神通力尾の事件ファイル3「完全密室犯行事件」

 館員太郎が逮捕されて8日後、恵武警部が神通力尾探偵事務所にやってきた。言うまでもなく美術品紛失事件の捜査に関する依頼のためだ。


「参ったよ。あっけなく自白したので簡単に解決すると思っていたんだが、どうやって盗み出したのか、その方法をまったく喋ろうとしないんだ」

「証拠固めはどうなっているのですか」

「さっぱりだ。物証は何ひとつ見つからない。有力な証言もない。そもそも犯行自体が不可能なのだ。展示室に窓はなく出入り口は二重の扉で閉ざされ、夜間は赤外線センサーと振動センサーが作動しており、上下左右8方向から監視カメラが展示品を見守っている。警備員は1時間ごとに館内を見回り不審者がいないかチェック。この状態でどうやって盗み出せると思うかね」

「監視カメラには何か映っていなかったのですか」

「手掛かりになるような物は何も映っていない。そして黄金鼻輪は午前零時5分20秒までは映っているのだが午前零時5分21秒には映っていないのだ」

「カメラの映像が編集されている可能性は?」

「専門家に調べてもらったが編集の痕跡はなかった。本当に1秒で消えてしまったのだ」

「バカな……」


 めったなことでは動じない神通力尾もさすがに驚かずにはいられなかった。厳重な監視の元に置かれている密室から、たった1秒で何かを盗み出すことなどできようはずがない。


「しかも盗まれた黄金鼻輪は日本から1万㎞以上離れたイースター島で見つかっている。君が千里眼で位置を特定したのは午前9時。協力者がいるとしてもたった9時間で運ぶのは不可能に近い。謎だらけだ」


 頭を抱える恵武警部。ここ数日眠れない日々が続いているのだろう。眼の下にクマができている。


「これは難事件ですね。しかしお任せください。必ず私が解決してみせましょう。はああ~、カッ!」


 神通力尾は大声を上げて立ち上がると右拳を突き上げて虚空を睨み付けた。今回はお決まりのポーズが長い。しばらくして沈み込むようにソファに座った神通力尾は切れ切れの声で言った。


「確証はありませんが、結論は出せました」

「おおっ! それでどんな方法を使ったのだ」

「すみません、長くなりそうなので起きてから話します。24時間後に来てください」


 神通力尾は簡易ベッドに倒れ込むと眠ってしまった。そして24時間後、説明が始まった。


「今回は時空跳躍術を使いました。時間と空間を自由に行き来できる能力です。まずは過去へさかのぼって事件当日の午前9時のイースター島へ飛びました。黄金鼻輪は確かに地面の上に置いてありました。注視したままさらに過去へさかのぼること9時間弱、日本時間午前零時5分21秒、突然黄金鼻輪が動きました」

「動いた? 鼻輪が単独で動いたのかね?」

「そうです。いきなり高度1万mに浮かび上がったと思うと光速の4%の速度で北東へ動き始めました。もちろん私も追随して飛行しました。そして1秒も経たないうちに東京へ到着。博物館の壁をすり抜けて日本時間午前零時5分20秒には元の展示室のケース内に収まりました」

「つまり黄金鼻輪が勝手にケースを飛び出して1秒でイースター島まで飛んで行ったというのかね」

「はい」


 恵武警部は絶句した。これはもう事件と呼べる代物ではない。ただの超常現象だ。


「しかし館員太郎は自分が犯人だと自白しているんだぞ」

「そうです。この現象を引き起こしたのは彼です。恐らくは私と同じ超能力者なのでしょう。使ったのは念動力か瞬間移動、それしか考えられません」

「なんてこった」


 恵武警部の顔にありありと絶望の色が浮かんだ。ミス・シッディは請求書を渡す代わりに彼の肩に優しく手を置いた。



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