第23話

「ほほう、この俺にあの新庄家の坊ちゃんの恋愛を邪魔しろとな」

「御託はいいから、さっさと行きなさい」


 とある豪邸の中庭で。


 女は黒服の男に命じる。


「いい? くれぐれもあなたの正体を突き止められるんじゃないわよ。この黒川財閥の令嬢である私があんたみたいなのを雇って東弥君の恋路を邪魔しようとしてるってバレたら……処刑じゃ済まないからね」

「心得ております一花お嬢様。かの真田の血を引く真田佐助めが、お嬢様の悲願を果たして見せましょうぞ」

「ふん、頼んだわよ。あの目障りな小娘をどうにかしてきて」

「小春とか申す小娘ですか。造作もございませぬ、夕方には良き知らせを」

「ええ、お願いするわ」





「さて、新庄東弥は何処ぞ」


 息巻く黒服の名は真田佐助、現在二十歳。


 十歳の時に天涯孤独となった後、持ち前の運動能力と血筋を買われて黒川家へ。


 ちなみに黒川の家は、周りにはひた隠しにしているが実は超がつく金持ち。


 そして真田は黒川一花専属の忍びである。


「お、いたいた。あいつが一花お嬢様の恋する新庄東弥か」


 ショッピングモールで小春と楽しそうにウインドウショッピングをする東弥を見つけた真田は、しかし迷っていた。


 もしこの妨害工作が成功すれば、つまり一花は東弥とくっついてしまう。


 それが嫌だった。

 十年間、側で仕えてきた一花が人のものになるというのが、耐えられない。


 親心、ではない。

 

 単純に好きなだけなのだ。


「お嬢様、なんであんな優男が……俺の方が絶対にお嬢様のことを理解して……いや、これは任務だ。いつかお嬢様が大きくなった時に、このような日がくるとわかっていたはず。今こうして仕事をさせていただいているだけありがたいと思うべきだ」


 真田は生粋の忍び、ではない。


 血筋こそ一流だが、その家系も本家ではなく。

 長らく忍びから離れて過ごした一族の末裔である。


 が、彼には類稀な運動能力がある。

 そして我流で、学校にも行かずに忍術を学んで十年余。


 今、最強の忍びとしての自信がある。


「……ふむ、どうやら今は買い物か。しかしどこをどう見てもデートだ。デート、いいなあ。あんな可愛い子と。ああ、俺もいつかお嬢様とデート……あれ、何をしにここに来たんだ俺は?」


 が、しかし。

 青春の全てを忍術修行と一花への奉仕に捧げた真田には、一切の学がない。


 つまり、アホである。


「ふむ……しかしこの店はなんと広いのか。ここならお嬢様が以前より欲しがっていた、庶民にしか買えないというぬいぐるみが手に入るのでは?」


 というわけで、任務を忘れて真田の足はゲームセンターへ向く。


 そして、ショーケースの中に並んだぬいぐるみの中から、一花が欲しいといっていた白い犬のぬいぐるみを見つけ出す。


「あった! これをお嬢様に持って帰れば俺は……おお、そうだもうすぐお嬢様の誕生日だ。ええと……千円あれば足りるか。よし、やってやる」


 で、そのままクレーンゲームの前へ。


 ただ、やり方がわからない。


「小銭をここに入れるというのはわかったけど……む、このレバーであの機械の腕を動かすのだな。はは、天才にかかればこんな幼稚な仕掛け、恐るるに足らん。いざ、参る!」



「……金、なくなった」


 なんの心得もなく景品がとれるほど、昨今のクレーンゲームは甘くはない。


 そして、小遣いの少ない真田はすぐに残金がなくなった。


「お嬢様……お嬢様の為にあれを……くそっ、かくなる上は」

「あのー」

「ん……誰だお前は」


 絶望のあまり、忍術で盗みを働こうとしていた真田に声をかけたのは、なんと東弥。


 しかし、アホの真田はすでに東弥の顔も忘れていた。


「ええと、あのぬいぐるみがほしいんですか?」

「ああ、そうだ。俺の大切な人へのプレゼントとしてな。しかし、あいにく金が尽きてしまったのだ。そんな大人を君たちは笑いにきたのか?」

「いえ、大切な人のために必死になれるお兄さんは素敵です。あの、差し出がましいですが一ゲームだけ、やらせてもらえませんか?」

「これを? 君が? はは、こいつは難攻不落だぞ。やれるもんならやってみな」

「では」


 東弥は、小春から百円を借りて(基本的に小銭を持つという習慣がないため)、一ゲームだけそれをプレイした。


 忍びの人間離れした視力と反応速度により、ここしかないという場所にアームを引っ掛ける。


 そして、


「はい、取れました」

「ば、ばかな……君は何者だ?」

「ただの高校生ですよ。あの、これ良かったらどうぞ」

「俺に、だと? 情けだというなら」

「大切な人が待ってるんでしょ? だったらプライドよりも、その人の笑顔を大切にしてあげてください。お兄さんが持って帰ればきっと、その人も喜びます」

「なんと……君は素晴らしい青年だ。名は?」

「え、ええと……新庄と」

「ふむ、どこかで聞いた名だな。しかし君のような青年は見たことがない。彼女さんとの時間を邪魔したな」

「か、彼女とかじゃないですって」

「はは、謙遜するな。では、さらばだ」


 目的を達成した、と思い込んで真田はその場から姿を消した。


 東弥達は、変な人がいたなあっと話しながらまた買い物へ戻った。



「お嬢様、任務完了しました」

「え、本当? それじゃ東弥君は小春ちゃんと」

「東弥? いえ、このぬいぐるみをお嬢様の為に持って帰ってまいりました」

「……へ?」

「いやあ、実はとても親切な青年がおりましてな。彼の助力あってのものですが、これを持ち帰ればお嬢様はお喜びになられるかと」

「……あほっ!」

「ひっ! な、何か気に障ることでも?」

「あーもうなんでいつもそうアホなの? 任務内容くらいメモでもなんでもしなさいよ、バカタレ!」

「す、すみませぬ……で、ではこのぬいぐるみはいらない、と」


 なんで怒られてるのかもわからないまま、真田は落ち込む。


 ただ、一花の目の前に置かれたのは、たしかに以前、真田に欲しいと話したぬいぐるみだった。


「なんでこんなもんだけ覚えてんのよ、バカ」

「お、お嬢様のことはなんでも覚えているつもり、なのですが」

「……もういいわよ。それ、ちょうだい」

「は、はい。受け取っていただけるのですね?」

「仕方なくよ仕方なく。今度任務すっぽかしたら小遣い減らすからね」

「はっ。心しております。お嬢様のためならいかなることでも」

「もう……」


 そう言いながら、ぬいぐるみを抱える一花の顔は少し赤かった。

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