第21話
「東弥様、ハンバーガーが食べてみたいです!」
小春は、家から出てすぐにそんなことを言う。
「は? 買い物じゃなかったのか?」
「買い物だからって、何も買い物だけをしないといけない決まりはないじゃないですか。お出かけといえばランチですよ」
「まあ、何か食べないといけないのは確かだけど。一緒に食べなくてもいいだろ」
「小春がそばにいると迷惑、ですか?」
「……そうじゃないけどさ」
「じゃあ行きましょ。私、この前は冷めたハンバーガーしか食べれなかったのでアツアツを食べたいです」
「まあ、そうだな」
東弥は小春が泣きそうになると何も言えなくなる。
童貞は女の涙に弱い。
そして女の涙は強い。
すっかり小春のペースのままハンバーガーショップへ行くと、小春は小学生のようにはしゃぐ。
「わー、なんかすっごくいい匂いしますよ!」
「そりゃ飲食店だからな」
「あー、そういう冷めた発言はデートにおいては減点なんですよ」
「デートじゃないだろ別に」
「デートじゃないんですか? ……遊びだったんですね、私のことなんて」
「あーもう人がいるところで紛らわしいこと言いながら涙を浮かべるな。デートでいいから泣き止んでくれ」
「……えへ」
「ったく」
小春は、泣き落としというものを覚えた。
駄々をこねたら東弥が大人しくなる術を覚えて、メニューを選ぶ。
チーズバーガーを二つ。
あと、ポテトとナゲット。
そう伝えてから席に着くと、小春は笑う。
「ふふっ」
「なんだよ」
「いえ、東弥様ってやっぱり優しいなって」
「優しい、ねえ。俺は昔から親父に女性を大切にしろと教わってきたからな。だからお前にだって無碍なことはしたくないだけだ」
「そんなもんですかあ。でも、そういう誰にでも優しいのもどうかと思いますよ?」
「なんで?」
「みんな勘違いするじゃないですか。女の子は普通、自分だけを特別扱いしてほしいって思ってますから。東弥様が誰にでも優しいとみんな嫉妬します。小春も、嫉妬で狂って自害します」
「お前だけ極端だな」
「えへへ、それくらい私は東弥様のことが……す、すす、すすすすす」
「す?」
「すすす……い、言えません……好きだなんてそんな」
「……言ってるじゃん」
「はっ!? い、今のはなしです! 東弥様に告白するのは高層ビルの屋上のレストランと」
「高層ビルの屋上でレストランなんかしたら風でめちゃくちゃになるわ」
「あ、あれ? ありませんでしたっけ? 高層ビルの上から好きな人の名前を叫ぶ番組とか」
「ねえよ、学校の屋上だろそれ」
なんて他愛もない話をしていたら注文した品が届く。
「わあ、おいしそうです。早速食べていいですか?」
「ああ、いいよ。俺もいただきます」
「……んー! おひひひでふほへ」
「こら、食べながらしゃべるな。行儀悪いぞ」
「はふはふ……ん、やっぱりおいしいものを好きな人と食べると最高ですね、えへへ」
「……」
「どうかしました?」
「い、いや」
東弥は、好きとか言われた経験が今までなかった。
そんな東弥に、満面の笑みで好きといいながらハンバーガーを頬張る小春に、ちょっとだけドキドキしていた。
自分のことをまっすぐ好きと言ってくれる小春。
おっちょこちょいだけど、とてもいい子で純粋で。
それに一緒にいるとどこか素でいられる。
そんな自分に気づいた時、小春のことをもっと知りたいと東弥は思っていた。
◇
「ほう、良い感じじゃな」
「うむ、良い感じじゃ」
小春と東弥のランチを遠くの席から見つめてほくそ笑むのは、東弥の父玄弥と小春の祖父太助。
「うむ、しかしながらこのはむばあがあというのは絶品じゃな」
「玄弥様、このぽてとも抜群の塩加減ぞ」
「うむ、ジャンクフードというものは百害あって一利なしと思っておったが、なんのなんの現代の科学の結晶じゃな」
「これがものの一分で提供される恐ろしさよ。忍びの非常食としても重宝するに違いあるまい」
「で、あるな。早速この店舗の買い取りを検討しようぞ」
「ほう、さすがですな。で、ここを二人に経営させて愛をはぐくませると」
「さすが太助殿、よくわかっておられるな。共同作業を通じて得る信頼関係はそう簡単に崩せるものではない。そこに愛があればなおさら、の」
「ほほ、いいことをおっしゃる。では、二人の未来にこのしぇいくとやらでかんぱいといきましょうぞ」
「乾杯」
「乾杯」
ふはははは、と。
店内に低い声が響いた。
そしてずるずると若者が飲みそうなドリンクを飲む初老二人に、店員の目は終始冷ややかだった。
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