第29話 そういうことなんだけど

「坊ちゃま。本日のパスタとスープ、あとはパンをお先にお持ちいたしました。メインディッシュのお肉は後程」

「ああ、ありがとう。あと、お箸を持ってきてくれないか?」

「はっ」


 綺麗に磨かれた銀のカトラリー(食卓用金物)を見ながら戸惑う小春の為に箸を持って来いと命じる東弥に頭を下げて白髪の男性はすぐに箸を持ってくる。


「では、ごゆっくり」


 案内された奥の個室は、二人で使うには少々広すぎるくらいの空間。

 その部屋の中央にポツンと置かれた大きなテーブルに次々と並ぶ料理を見ながら小春は少し気まずそうにしている。


「どうしたんだ? 食べないのか?」

「いえ、なんかやっぱり今日の東弥様は変です。こういう世界から離れるために一人暮らしをされたと聞いていたのに」

「そう、だな。こうやって父親の財力に身を任せて好き勝手できることをみんなは羨ましいって言うけどさ。実際、この部屋で毎日一人で飯食ってた時のことを思いだすとぞっとするよ」

「このお部屋で、ですか?」

「うん、毎日ここでの食事しか許されなかった。人目につくなとか、簡素なものを食うなとかさ」

「お友達は?」

「それも、こっちが相談してようやく部外者でも誘っていいことになったんだけど。結果としては誘わなかった方がよかったな」

「どうしてです? 楽しくなかったとか」

「まあ、それもあるけど。俺の話なんか聞いてないんだ。高級食材に目がくらんで、俺と仲良くすることのメリットばかり考えてるのが目に見えて。誰も、本音でしゃべってくれない。俺のことなんか誰も見てないんだ」


 東弥はずっと、新庄という看板から逃れられなかった。

 そして、逃れたかった。

 だから始めた一人暮らし生活。

 

 身分を隠すまではしなくとも、せめて金持ちっぽくない振る舞いをして、ありのままの自分を見てほしいと。


「でも、東弥様は東弥様ですよ。お金持ちでも貧乏でも、関係ないと思いますけど」

「じゃあ、俺が一円も持ってなくてもお前は、ええと、一緒にいたいとか思うのか?」

「はい、当然です。雇われている恩義とか、そういうのと純粋な恋愛感情は別ですもん」

「……でも、苦労するだろそれだと」

「好きな人と一緒に苦労できるなんて素敵じゃないですか。私、一緒にお店とかしたいですし」

「……」


 東弥は、まっすぐそんなことを言われたのは初めてだった。

 というより、小春はいつも自分のことを金持ちとか関係ない部分で好いてくれていることを、知っている。


 高い飯も、高級アクセサリーも、将来の保証も。


 何もなくてもいいと。


 そう言ってくれる小春のことが、一層いとおしくなった。

 

「……小春、俺なんかでいいのか?」

「もう、しつこいですよ。私は願わくばずっと東弥様の護衛をしますし、東弥様が私に振り向いてくれるまでずっと待ちます。ていうか、護衛しながらお邪魔虫は排除するので東弥様は私以外と仲良くなんてなれないんですけどねー、えへへ」

「……そうか」

「あ、なんかしゃべってたら緊張がほぐれてお腹空いてきました。食べてもいいですか?」

「あ、ああ」


 無邪気に食事を始める小春。

 そんな彼女をみると、自然と気持ちが穏やかになる東弥。

 

 そして東弥は、自分の気持ちを再確認する。


「なあ小春」

「なんでふふぁ? こへ、おいひいでふよ」

「食べながらでいいよ。あのさ、俺、小春のことが好きだ」

「あー、ほれはどーもれふー。んー、このパスタおいひ……ん? 東弥様、今なんと?」

「いや、小春が好きだなって」

「……え?」

「だ、だから小春が好きなんだよ、俺」

「……きゅうう」

「こ、小春!?」

「ばたんきゅ……」


 溢れる気持ちを言葉にしてみた東弥だが、目の前で小春は目を回して倒れてしまった。


 慌てて席を立ち、小春をキャッチした東弥はすこし心配した。


 好きとかいいながらも、小春は自分の気持ちを知ったら迷惑だったのではないかと。


 しかし、


「東弥様に好きと……でへへ、小春幸せ……」

「……寝言でデレるなよ」


 東弥の腕の中で目を回したまま、うわごとでデレる小春を見ながら。


 東弥は今までの人生で一番の高揚感を感じていた。


 

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