第20話

「……はっ!?」


 小春が飛び起きたのは夜になって。


 どうやらぐっすり眠っていたようで、目が覚めた瞬間にぱっちりと目があいた。


 で、携帯を触りながらぼーっとしている東弥と目が合う。


 やばい、と焦る。


「お、やっと目が覚めたか」

「東弥様! こ、小春は、ええと」

「いいよ別に。疲れてたんだろ?」

「そ、それは……」

「でも、買ってきたハンバーガーは冷めたから食べたぞ」

「は、ハンバーガーがあったのですか? あうう、食べたかったあ……」

「はは、だろうな。ま、次また買ってやるから」

「……うん」


 ただ、いつもより優しい東弥の様子に小春は戸惑う。

 いつもなら「何勝手に寝てるんだ、クビ」とか言われそうなのにと。


 警戒していると、東弥が冷蔵庫の中を開けてから何かを取り出した。


「これ、お前が作ってくれたんだろ?」

「……ハンバーグ」

「俺も夜食食べたいし、小春もおなかすいてるだろ? 二人で食べないか?」

「……うん、おなかすいた」

「よし、それじゃ今から温めなおすよ。待ってろ」


 東弥の優しい対応に戸惑いながら、小春はぼーっと東弥の方を見ているだけで。


 なんでそんなに優しいのかと、考えてたどり着いた結論は。


「……クビにされる?」


 祖父から聞いたことがあった。

 どんなに憎い人でも、切腹の前には優しく接してあげることが人情だと。


 最後くらい、いがみ合うことなく清々しい最後を迎えさせてやれと。


 そんな教えを思い出して、不安が頭をよぎる。


「……うそ、私、見切られたの?」


 小春の不安はどんどん大きくなる。


 やがて、部屋に肉の焼けるいい匂いが漂ってくるが、小春は東弥の方が見れない。


 これが最後の晩餐になるかも。

 自分で作ったハンバーグが東弥との最後の味になるかも、と。


 考えると、泣けてきた。


 そして、泣いた。


「おーい、焼けたぞ……ってどうしたんだよ小春?」

「ぐずっ、ひっ、ひぐっ……う、うえええーん!」


 謎の号泣に東弥は慌てて小春に駆け寄る。


「お、おい何があったんだよ?」

「東弥様……く、くびにしないで!」

「くび?」

「びえええーん!」


 小春は泣き止まない。

 それを見て東弥は、戸惑いながらも小春の肩を持って慰める。


「お、おい。俺は別にお前をクビになんかしないぞ?」

「……ぐずっ。ほ、ほんと?」

「あ、ああ。誰かに何か言われたのか?」

「……すん。言われてませんけど」

「じゃあなんで泣いてるんだよ」

「だって、東弥様が妙に優しいから、不安になっただけで」


 妙に優しいから。

 そう言われて、東弥は少し考える。

 今までどれだけきつく当たってきたんだと。

 ただ、そこまで冷たくあしらったつもりはなくとも、小春にはそう捉えられていたんだと思うと、少し反省する。


「……すまん。別にそういうつもりはなかったんだけど」

「いえ、私が至らないから当然ですけど……ずずっ、じゃあ、クビにしないんですか?」

「だからしないってそんなの」

「よ、よがっだあ……」


 また泣き崩れる小春をみながら、もう少し優しくしてやらないとなと東弥は思わされる。

 まんまと小春の沼に嵌っていることを、この時の東弥はまだ、自覚してはいなかった。



「東弥様、デートしましょ」


 翌朝。

 小春は颯爽と部屋に現れてデートの申し込みをする。


「いや、急だな」

「ダメですか? 私、昨日あんなにハンバーグ頑張ったのに」

「べ、別に嫌とは言ってない。まあ、買い物くらいなら」

「買い物、いいですね。それでは小春は家具が買いたいです」

「家具? いや、なんかいるものあるか? 部屋狭いし」

「ダブルベッドがほしいです。私、大きなベッドで眠るのが夢だったんですよ」

「ダブルベッド? いや、そんなもの置く場所ないし、第一一緒には寝れないからな」

「ど、どうしてですか? わ、私はやはりどれだけ尽くしても冷たい床で寝ておくのがお似合いな召使いに過ぎないと、そうお思いなのですか?」

「な、なにもそこまでは言ってないけど」

「うう、東弥様に尽くしても尽くしても、最後にはきっと捨てられるんだ……ううっ、しくしく、びええーん!」

「あー、もうわかったから! ダブルベッドくらいならなんとかするから頼むから泣かないでくれって」

「ぐずっ……じゃあ、買ってくれる?」

「う、うん……」

「ずずっ……えへへ、東弥様、優しい」

「……」


 泣いた後、ちょっとはにかむ小春を可愛いと思ってしまった東弥。

 で、泣いたらいうことを聞いてくれるということを体で覚えた小春。

 

 二人はそのまま、買い物へ出かけた。

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