第25話 この気持ちをあなたへ
「あーもう、なんであんたはそういつもいつも使えないのよ!」
「す、すみませぬお嬢様」
買い出しの品を忘れて、家で一花に説教をくらう真田。
ちなみに、というほどでもない話であるが、この真田佐助、名前こそ真田であるが、かの真田幸村の一族とはなんら関係はない。
それでも彼の先祖には凄腕の忍者がいたという話だが、しかし先述の通り真田は本家ではないため、忍者の末裔とは言い難い。
だから何だという話だが。
とにかく真田は頭が悪いのだ。
「お嬢様、そういえば今私が受け持っている任務はなんでしたっけ?」
「もういいわよ、アイス一個買ってこれないやつなんてもうクビよ」
「そ、そんな……お嬢様、それだけは何卒ご勘弁を」
「……まあ、私もそこまで冷血じゃないから今すぐクビってことにはしないわよ。で、どうやって挽回するつもり?」
「そ、それはもちろんお嬢様の為に尽くして尽くして尽くしまくります!」
「重いわよ……でも、一度聞きたかったんだけどどうしてそんなに私に尽くすの? 任務だから? 給料もらってるから?」
「はは、そんなの簡単な理由ですよ。俺はお嬢様が好きで好きでたまらないからです」
「……え?」
「あ! い、今のは忘れてください! に、任務に戻ります」
「……待ちなさいよ」
「は、はい?」
「……そんなに私のこと、好きなの?」
「え、いや、ええと」
「なによ、嘘なの?」
「い、いえ決してこの気持ちに嘘などはありませぬ。しかし」
「……ちゃんとしなさい」
「え?」
「ちゃんと、私のことを好きなら好きで、認められるような仕事をしなさいって言ったの。ほら、明日は買い物行くから荷物持ち、頼むわよ」
「はっ。お嬢様の為ならどんな荷物でも喜んで」
「もう……ほんと馬鹿」
雨降って地固まる、というべきか。
新たな恋の予感がここにもあった。
「お嬢様、そろそろ学校のお時間です」
「わかってる。でも、あんたにもう一度東弥君と小春ちゃんの邪魔をお願いしたいわ」
「東弥……どこかで聞いた名ですな」
「私の気持ち、ちゃんと東弥君に伝えてきて」
「それはご自身で伝えた方がいいのでは?」
「こういうのは他人から聞くから効き目があるのよ。ほら、いってきて」
「はっ」
◇
「おはようございます東弥様」
朝。
小春は早起きして朝食の準備を整えた後で東弥を起こす。
「ん、おはよう小春。なんかいい匂いだな」
「えへへ、今日はパンを焼いてみました」
「うん、ありがと」
目が覚めて、小春が普通にそこにいることが気にならなくなった東弥はそのまま体を起こす。
そして朝食のパンにバターを塗っていただく。
「ん、うまい。そういや、小春は実家とかはどこなんだ?」
「私の実家はおじい様と過ごした山の中です。人里離れた場所ですが、いいところですよ」
「そっか。そういやおじい様ってことは、両親は……いや、ごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。いないわけではなく、現在は仕事の関係で海外なんです」
「へえ。でも、ついて行かなかったのか?」
「私が日本に残りたいと、幼い頃にそう駄々をこねたそうでして。結果としておじい様との暮らしは楽しかったのでよかったですし、それに……東弥様とも出会えましたから」
「小春……まあ、今はうちの従業員みたいなもんだから何でも言えよ。従業員は家族だって、いつも父さんも言ってたし」
「家族……それってつまり夫婦に」
「ならないだろ。物の例えだ」
「むう。でも、東弥様と家族だなんて、なんか嬉しいです。今日は一緒にお昼食べましょうね」
「まあ、いいけど」
なんて言いながら二人で家を出ると、なんと家の前に、昨日遭遇した黒服が立っていた。
「ほう、女と一緒に出てくるとはやるな東弥とやら」
「俺の名前を知ってるんですか? まさかあんた」
「ああ、その通り。俺は黒川一花お嬢様の使いでここにきた」
「一花の? え、なんで?」
急に出てきた一花の名前に戸惑う東弥。
それに対して全く気にするそぶりを見せず真田は続ける。
「いいか、俺は東弥とやらに彼女の気持ちを伝えにきた」
「一花の気持ち……それって」
「ああ、お嬢様は俺とラブラブなんだぜ」
「……え?」
「残念だったな。お前みたいな浮気者には用はないんだとよ。俺のように純粋に一途な人間こそがお嬢様にふさわしいってわけだ」
「……そ、そうなんだ」
「お、ショックなのか? はは、しかし後悔しても遅い。せいぜい指を咥えながら俺とお嬢様のいちゃらぶ劇を見せつけられるんだな。じゃあな」
「……あ、はい」
言いたいことを言って、真田は去る。
で、なんだったんだと言った感じに東弥と小春は互いを見合わせて首をかしげてから。
学校へ。
すると、正門のところに一花が立っていた。
「あ、一花」
「お、おはよう東弥君。ええと、あの、聞いた?」
「う、うん、まあ」
少し照れくさそうな一花に、東弥はうなずく。
「そ、そう。で、東弥君はどう思った?」
「ええと、お似合いなんじゃない?」
「え、それって」
「あの人、結構イケメンだし。年上だから大人っぽい一花にもお似合いかなって。と、とにかくよかったね、良い人が見つかって」
「……え、何の話?」
「いや、俺は全然気にしてないから。二人のことは応援するよ」
「え、ま、待って東弥君どういうこと?」
「じゃあ、また」
「……」
東弥は、なんでか気まずくなって小春とその場を離れた。
で、何の話かさっぱりな一花は、校舎裏に向かってから真田を呼び出す。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「あんた、東弥君に何話したのよ」
「え、お嬢様のお気持ちとやらを」
「具体的に?」
「お嬢様は俺のことが好きだと」
「……マジで死ね! なんなのよあんた! 何がどうなったら私があんたのことを好きって話になるのよ!」
「え、ち、違うのですか? だって昨日も今朝も優しかったし」
「優しくしたのはあんたが可哀そうだったからよ! あーもうどうしたらいいのよ、勘違いされたじゃない!」
「も、もしやあの東弥とやらがお好きなのですか?」
「最初からそう言ってるでしょ!」
「がーん! し、しかしあの男は女と一緒に部屋から出てまいりましたぞ」
「がーん! う、嘘よ……東弥君がそんな……」
「う、嘘ではありませぬ。事実この目で」
「うっさい! あーもう、今日は学校休む!」
「お、お嬢様、ずる休みは御父上に怒られますぞ」
「誰のせいよ! いいから、あんたも今日は私に付き合えばか!」
「はっ、なんなりと。で、どちらへ向かいますか?」
「……いいから来なさいよ。失恋した乙女を慰めるのも、あんたの仕事よ」
「かしこまりました。お嬢様の為なら海の中山の中火の中であっても」
「……ほんと馬鹿」
一花はこの日、学校を休んだ。
で、自分の恋が終わりを告げたことを自覚しながらも上を向いた。
そんな乙女心など知ったこっちゃない様子で、一花とのお出かけにウキウキする真田は「どこいきます?」と再び聞いてしまって「うっさい!」と怒鳴られていた。
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