第32話 花嫁姿

「東弥様、玄弥様から伝言です」

「伝言?」

 

 朝、目が覚めると小春は嬉しそうに東弥に話しかける。


「はい、式場は海の見える場所ということでふ。あと、洋装がいいと希望したらそれでいいと」

「へえ、随分話が早いな……ってなんの話?」

「え、結婚式の話ですけど」

「……はあ? なんで結婚式の話が親父から出るんだよ」

「だ、だって私たちが交際するのであれば、ちゃんと関係各所に報告しておかねばと仰ってまして」

「いや、だからまずは付き合ってだな」

「付き合った末に別れるのであれば意味なんかありません。それとも東弥様はそのおつもりで?」

「い、いやそうじゃないけど」

「では早速参りましょう」

「ど、どこに?」

「式場です。ドレスの試着もありますので」

「あ、え?」

「ほら、早く行きましょう」

「ちょ、ちょっと」


 東弥の手を掴むと、小春は朝から東弥を外へ連れ出す。


 外に出ると、東弥専用のリムジンがアパートの前に。

 数名の黒服が待機していた。


「おぼっちゃま、お乗りください」

「な、なんでお前たちがいるんだ?」

「今日はおぼっちゃまの晴れの日と伺っております。玄弥様が式場で待っておられますぞ」

「……わかったよ」


 ここでようやく、本当に父の根回しによるものだと東弥は気づく。


 ただ、気づいたところで東弥には何もできない。

 大人しく従って、車に乗り込む。


「えへへ、東弥様との結婚式だなんて、夢のようです」

「夢、ねえ。ていうか高校生が結婚式とか変だろ」

「なんでですか? 別に籍を入れるのは高校卒業後でも、式をするタイミングは自由ですし」

「……ていうか話がとんとん拍子すぎやしないか? 父さんとは、どういう話をしてたんだ?」

「玄弥様には東弥様を一生側でお守りするよう命じられてましたから。つまりは結婚して伴侶になることだったのかなと、今となってはそう思っています」

「なるほど」


 ここで東弥は玄弥の策略に気づく。

 つまり小春を派遣してきたその日から、こうなることを想定していたのだと。


 ただ、何度も言うようにそれがわかったところでどうしようもなく。


 二人を乗せた車は海沿いにある結婚式場へ到着した。


「ふーん、綺麗な場所だな」

「ですね。早速入ってみましょう」


 東弥は、流されるまま小春と式場に入る。


 大きな教会のような建物だが、普段より金持ちの屋敷に住んでいた東弥は特に驚くこともなく進む。

 それに対して小春は、天井のシャンデリアや床の絨毯などにいちいちテンションをあげながら奥へ。


 そして係の女性に案内され、東弥は控え室へ。

 小春はどうやらドレスの試着のため別室に案内されたようだ。


「……しかし、いくら付き合ったからと言って急に式場の下見なんて。気が早いというよりやり過ぎだよ父さん」


 広い控え室に一人取り残された東弥は独り言を愚痴る。

 すると、それを聞いていたかのように電話がかかってくる。


「……もしもし父さん? あのさ、今式場なんだけど」

「ほほう、段取りよく進んでいるな。どうだ、小春殿の花嫁姿が楽しみか?」

「いや、ていうより気が早いから。俺は普通の高校生をしたいって、何度も言ってるだろ」

「それはそれで勝手にすればいい。ただ、物事にはけじめというものがある。お前の心が揺らがぬよう、小春殿としっかり縁を結んでおかねばな」

「息子のことくらい信用しろよ。まあ、今日は下見だし小春の試着が終わったら帰るからな」

「そうかそうか。まあ、早く式が挙げたいと思ったらいつでも言うがいい。明日にでも式場を買い取って盛大にパーティーをしてやる」

「そういう札束でビンタみたいなのが嫌なの。まあ、いらん心配しなくていいから」


 東弥はそっけなく電話を切る。

 そして、高い天井を見上げながらため息をついていると、係の女性が部屋に。


「東弥様、花嫁様のお着替えが終わりましたのでお連れしました」

「ん、そりゃどうも……え?」


 女性の後ろから姿を現したのは紛れもなく小春。

 ただ、純白のドレスに身を包んだ彼女は、いつものちんちくりんな忍びのなり損ないみたいな彼女ではなく。


 みたこともないほどに美しい花嫁姿だった。


「えへへ、どうですか東弥様?」

「小春……え、えと、き、綺麗、だな」

「あはは、感想に語彙力がありませんよ。でも、褒めていただけて嬉しいです」

「……綺麗、だよ。いや、ほんとに」


 あまりの綺麗さに、東弥は言葉を失っていた。

 人として好きで、大切な存在と思うからこそ交際を申し出たわけだけどいまいち女性的な魅力に欠けていたいつもの小春とのギャップに、東弥はいつもと違う感情を抱いていた。

 

 これが自分の彼女なのか。

 こんな子と、付き合ってるんだ。

 こんな子に、求められているんだ。


 そんなことを考えると、昨日までのそっけない自分を悔やんですらいた。


 そして、今日も帰ったらずっと一緒なのかと思うと、勝手に緊張して言葉が出てこなくなる。


「……」

「ふふっ、東弥様ったらそんなにじっと見つめられると緊張します。それに、本当の結婚式の際はもっと色んなドレス着たいです」

「あ、ああ。俺も、見てみたい、かも」

「ほんとに? じゃあ、早く結婚式したいですね」

「……そう、だな」


 さっき、父親に言ったことを撤回したい自分がいた。


 早くこの花嫁をみんなに自慢したい。

 早くこの花嫁のお色直しを見てみたい。


 そんなことばかりを思わされる東弥だが、急に芽生えた気持ちに素直にはなれず。


 気持ちとは裏腹に「さっ、着替えて帰るぞ」と、小春をまた別室へ連れていってもらって。


 また一人、控え室に取り残されながら呟く。


「……小春のやつ、可愛かったな」


 自分が、本当に小春のことを好きなんだと実感させられた。


 まんまと、父たちの戦略にはまっていることも今度ばかりは自覚があったけど。


 もう、そんなものは関係なく彼女が好きなんだと。


 胸をドキドキさせながら小春の着替えを待った。


 

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