第30話 頑張った末に手に入るもの
「首尾よくことが運んだことに、まずは乾杯だな太助殿」
「はっ、今後ともよろしゅうお願いいたしますぞ、玄弥様」
「そうかしこまるな。これからは家族であろう。はは、両家のあいさつなど簡単でよいよい」
「ありがたき幸せ。では、一献傾けますか」
「だな。かんぱーい」
「うぇーい」
新庄家の運営するレストランでの出来事がこの二人に筒抜けでないはずがなく。
小春と東弥の様子を見て歓喜する老人二人はそのまま夜の街へと繰り出した。
◇
「小春、大丈夫か小春?」
「……あ、あれ? 東弥様、ここは」
「レストランの奥の控室だよ。いきなり倒れるからびっくりしたじゃないか」
「倒れた……あっ」
気絶する前のことを思い出した小春は顔を赤くする。
しかしまだ体が自由に動かず、東弥に支えられる。
「まだ動くなって」
「で、でも」
「……こっちはまだ返事も聞かせてもらってないんだからな。逃げるなよ」
「東弥様……あの、これは夢ではありませんか?」
「夢、ねえ。俺も夢かなにかだと思いたいよ。よりにもよってお前みたいなドジに引っかかるなんてな。でも、自分の気持ちにウソはない。俺じゃいやか?」
「……嫌なわけ、ありません。むしろうれしすぎてまだ考えがまとまってないです。あの、それじゃ私は東弥様の彼女、ということでよろしいのですね?」
「ああ、よろしく頼む」
「はい」
満面の笑みで答える小春に、東弥もほっこりする。
待ち望んでいた青春が、ここから始まる。
そんな予感が東弥にはあった。
しかし、
「では東弥様、さっそく恋人っぽく呼んでもいいですか?」
「まあ、いいけど」
「ふふっ、とーにゃん」
「と、とーにゃん? それはやめろ」
「え、なんで? なにが恥ずかしいの? もしかしてまだあの一花って女に未練があるの?」
「な、なに言ってるんだ。恥ずかしいだろ普通に」
「怪しい……でも、この後は家に帰ったらいっぱいするんですよね」
「な、なにをだよ」
「だって、早く跡取りを作らないとですから、さっそく夜な夜な励まないと」
「な、なにを言ってるんだ小春」
「もう、私のこの気持ちを抑えなくてよいと思うとうれしくて。えへへ、とーにゃん、いっぱい子供作ろうね」
「ま、待て小春……」
「またないもん。私、いっぱい家族ほしいもん」
「……」
そういえば発言の節々で小春が病んだことを言っていたなと、東弥は今になって振り返る。
が、振り返っても遅い。
すでに前のめりな小春は立ち上がって東弥にとびかからんと構えている。
「東弥様、お覚悟」
「ま、待てって。話を聞け」
「じゃあ話を聞いたら考えてくれるのですか?」
「……話次第だ」
手荒なことはしたくないと、東弥は話を聞く姿勢を見せる。
しかし、暴走し始めた小春は止まらない。
「東弥様が一緒にお風呂入るならいい」
「そ、そんなの無理だろ」
「好きなのに? なんで無理なの?」
「お、お前態度急変しすぎだろ」
「だって彼女だもん。いっぱい我慢してたこと全部したいもん」
「我慢、か」
別に責任を感じることではないにせよ、東弥は真面目なので今まで小春に我慢を強いていたと思って、悪いことをした気になる。
「……小春、もう我慢しなくていいけど、ちょっとずつってわけにはいかないか?」
「ちょっとずつ、ですか?」
「ああ、なんでもすぐに手に入るってのは嬉しいようで案外虚しくなるもんだ。こんなことを言うのも偉そうかもしれないけど、俺がまさにそうだろ? お金は腐るほど家にあって、買えないものなんてほとんどないけど、だからこそ欲しいものもなければ、やっと手に入って嬉しいなんて気持ちも人より薄い。頑張って、やっと手に入ったからこそ嬉しいものもあるんだよ。ほら、俺も……初めての彼女だし」
「東弥様……それもそう、ですね。私、ちょっと焦りすぎてました。ほんとは東弥様のお気持ちだけで充分嬉しいというのに」
「いや、いいよ。それより、帰ったら一緒にテレビでも見ないか?」
「はい。それでは帰りましょう」
ようやく、小春が落ち着きを取り戻したところで控え室から出てじいやを呼ぶ。
そして挨拶を済ませてから、残りの料理はちゃんと持って帰って食べられるようにパックに詰めてもらって。
二人で店を出た。
すると、外はすっかり暗くなっていた。
「もう夜だな」
「暗いと危険ですから、離れないでくださいね」
「小春の方こそ俺から離れるなよ」
「……それでは、手を繋いでも?」
「うん。俺もそうしたい」
「東弥様……えへへ、嬉しい」
「ったく」
手を握ると、顔を赤くしながらもじもじする小春。
そんな小春を見ながらほのぼのする東弥だったが、時々隣から
「徐々に、ということは明日はキスで、その次こそは子作り……でへへ」
と、漏れてくる小春の呟きを聞きながら。
明日からが早速不安でしかなかった。
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