦いで一番邪魔な能力... なので空間ごと呑み込み、対処しながらも先に倒させてもらいました...」

...頭の中が、真っ白になる。

(...意味が...わからねぇよ...)

不完全な能力で...空間系能力に勝った...

それに比べて俺は、能力も不完全で、もう体力も限界...

(圧倒的すぎる...)

切断された腕から、血が絶えず吹き出ていた...

どのみち、待っているのは死...

...死ぬのなら、少しでも、何かしら役に立ってからがいい。

手に持っていたストーンを、ポケットに入れる。

まだ利き手は残っている...

(最期の足掻きだ...)

ディバインに向かって、ただ一直線に走り続ける。

そして、聞こえてくる、風を切る音...

どこを狙って攻撃されているか分からない以上、勘で避けるしかない...

体を屈め、思いっきり真上に跳躍する。

幸い、音は通り過ぎていく...

そのまま、落下の加速を使ってディバインの背後に回り込む。

(...いける!!)

流石のディバインも、反応仕切れなかったのだろう。

ポケットからすぐさまストーンを取り出し、投げつける。

そして、ディバインはストーンを取り込んだ。

「...ぐっ!!」

ディバインが苦しみ、膝をついてその場に踞る。

それと同時に、俺の視界も揺らいでいった...

(...ここまでしかできないなんてな)

そして、その場に崩れ落ちる。

意識がなくなりそうになった、その瞬間だった...

切断されたはずの左腕の感覚が、また戻ってきた。

それどころか、体力も復活している気がする...

ふと、自分の左側を見る。

(......!?)

左腕が、元に戻っている...

(回復系の能力か...?)

そう思い、立ち上がって回りを見渡す。

そこには、有悟先輩と一希さんの姿があった。

「遅くなってごめんなさい、今からは私も手を貸すよ」

時を戻し、俺の体を再生させたのだろう。

これで、5人が集まった。

運命を操り、抗い、時を操作し、想像をも現実に変える...

そう、最強を倒すために、自分一人が強くなる必要はない。

どんな能力でも、集まれば最強となる。

ディバインの使うさまざまな能力も、一人一人が対処していけばいい。

「...本気を出した方が...いいかもしれませんね?」

ディバインの顔から、今までの余裕そうな表情が消える。

そして、その目は深紅に染まるのだった...

朝の涼しい風が俺たちを包む。

なぜか、負ける気は一切しなかった。

「...みんな、いくぞ!!」

崩壊したこの町で、本当に最後の戦いが始まるのだった...




全員が、一気にディバインに向かって走り出す。

一希さんがディバインとの距離を詰める...

そして、菖浦さんと有悟先輩に言う。

「今です!!」

その瞬間、時間が停止する。

そして、止まった世界で、俺たち全員が動いていた。

そう、俺たちが一瞬で考えた作戦、それがこの、時間停止を駆使することだった。

菖浦さんには、事前に止まった世界でも動けるという妄想をしてもらう。

そして、一希さんには、周りの時間を止まる前のものにしてもらう。

体の強化だけでできるか心配だったが、菖浦さんたちは無事動くことができた...

能力は、それを扱う人の根本的な体力と精神力によって限界が決まる...

しかし、激しい感情の変動などで、それを突破できることがある、そう、菖蒲さんはいっていた。

ストーンに頼らず、能力を強化する...

それが「覚醒」だ。

つまり、菖浦さんたちは覚醒した。

「...いける!」

弥佳と菖浦さんがディバインを挟む。

そして俺は、思いっきり有悟先輩を押し出す。

俺たちのように強化系ではない有悟先輩は、こうすることで攻撃力をあげることができる。

さらに、有悟先輩は止まった時間の中でも、物体に干渉できる...

有悟先輩が、その勢いのままディバインに拳を振るう。

それと同時に、時間が再び動き出す。

「...っ!?」

ディバインは、相当な距離を吹き飛び、瓦礫の山に打ち付けられた。

「うぐっ...」

そしてすかさず、弥佳と菖浦さんが追撃をかける。

その瞬間、ディバインが黒い霧のようなものを発生させる...

それを浴びた瓦礫や鉄屑は、ボロボロになっていった...

しかしそれでも、二人が止まることはない。

後方から、一希さんが手を突き出す...

そして、ディバインの出した黒い霧は、またディバインの手に消えていき、ディバインも動くことができなくなった。

「...!?」

ディバインが、困惑の表情を浮かべる。

一希さんが時間を微妙に戻していくことで起こるのが、この現象だ。

そして、二人が攻撃を浴びせる...

それと同時に、時間の逆流もなくなる。

そしてまた、ディバインは壁に打ち付けられる...

「......」

こうやって攻撃を入れられたのも、この5人の統制が取れているおかげだった。

しかし、やはり簡単に勝てる相手ではなかった...

ディバインの傷がどんどん元通りになっていく...

みると、ディバインはアビリティストーンを取り込んでいた...

ディバインの目がさらに深い赤へと変わる。

「あ、あいつ... まじかよ!?」

さらに能力を扱われたら、どうなるんだ...?

すると、ディバインが平然と言った...

「どうやら... 私も覚醒する時が来たみたいですね」

(...!?)

う、嘘だろ...

流石に、覚醒なんてされたら、勝てる確率が低くなるはず...

静かにディバインが瓦礫に手を触れる...

すると、瓦礫が取り込まれ、ディバインの腕が鉄のように固くなったのが、遠くからでも分かった...

(...まさか、どんなものでも取り込めるようになったのか...!?)

ストーンによる能力の強化の代償は、暴走...

それを、ディバインは克服した。

そして今度は、ディバインが地面に手を触れる...

そして、こちらに向かって手を振った。

「がはっ......!?」

俺が前に食らった、能力による重力操作の攻撃...

あれを、遥かに上回っている...

(...つ、つよ...すぎる...!)

誰もが膝をつき、もがいていた...

しかし、ディバインは攻撃の手を止めなかった。

今度は空に向かって手を伸ばす...

そして、ディバインを中心に、とてつもない光が俺たちを襲った...

「うわぁっ!!」

目が見えない... まずい!!

そう思った瞬間、前方から激しい強風が吹いてくる...

(...台風なんかの...比じゃ...ねぇ...)

近くでアスファルトなどがひび割れる音がする...

それと同時に、吹き飛ばされてしまった。

息ができない... 自分がどこにいるのかも分からない...

(圧倒的...すぎる...)

着地のタイミングも分からず、そのまま地面に打ち付けられる...

全身が悲鳴をあげていた...

そして、やっと視力が戻ってくる。

「...嘘...だろ?」

ディバインを中心に、地面が抉られ、底が見えないくらいのクレーターのようなものができていた。

そして、ディバインは静かにこちらに近づいてきていた...

体を持ち上げようとするが、骨が折れているのか、腕や足に力が入ることすらなかった。

(...そうだ、他のみんなは!?)

なんとか首を動かし、辺りを見渡す。

そこには、弥佳たちが横たわっていた...

(くっ...)

守れなかったのか...? 俺は......

気がつけば、弥佳の近くにディバインが立っていた。

ディバインが手を突き付けようとする...

(まさか... 弥佳からも奪う気か!?)

そんなことは、絶対にさせねぇ。

頼む... 動け!!

ディバインを、絶対に倒すんだ!!!!

その願いが通じたのか、俺もどうやら、覚醒することができたらしい。

気づけば、俺の体は負傷する前に戻っていた...

一希さんの能力に頼らず、自力で。

今、自分は弥佳を助けることしか考えていなかった。

それで、自然に運命に抗ったのだろう。

弥佳を助けられない運命に...

ただ自分を強化するだけのものから、運命自体に抗う...

今までとは比べ物にならない、超高速で移動し、その勢いのまま拳を振るう。

(俺も、覚醒できた...!)

「...ぐあぁっ!!」

そして、地面に打ち付ける。

「ぐはっ!!」

さらに、追い討ちをかける...

力を全て足に注ぎ込み、蹴り飛ばす。

ディバインは、遥か彼方まで吹き飛んでいった。

「...大丈夫か!? 弥佳!!」

俺の声に反応したのか、口がわずかに動く。

「う...ん...... なんと...かね......」

しかし、見ると所々腫れ上がっているところがある...

(骨折か...)

弥佳を楽な体制で寝かせたあと、他の3人の方に向かう。

すると、有悟先輩が言った。

「悪いな...時間......止めれなくて......」

「大丈夫です、僕だって、あのときはなにもできませんでしたから...」

そう言うと、有悟先輩は静かに笑った。

すると、一希さんと菖浦さんが駆け寄ってきた。

どうやら、一希さんは最後の力を振り絞り、着地の前に自分のスピードを前の時間まで戻し、無事だったらしい。

そして菖浦さんと岡崎先輩は、なんとか体力を回復した一希さんに回復してもらっていた。

聞くと、不可能だったはずの体力の即時回復が、能力によって出来るようになったらしい...

これからは、能力で消耗した体力も、能力ですぐに回復できる。

(すげぇ、みんなどんどん強くなってる...!)

そして、有悟先輩に続き、弥佳も回復してもらった。

そして、全員が揃った瞬間、ディバインが再び現れるのだった...




「...お前たちはやはり...存在してはいけない能力者だ...」

ディバインがそう呟く。

そして、いきなり重力攻撃をしてきた...

しかし、仏の... いや、白井海斗の顔も三度まで...

絶えず降り注ぐ強力な重力も、俺にはもう効かなかった...

いや、俺たちには... だな。

傍を見る... そこには、平然としている仲間たちの姿があった。

誰も、ディバインの攻撃に屈していない。

全員が、今までとは違う。

「みんな... 反撃開始だ」

俺の掛け声と同時に、全員が一斉に地を蹴る。

さっきまでの弱気な心は、どこかへいった。

やってやる... いや、やるしかないんだ。

(この世界を... 変えさせたりはしない!!)

時が止まる...

しかし、ディバインは止まった世界でも動いていた。

(...ちっ)

もしや、時間の流れまで喰らったのか?

そうすれば、時間が止まっても、先に取り込んでおいた時間を吐き出せば動くことができる。

何もかもを取り込み、必要なときに吐き出せる...

さらに、取り込んだもので肉体の強化もできる...

それがディバイン固有の能力の強い点だ。

「有悟先輩!!」

そう、叫ぶ。

俺の考えに気づいてもらえたのか、有悟先輩が時間を再び動かす。

そして、有悟先輩も叫ぶ。

「頼む、一希!!」

「...了解!」

そして、一希さんがディバインの時間を全力で巻き戻す。

能力と能力のぶつかり合い...

ディバインは自分の時間が巻き戻されないように、能力で時間の流れを吐き出していく...

それが、俺たちとっての最大のチャンスだった。

「弥佳、菖浦さん!」

そう言い、俺たち三人はディバインに向かって走り出す。

そのまま、攻撃態勢に入る...

「...さっさとくたばりやがれぇ!!」

ディバインは一希さんへの抵抗で精一杯だった。

(いける...!!)

三人の全力の攻撃...

そのすべてが、ディバインに直撃した。

「がはっ...!!」

その場にディバインが崩れ落ちる...

しかし、俺たちの攻撃の手は止まらない。

いや、止めてはいけないんだ...

もう一度、拳に全力を込める...

「終わりだ!! お前の計画全て!!」

そうして、さらに追い討ちをかける。

俺たちの全身全霊をかけた攻撃は、またしてもディバインに直撃した。

「ぐっ...あっ...!!」

その瞬間だった...

ふと、嫌な予感がした。

まるで、この後最悪な事態が起こってしまう...

そんな予感が...

ふと、倒れたディバインを見る。

予感が... 的中してしまった...

ディバインは、呻き声をあげていたが、まだ気絶すらしていなかった...

それどころか、何か呟きながらゆっくりと起き上がってくる...

「私に... 攻撃が効くとでも...?」

その光景に、誰もが驚き、立ち尽くす。

(...まずい、回復される!!)

攻撃を仕掛けようと、駆け出す。

同時に、ディバインはゆっくりと右手を掲げた...

(回復していない... 何か別にあるのか...!?)

考えている暇はない、今はとにかく、ディバインとの距離を詰めるしかない。

すると、ディバインが手を握り、拳を作った。

「......ぐあっ...!!」

目が開けられない...

自分が今どこにいるのかも分からない...

そして...

(.........?)

ゆっくりと、目を開ける。

そして、呼吸すら出来なくなった。

ディバインを中心に、またしてもとてつもない深さのクレーターができていた。

そして、辺り一面に散らばっていた瓦礫や倒れていた能力者と人口能力者たちの姿が、跡形もなく消え去っていた...

もちろん、弥佳たちの姿も...

「嘘...だろ...?」

あの一瞬で、全てが無に変えられた。

もう、何がなんだか分からない。

本当に、自分は今生きているのだろうか...?

そんなことさえも...

気がつけば、ディバインが側にいた。

「まだ死んでいなかったのか... 諦めてさっさとくたばればいいものを...」

「......」

言葉を返そうにも、口が開かない。

もう、何もかもが終わりだ...

今まで散々、勝てる希望を見いだしては、ことごとく絶望を見せられる...

もう、心が折れた...

諦めてはいけないことは分かってる。

ただ、自分だけが成長しているわけじゃない。

もちろんそれは、ディバインも同じだ。

戦えば戦うほど、先が見えなくなる。

そして、結局見えてくるのは、絶望のみ。

(...今までの俺たちの奮闘は...何だったんだろうな)

ふと、そんなことを思う。

すると、ディバインが何かを話し始めた。

「私はずっと、油断していた振りをして、攻撃を食らっていました。 それも、私はその攻撃の威力自体を取り込むため... そして、それをそのままそっくりあなたたちに返した... それがさっきのあの攻撃なんですよ」

(...そういうことか)

さっきまでの、俺たちの全力の攻撃...

その全てが、ディバインにとっては好都合だったのだ。

攻撃までも取り込まれたら、もう勝ち目はない。

(...もう、どうしたらいいんだ?)

そうして俺は、地面に倒れたまま、涙を流すのだった...




見ると、もう日が暮れてきており、辺り一面暗くなってきていた。

暗くなれば、状況的にこちらがさらに不利になってしまう...

いや、もう... どちらにせよ勝ち目はない。

出来ることは全てやった...

(これ以上、何をすればいいっていうんだよ...)

気づけば、ディバインはパソコンのようなものを取り出し、プログラムのようなものを入力していた。

「今までよく頑張ったと思いますよ... 能力の存在に気づいてから、この短時間であそこまでの強さを得ていた... まさしくあなたは最強の能力者でしょうね。 今の私の力には、及ばなかったようですが...」

そして、手に持ったストーンをこちらに近づける。

「あなたをこのまま殺すのは簡単なことですが... あなたの能力は特別だ... ぜひ私の研究の一つにしたいですね...」

ディバインは俺の能力を使い、新しい人工能力者を生み出す気なのだろう。

それをされれば、勝ち目は本当になくなってしまう。

(いや、今でも十分ないか...)

風が冷たい、まるで、自分の死を表しているようだった。

こんなときに、能力が使えないなんてな...

体力はもう0、能力を使うことはもちろん、体自体起き上がらせることすら、もう不可能だった。

そして、ついにディバインの手が俺に触れる。

その時だった...


「ぐあっ...」

突然、ディバインが苦しみ出した。

見れば、ディバインの赤かった目がもとに戻っている。

(ってことは... 覚醒状態が止まった...?)

どうやら、俺が取り込ませたストーンの効果が残留していたらしい。

(...そんな偶然が... 起きたのか?)

ディバインを倒す絶好のチャンス、ただ、俺は動くことさえ出来なかった。

(ちっ... 動け... 運命に抗えよ!!!)

そう、頭の中で繰り返す...

その時だった。


「ぐあぁっ!!!」

気づけば、ディバインは目の前から消えていた。

そして、ディバインがいた場所に、誰かが立っていた。

(.........!)


「弥佳......!」

ただ、本当に嬉しかった。

「大丈夫...!? 海斗...」

「いや... しばらくは動けそうにない」

「...分かった、少しの間は、私が時間を稼ぐ」

「...頼んだ」

そう言い、弥佳はディバインの方へ向かった。

今までとは明らかに動きが違う。

そして、弥佳の能力を思い出して、納得する。

「...運命を操る能力か......」

弥佳も、ついに覚醒した。

運命自体を操り、ディバインに倒されない運命に変えた。

(ここで立ち止まってる場合じゃねぇな...)

深く息を吸う、そして、力を振り絞ってゆっくりと立ち上がる。

そして、空を見上げた。

辺りはすっかり暗くなっていた。


不安な気持ちは一切なかった...

また、とんでもない攻撃を喰らうかもしれない。

また、攻撃しても意味がないかもしれない。

そんなことは、もうどうでもいい。


今までのように、攻撃を受けても立ち上がればいい。

今までのように、何度でも食らい付けばいい。


「さぁ、最後の足掻きだ」

そう言い、俺は走り出すのだった。




「倒せないなら、行動を止めればいい」

だが、それでさえ、とてつもなく難しいことだ。

ただ、希望はある。


ディバインの書記から見つけた、とある場所。

これもまた、工場跡なのだが、この前とはまた違う。


ストーンの保管庫


そう、そこには大量のストーンが置かれており、ディバインもここでストーンを製造、調達している。

ここにディバインを誘い込み、ここにあるインバリッドストーンを取り込ませれば...?

ディバインが自身の能力で取り込んだ能力はもちろん、ディバイン自身の能力自体抹消できる可能性がある。

そして、残りのストーンで、人工能力者たちのことも救える。

今までは、弥佳たちからディバインの支配を外すためだけにストーンを使っていた...

だから、本当に固有の能力を消せるのか、疑問に思っていた。

けど、今回ディバインに取り込ませ、動きを鈍らしたことで確信した。

(...効果は、多少なりともある)


(この作戦を伝えるためにも、まずはみんなを見つけねぇと...)

弥佳は先に行ってしまったし、菖蒲さんたちに関してはどこに行ったのかはもちろん、生きているかも分からない...


(ちっ......)

焦る、思考が上手くまとまらない。

「あぁぁ!!!」

思いっきり自分の頭を殴る。

その時だった。


「あ... あれ...?」


目の前に、ディバインがいる。

それどころか、倒れたはずの能力者、人工能力者たちまで...

「.........!」

ディバインの視線は、俺ではなく俺の後方に向けられていることに気づく。

俺も後ろを向いた。

そして、思わず笑っていた。


「......! みんな!!!」


体のどこにも傷はなく、戦いの開始直後のみんなの姿が、そこにはあった。

一希さんが、疲れはてた様子でいること以外は...


(すごい... すごすぎる!)

一希さんは、空間全体の時間を戻したのだ。

この、戦いが始まった直後まで...

その疲労のせいか、もはや自分で立っていることができないらしく、岡崎先輩の肩を借りていた。


「これで、みんな戦えるでしょ...?」

そう、一希さんが力無く話す。

気づけば、体力も元に戻っている。

それでも、覚醒した状態はそのまま残っていた。


「でも... ごめんね、本当はこの後、ディバインだけ体力を無い状態に戻そうと思ったんだけど... 疲れきっちゃった...」

そう言われ、首を降りながら答える。

「ディバインは、途中で能力者の能力を取り込んでた... だから戻さなくても、大丈夫」

そして、力強く告げる。


「後は任せて、ゆっくり休んどいてくれ」


その言葉で安心しきったようで、一希さんはその場に倒れてしまった。

(ここで寝かしとくのもな... 後で俺の部屋に連れていくか)


そして、ディバインの方へ向き直る。


見れば、この状況にかなり混乱しているようだった。

それもそのはず...

俺たちの記憶は、そのまま留まっていた。

そして、その記憶の残存は、俺たちにとっては好都合だった。

ディバインの出来たこと、取り込んでいた技...

それら全て、もう分かっている。


そして、弥佳たちはもちろん、能力者全員に作戦を伝える。

そして、それに全員が頷く。


一体全体、今まで何回掛け声を出した?

そんなの、数えきれないほどだ。

そして、その掛け声の度に、攻撃は通らず、作戦は失敗した。

向こうでは、人工能力者との戦いで何人もの能力者が命を落としていた。

それも、たった数時間前に始まった戦いで...


でも、それが全て、0になった。

(もう、繰り返さねぇ...)

(犠牲者は、絶対に出さねぇ...)


「さぁ、終わらせよう」


月が俺たちを優しく照らす...

冷たい風が、緊張を和らげる...


負ける気なんて、しなかった。




岡崎先輩は一希さんを俺の部屋に避難させ、俺と弥佳たち、そして能力者たちが一斉に走り出す。


一気に人工能力者の包囲網を抜けた。


そして、ディバインを取り囲む。


全員の能力の集結...


ディバインも、全ての攻撃を取り込むことは出来なかったようだ。


「ぐっ......!」


まだだ、まだその手を止めてはいけない。

ディバインは何の攻撃を使ってくるか分からない。

だからこそ、攻撃を止め、行動されることは危険だ。


ただ、やはり一筋縄ではいかなかった...

ディバインが一瞬の隙をつき、行動しようとする。

(.........!)

行動されれば、また最悪の自体を迎える...

そんな予感がした。


「全員一旦距離を取れ!」


その声と同時に、ほとんどの能力者たちがその場を離脱する。

「できないやつもいるか... くそっ」

岡崎先輩と目を合わす。

伝わるかどうかは、分からなかった。

ただ、声を発するより短時間でいける...


(...!)


岡崎先輩は何かを理解したようで、小さく頷く。

(......よしっ)

それを見ていた弥佳たちも、身構えていた。

この戦いを通して、さらに統制が取れていた。


(.........!?)


気づけば、残っていた能力者たちは離脱していて、そこには少し疲れた様子の岡崎先輩が立っていた。

(ふぅ......)

岡崎先輩も、覚醒した。

時間を完全に止めた。

現に、ディバインはもちろん、俺たちも動くことができていなかった。

「先輩、少し休んでいて大丈夫ですよ」

「あぁ、ありが...」

先輩がそう口にしようとしたときだった。


「ちっ、やべぇ!!!」


また、再び時が止まる。

ただ、ディバインはそれでも動いているのが、見なくても分かった。

(まずい...!)


そして、慌てて後ろを振り向く。


「......!」


ディバインの手は、菖蒲さんに触れていた。


「てめぇぇぇぇぇぇ!!!」


自分でも驚くくらいの、張り裂けんばかりの叫び声が、辺り一面に広がった。


「え...?」


そして、気づけば一瞬でディバインの手を振り払っていた。


「.........」


あまりにも高速だったためか、ディバインの腕は根こそぎ取られていた。

そして、出血している自分の腕を見て、ディバインはその場で硬直していた。

そして、怒りの混じった声で言う。


「私は... 硬化と身体強化の能力を発動していた... それなのに...!!!」

その瞬間、ディバインの腕は再生する。


そして、ディバインは消えた。


「.........!?」


いや、違う...


流石にもう、あの夜とは違う。

あの時もそうだったのか。

ディバインは逃げていない、瞬間移動もしていない...

ただ、透明化しているだけだった。


走れば足音がする、瓦礫が踏まれて音を立てる。


「そこにいるんだろ?」


追撃する。

しかし、やはり一筋縄ではいかない。


「...!?」


辺り一面が爆発し吹き飛ぶ。

そして、爆破されたところから火の手が上がる。


このままディバインを追うべきか、まずは人工能力者を片付けるべきか...

人工能力者も、ディバインには及ばないといえど、能力によっては油断できない者もいる。

そう、頭を抱えていたときだった。


能力者の一人が、話しかけてきた。


「あいつらは、僕たちに任せてください。 今、ディバインと戦えるのは、あなたたちですから」


その言葉で、俺は背中を押された。


「ありがとう、絶対に、全員が生きて明日を迎えられるよう、頑張ろう」


その俺の言葉に、少しはにかんだ表情を見せた。


「はい!」


そう言い、立ち去っていったあと、俺は一人笑っていた。


(そうだ、俺は一人じゃない。 赤の他人でも、同じ能力者で、頼れるやつが何人もいる...)


そして、弥佳たちの方を向いて、告げた。


「みんな! ディバインは透明になってるだけだ! 気配を探れ!」


その声で、みんなが一斉に捜索を開始する。

(飛行か、火に耐性が付く能力でも使ってるのか...?)

そうでないと移動できないくらい、足元の火は強かった。

(まるで地獄だな...)

「菖蒲さん、飛んで捜索お願いできるか?」

「うん、任せて」

そうして、菖蒲さんは飛び去っていった。


(菖蒲さん一人じゃ、何かあったときに対処できないはずだ... この状況を打開しないと)

そして、集中する。

「...能力を信じよう」

その言葉に、弥佳たちが首をかしげる。

「みんな、ここで待っとけ」

そして、俺は火に向かって走り出した。

「え、海斗!?」

「たぶん大丈夫! みんなもどうにかして来てくれ!」

来てくれと言ったものの、本当に自分が行けるのか不安だった。

でも、もう躊躇わない。

このままだと、追い込むどころか逃がしてしまう。


「運命に抗え!!!」


そして、俺は火に耐性を付けるどころか、完全に空を飛んでいたのだった。




「...! 海斗!?」

そう、弥佳が驚いた声を出す。

正直、自分でも驚いていた。


不安、迷い...

そんな負の感情は、結局自分を弱くする。

それが例え一時的であり、その後に強くなれるとしても、戦いの場では一瞬の気の緩みも許されない。


だからこそ、負の感情を捨てた俺は強くなれた。


決意が、自分を強くする。

そして、運命自体を作り替える。


「......ははっ」

思わず、笑顔が溢れた。


運命は、共鳴までするらしい。


「なんか... 私も出来ちゃった...」

そこに、弥佳がいた。


「行こっか!」

「おう!」


「俺も何とかしてみる! とにかく、気をつけろ!」

そう、岡崎先輩が言う。

「はい!」


そして、菖蒲さんの後を追う。


「......! やった!」


菖蒲さんは無事、ディバインの姿を捉えていた。

さらに、運命は俺たちの味方をしていた。

(......! 工場か!)

近くには、工場が見えていた。

ディバインも、工場のストーンを使う気でいたのだろう。

「菖蒲さん! 岡崎先輩が残ってる! お願いしていいか?」

それに、菖蒲さんは頷いて、来た道を引き返していった。


向き直れば、ディバインがこちらを睨んでいた。

「......しつこい奴らだ... 全く...」

「しつこい... か」

「だったらお前も研究研究うるせーんだよ、お前のやってることは間違ってる!」

「...はぁ、もういいですよ」

そして、拳を付き出した。

「......! またか!」


「...ぐはっ!」


いろいろな能力が混ざった攻撃だったため、二度目といい防ぎようはなかった。


ただ、足を止めることにはならなかった。


「......!」

ディバインが動揺している。


弥佳の方をみる。

弥佳もまた、少しも怯まずに立ち向かい続けていた。


ディバインは慌てて逃げ出す。

様々な能力で加速しているのか、とてつもない速さだった。


(俺たちからすれば... 大したことないんだけどな!)

俺はもちろん、弥佳もディバインの姿を捉え続けていた。

あともう少しで追い付ける、というところで、ディバインは腕を振った。


「またあれか!」


体が後方へ押さえつけられ、減速する。

「うおぉぉぉぉぉお!!!」

(止まれねぇ、止まってられねぇんだよ!)


重力の攻撃が来る度、減速した...

しかし、それも少しの間だった。

(克服した...!)


攻撃を喰らう度、早く追い付かないと、という気持ちが強くなっていった...

そして、その思いがさらに運命を変えていく。


(狙い通り...!)

ディバインは工場の中に入っていった。

だが、すぐに追い付ける距離...

「させねぇよ...」

そういい、ディバインを後方へと蹴り飛ばす。

目の前には、無数に並んだアビリティストーンがあった。

「...間に合ったか」

そして、弥佳がすぐさまディバインに追撃をかける。

弥佳とディバインの乱闘。


(......! いける!)

圧倒的だった。

今までとは違う段違いの強さ...

弥佳一人でも、ディバインと互角以上にやりあえていた。


(ディバインを誘導させるのに必要なもの...)

思考を巡らせる。

そして、ある策を思い付いた。

(ここにあるストーンを全てインバリッドストーンにすり替える...)

あとは、そこにディバインを追い込めばいい。

ディバイン自身も、ストーンを取ろうとするはずだ。

「...でも、色をどうするか... だな」

さすがにストーンを塗装することはできない。

(だったら、色を認識させなければいい)

ディバインの視力を奪いつつ、この部屋まで連れていく。

あとは、ディバインをストーンに触れさせ、取り込ませればいい。


(...! 良いものみつけた)


すぐさま、行動を開始した。

その時、工場の外から爆音が鳴り響いた。

「......!」

ここで俺が出ていけば、ディバインに居場所がばれ、最悪の場合作戦も実行できなくなる可能性がある。

「だからって...!」

(弥佳に何か良くないことが起こっているはずだ...)

戦闘の音がピタリと止んでいる。

そして、俺はいつの間にか、弥佳の前に立ち、ディバインの行く手を阻んでいた。


「.........」

ディバインがこちらを睨み付けてくる。


幸い、俺が何をしていたかは、ばれていないようだった。


「何処かへいったと思えば、また出てきて... 次から次へと湧いてくる...」

見れば、ディバインは明後日の方向を向いていた。


(.........?)

恐る恐る、後ろを振り返る。


(.........!)

そこには、菖蒲さんと岡崎兄妹の姿があった。


「よかった! 一希さんまで...!」

そしてまた、全員が終結する。


そして俺は、ディバインに向かって不適に微笑むのだった...




全員が揃い、まだ、戦えるようになった。

そして、俺自身にも余裕ができた。


(今なら... やれる)


「みんな、悪い」

そして、ディバインには見えないように、手に隠し持っていた物を取り出す。


それに、全員が驚愕した。

「海斗... 正気なの?」


そう、俺が手にもっていたのは、アビリティストーン。

このストーンで、俺は光を操る能力を手に入れられる。

ただ、アビリティストーンを使うということは、暴走の可能性があるということ。

ただでさえ、自分でもまだ完璧に使いこなせていない、運命に抗う能力が暴走すれば、どうなるのだろう?


仲間だけでなく、関係のない人々まで傷つけてしまうかもしれない。

けど、そんなことは起こらない、そんな気しかしなかった。


「もし、俺が暴走したときは... 」

自分でも、その覚悟が本当にあるのか分からなかった。

でも、全てはディバインを倒すために。

そして、覚悟を決め、伝える。

「俺のこと、手加減なしで殺してくれ」


「か... 海斗...!?」


そして、俺はストーンを取り込む。


その光景を、ディバインはただ見つめていた。


だからこそ、俺はこんなことになるなんて、想像もしていなかった...


ディバインがニヤリと笑い、指を鳴らす。


その瞬間、俺の意識は一瞬で堕ちていった。


(......!? 嘘... だろ...)






目覚めた場所は、とても薄暗い場所だった。


そこに、俺とディバイン二人きりだった。

「...何をした」

その問いに、ディバインはまた、ニヤリと笑いながら堪える。

「勝つことを考えすぎて、私の能力の一つを忘れていたようですね...」

(......!?)

俺が、忘れていた?

ディバインの攻撃は全て把握したはずだ。

けれど、何かを忘れている...?




(......!)

「お前は... ストーンで弱った奴の 精神操作みたいなこともできたんだっけ?」

確か、弥佳と菖蒲さんが受けたもの...

(くそっ)

いくらなんでも、こんなのはあんまりだ。

現れた勝機は、全て破壊し尽くされる...

(こんなとこでもたもたしてらんねぇ!)

ディバインとの距離を縮めようと、地を蹴って突進しようとする。


「あ...れ......」

全くもって体が動かなかった。

そして、そんな俺を見てディバイン不敵な笑みを浮かべていた。

(くっ...)

さっきディバインの言っていた言葉を思い出す。

(精神操作で動けなくされてるのか...?)

いや、違う。

それだった、能力を使ってすぐに抜け出しているはずだ。

そんな風に思考を巡らしていると、ディバインが口を開いた。

「ここはあなたの精神の世界です」

その言葉に、動揺を隠せなかった。

それを見て、ディバインはさらに笑みをつくった。

そして、続ける。

「この世界は、元はといえばあなたが主導権を握っている... しかし、今はそれが私にある」

(.........!?)

「つまりは、今のこの世界では、あなたの行動を制御することも、痛めつけることも造作じゃないんですよ」

(............)



なぜ、悪い奴を倒そうとしただけで、自分はこんな目に合っているのだろう...?


でも、考えてみればこれは正しいのか...?


俺はディバインの何を知っているんだ...?


何をもって、悪と決めつけていたんだ...?




自分の中で、明らかに何か大切なものが壊れていく...


そんな気がした。




その後は、何も覚えていない。

いや、そう言ってしまえば、嘘になってしまうか。


覚えていないわけがない。


手足を切断され、心臓を破壊され、全身を爆破される...

そのようなことが、半永久的に続いた。


正直、辛いというものではなかった。


やられているうちに、感覚もだいぶなくなってきた、と思えば、また新たな苦痛に脅かされる。


そして、気づいた。


この世界では、俺は死ぬことができないし、ディバインも俺を殺すことができない、そういうことに。


だから、ディバインは俺の体を傷つけたいわけではなかったようだ。


殺すのは、俺の精神。


気絶も、休息も、何もできない。


そして、気づけば俺の意識は堕ちていったのだった。




「...お..............と!」


「...おい..........と!」


「...おい...か...と!」


「...おい!海斗!!!」


その言葉に、俺は叩き起こされた。


いや、性格には、自我を取り戻した、になるだろう。


(体の自由が利かねぇ...)


そして俺は、近くにいた菖蒲さんに攻撃していた。

思考が上手く働かない。

何も感じ取れない。


「海斗!もうやめてよ!!!」


横から弥佳が飛びかかってくる。

その目からは涙が溢れていた。


見れば、全員が満身創痍だった。

どれほど長い間、意識を失っていたのか、全くもって分からなかった。


(はは......)


もう、全てどうでもいい。

いや、どうにでもなれ。


気づけば、俺の目の前では弥佳たちが倒れていた。


みんなまだ食らいつこうと、必死でもがいていた。

でも、もう体力が残っていないのか、起き上がることも出来ていなかった。


そして、俺は弥佳に近づき、止めを刺そうとしていた。


自分の拳が弥佳に当たる、その時だった。


「...かい...と...」


その声に、ふと、手が止まった。

失くしていた何かが、自分の内に蘇ってくる。


「あぁ...あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


突然、弥佳に抱きしめられ、完全に元の俺に戻る。

そして、その瞬間、申し訳なさでいっぱいになった。


「私たちは大丈夫だから、ね?」


俺の気持ちを察したのか、そう、弥佳が声をかけてくれた。

その優しさに、大粒の涙が溢れてきた。


そして、少し落ち着きを取り戻し。

みんなに、言う。

「ごめん、勝手なことして、迷惑かけた」

それに、全員が笑って。

「大丈夫」

と答えてくれた。


ディバインの方に向き直る。

その顔は蒼白になっており、今までで一番動揺していることが分かった。


ふと、弥佳が言った。


「どうしたの...!? その目...」


慌てて工場の窓ガラスを覗き込む。

(怪我でもしているのか...?)

そして、驚いた。


俺の目は、ディバインとは違い、青く輝いていた...


それに気づいたとたん、自分の体の変化に気づく。


「これ...は......!?」

思わず声が出ていた。

覚醒中とは次元が違う、体の強化がされていた。

全身に、とてつもないくらいの力が流れている...

それが、能力を発動せずとも分かった。


前の言葉を訂正しよう。

負の感情も、結局は自分の力を強くするために、正の感情と同じくらい大切なものだった。


ディバインに打ちのめされ、何度も心が折れ、絶望し、嘆いた。

でもそれも、仲間という存在で消し飛ばせる。

そして一段と強くなれる。


俺はそれを重ねた、何度も何度も。

だからこそ、次こそはいける、そんなどんどん強くなっていく自信で溢れていた。




『能力者の世界』

そんな、非現実的で誰もが憧れていたもの。

それは、決して楽しいだけのものじゃなかった。

能力は、持ち主の心に左右される。


能力の核は、精神と言っても過言ではない。


だからこそ、俺はあの状況で耐えていくことができた。


空は少し明るくなっていた。

暖かくなってきた風に吹かれながら、俺はみんなに告げた。


「さぁ、誰もが悲しまない世界を創ろう」




それからはもう、俺たちが圧倒的に優勢だった。


ディバインに逃げ場は無い。

どこへ行こうと、食らいつく。

何度でも、何度でも。


そして、激しい攻防戦の末、ディバインが動き出した。


「ディバインが工場に入る! 全員阻止しろ!」


そう、俺が叫ぶ。

もちろん、これは嘘だ。

だが、相手に作戦をばらさないためにも、演出は必要だ。


そして、ディバインが工場内に入る、その瞬間だった。


「ぐっ...!!!」


凄まじい強さのエネルギーの放出があった。


「いけた...成功だ!!!」


見ると、ディバインは踞り、苦しんでいた。


今までディバインの中にあった能力の全てが、エネルギーとなって放出された...

そして、そのエネルギーは辺り一面を吹き飛ばすものだった。


「みんな...大丈夫か?」


そう、声をかける。

見れば、全員問題なさそうだった。


(...よかった)


そして、エネルギーの放出が終わり、辺りが静まり返る。


焼け野原となった土地の真ん中で、ディバインは力なく倒れていた。


固有の能力までも失くなった...

体にかかる負担はとてつもないものだったのだろう。


そんなディバインに、俺は近づいていった。

万が一のことを考えて、弥佳たちは後ろに下がらせる。


ディバインの横に立ち、こう告げた。

「いくらなんでも、人を殺すのはやりすぎだ」

それに対し、ディバインは歯を食い縛りながら、言った。

「今さらお説教ですか... そんなことより、さっさと止めを刺したらどうですか...?」

ディバインが手を伸ばせば、余裕で俺に触れられる、そんな距離だった。

本当に、能力は失われているようだった。

それを確認でき、少しホッとする。

「なんでここでお前のこと殺さないといけないんだよ... まだやってもらうことがあるだろ?」

「.........」

ディバインは、少しため息混じりで、言った。

「人工能力者ですか... 分かりましたよ」

その答えに、少し俺は笑っていたかもしれない。

邪悪で、ひん曲がった性格だと思っていたディバインの、本当の姿を見れた気がしたからだ。


「ほら、手掴めよ」

その俺の発言に、ディバインはむっとした表情になっていた。

俺自身、敵に情けをかけているつもりではなかったのだが...

ディバインは渋々、俺の手を取り立ち上がった。




人工能力者も自我を取り戻し、とにかく平和な時間が流れていた。

死者は0、本当に嬉しかった。


「なぜ私を殺さなかったんです?」

ふと、ディバインがそう聞いてきた。

「そもそも殺すの嫌だし、能力ないやつ痛め付けんのも何か嫌だしな」

それに、ディバインは少し驚いた様子だった。

そのディバインの様子から、俺はディバインの過去などを想像していた。

(...もしかして、な)

今それを考えるのはやめて、ディバインに話し続けた。

「あと、殺すよりも、お前には一人の人間として罪を償って欲しかったしな」


「.........え?」


気づけば、ディバインは泣いていた。

フードや、その話し方から気づかなかったが、どうやらディバインは俺たちと同年代らしかった。


「ちょ、泣き止めって...」


ディバインを宥めながら、ふと思った。


(こんなあっけなく終わるなんてな...)


その後、弥佳たち、能力者たちが集まってきて、全員で喜んだ。


そんなこんなで、時間は過ぎていくのだった...






「やばっ! 海斗そっち気をつけて!」

「あ、おう!」

「ちょちょちょちょ、死にますってば」

「彼女いんのに、こんなとこで死んでられっかよ」

「じゃあもうちょい落ち着いて行動してくださいよ...」

「明夜! そっちまかせた!」

「あ、え!? はっ、はい!」

すると、明夜が躓き、俺に被さってくる。

「ちょ、明夜...?」

「あえ、ちょ、私にはそんな趣味無いですからね?」

「今のであるって自白したようなもんじゃん! あと、たまに私っていう癖直せっての」

「...うぐっ、って、癖の方はしゃーなくないですか!?」

「なんか前から思ってるけど男らしくねぇな」

「うぐぐぐ...」

そんな会話でも、いつの間にか俺たちの間に笑顔が溢れていた。


「あ、見つけた!」

「よし、ここは明夜、能力で一気にやってやれ!」

「分かりました! 確保ぉぉぉ!」

「おぉ! 明夜ナイス!」

「よし! ストーン取り込めぇぇ!」

「海斗もナイスです!」


すると、確保された男が叫びだした。


「あぁぁぁぁぁぁ! いっそのこと殺しやがれ! どーせ生きてても何もねぇからよ!」


その男の声を聞いて、明夜は少し暗い顔になっていた。


「明夜... 代わろうか?」


「大丈夫だよ、海斗」


そして、明夜はその男に向かって話し始めた。


「僕も、昔は生活が苦しくて、両親が裏社会の仕事を始めたりとかで、周りから罵倒されて、死ぬときは潔く死ねとか言われるような、辛いことだらけだった...」


その話し方は、優しくて、明夜の能力みたいに、何もかもを包み込んでしまいそうな話し方だった。


「それで、両親が自殺してからは、自分が頑張ろうと思わず、人を苦しめて、無理やりでも自分に従わそうって、そんな気持ちだらけだったんだ」


その言葉に、男は少し泣きそうになっていた。

そして、俺も。

(ばか、思い出してこっちまで泣くだろ...)


そして、明夜はその男の顔を見て、話し続けた。


「結局、悪いことは続けられなくて、終わりが来た... でも、こんな僕でも、友達になってくれる優しい人たちがいた」


男は号泣、そして、俺に至っては大号泣だった。


「生きていたら、いつかはきっと良いことがある... あなたにも、大切な人はいるはずだよ?」


男は泣いて震えながら、ありがとうと連発していた。


「さぁ、行きましょうか ...って、え!? なんで海斗まで泣いてるんですか!?」

「いや... 泣いてない、大丈夫だから」

「んなはずないでしょ!? もう、彼女さんにその顔見られたら笑われますよ...?」

「それもそうだな...」

「切り替えはやっ」

見ると、明夜は尋常じゃないほど笑っていた。

「え、ちょ、明夜こそどうしたよ...」

「いやー、今日は本部に兄妹しかいないじゃないですかー、って思って」

「......あ」


「騙したのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」





そしてまた、一日一日と月日が過ぎていく。




この、能力の溢れる世界で、少しでも悲しむ人がいなくなるよう、俺たちは奮闘中だ。

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《ABILITY WORLD》 八神禅斗 @ZENTO2006

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