第18話 ご馳走になる

「いらっしゃいませ。あ、新庄君」


 休日の朝のコンビニには、すでに私服に着替えた朱里の姿が。


「あ、おはようございます朱里さん」

「朝早いんだね。私は夜勤明けで今から帰るんだ」

「夜勤なんて大変ですね。お疲れ様です」

「ふふっ、社会人ってお金いるからねえ。あ、そうだ。せっかくだから朝マックでもしない? 私、おなかすいちゃって」

「あ、いいですね。俺、一回いってみたかったんです」

「え、行ったことないの? さすが金持ちは違うなあ」

「ジャンクフードを父が嫌いで。でも、俺は気にしませんので」

「よーし、それじゃ行ってみよう」


 コンビニで朝食を済ますつもりが、ひょんなことで朱里とでかけることになった。


 思わぬ展開だったが、東弥はワクワクしていた。


 というのも、最大手のハンバーガーショップのCMを幼少から何度も見ては「食べてみたい」と従者にお願いしていたのだが、父玄弥の許可が下りないと言われ、ずっと食べられないまま高校生になった自分がようやくそれを口にできると決まったから。


 未知との遭遇。

 初体験。


 これに興奮しない人間はいない。


「でも朱里さん、朝からああいう食べ物って胸やけしないんですか?」

「もー、そんな年寄りくさいこと言ってたらモテないよ? 大丈夫、おいしいからペロッと一口よ」

「へえ」


 期待は高まるばかり。


 そして到着すると、朝にも関わらず結構な客が中にいる。


 そしてカウンターで店員がにっこりと。


「いらっしゃいませ」


 素晴らしい笑顔だった。

 ただ、東弥はその笑顔に対してどう対応したらよいかわからずおろおろ。


 そんな様子を見て朱里がさっさと店員に言う。


「朝のセット二つ。東弥君、飲み物は?」

「え、ええと……コーラ?」

「じゃあコーラ二つで」

「かしこまりました」


 注文を終えると席へ案内される。


 ボックス席に通されて向かい合って座ったと思うと、ほんの一分程度で注文したものが届けられて東弥は驚く。


「え、もうできたの?」

「ふふっ、ファーストフードってそういうところだよ。ほんと知らないんだ東弥君って」

「す、すみませんだいたい食事は家でシェフがいたもので」

「へー、すっごいね。なんかそういう生活憧れちゃうなあ」

「いえ、そんなにいいものじゃないですよ。恵まれてるのは自覚してますけど、自由がなかったのも事実だし」


 新庄家は制約が多い。

 食べるもの、稽古の時間、就寝時間に起床時間も決められていて。

 交友関係だってあれこれ言われたりもした。

 そんな不自由さが嫌で、新庄家での生活を捨てて一人暮らしを始めたわけだが。


「……うまい。なんだこれ、めっちゃうまい」

「ふふっ、ハンバーガーでそんなに感動する人いないよ」

「でも、これが百円とかでしょ? すごいなあ、やっぱり」


 今、こうやって知らないものに触れ、知らない人と関わり、知らないことを知っていっていることがとても嬉しい。


 東弥は、朝からいい気分になってあっという間にハンバーガーを食べ終える。


「ふう、ご馳走様です。あの、お金って帰る時でいいんですか?」

「え、もう払ったよ?」

「払った? い、いやいくらでした?」

「いいっていいって。私の方がお姉さんだし、ご馳走させてよ」

「御馳走……」


 東弥は、初めて人に食事をご馳走になった。

 おごってもらった。


 これまでは、同級生と絡む機会があってもマナーとして自分が全額支払ってきた経験しかなく、また、それが目的で自分と仲良くしているんだろうってことくらいは中学の頃にははっきりわかってきて。


 そんなこともあって、金持ちとして扱われるのは嫌だなと。

 思って過ごしてきた東弥にとって、まさか食事をご馳走してくれるなど、ありえないことだった。


「東弥君って面白いね。お金持ちだからもっと絡みにくい人かと思ってたけど、感覚は普通だし、またよかったらお茶でもしようよ」

「こ、こちらこそ。ええと、今度は俺がご馳走しないと」

「いいよ別に。またこうやって付き合ってくれたら」

「は、はあ」


 無欲なだけなのかもしれないが。

 東弥は、自分に対して見返りを求めず接してくれる目の前の朱里に少し驚きながらも嬉しさがこみあげていた。


 いいひとと知り合えたと。

 勝手に浮かれて、勝手に期待する。


 こういう人となら、一緒にいても楽なんだろうなと。


 また、お茶したいなと。


「ふああ、食べたら眠くなっちゃった。帰ろっか」

「そういえば夜勤明けでしたもんね。すみません、付き合わせて」

「それはこっちのセリフ。なんか食べないと寝れないしさ」


 最後までいいひとだった朱里と店を出てその場で別れると、東弥は少し名残惜しさを感じていた。


 朱里ともう少し話してみたい。

 そんな気持ちにさせられたのは一体どうしてなんだろうか。


 ただ、その正体を突き止める前に頭にはやはり、彼女のことが頭に浮かぶ。


「そういや小春、どこいったんだろ」


 部屋に戻ってるかもしれないからと。


 いったん帰ろうとしたその時、ふと。


「……絶対あいつ、ハンバーガー好きだよな」


 もう一度店に戻って、テイクアウトでハンバーガーを二つ。


 小春の土産を買ってから帰路についた。

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