第17話 胃袋を掴む
「ほら、ここでくるっと」
「く、くるんっ!」
「あー、また卵が破れたわね。ほら、やり直し」
「むう……」
環季による、小春への料理レッスンが行われていた。
ちなみに場所は、環季の実家。
小春が監禁されていたのは隣にある納屋。
そして環季は一度何かを教えだすと夢中になってしまう癖がある。
「もう、なんでできないのよ。ぶきっちょ、あんたも忍びなんでしょ?」
「だ、だって難しいもん……」
「こら、泣かないの。そんなんじゃ東弥様に愛想つかされるわよ」
「や、やだ! 私頑張る!」
「ほら、それじゃもう一回。卵はうすーくしっかり伸ばしてちゃんと加熱するのよ。熱が通ってないとフライパンにくっつくから」
「うすーく……こ、こうかな?」
「それじゃさっきのチキンライスをのせて。ほら、お皿もってくるんって」
「……くるんっ! あ、出来た!」
「そうそう、その感じよ。あんまり丁寧にやろうとしすぎないこと。勢いは大事ね」
「わーっ、出来た出来た! ねえ、これ東弥様のお土産用に持って帰っていい?」
「ええ、それじゃそこのパックに入れて持って帰りなさい。小春、よく頑張ったわね」
「えへへー、環季さん優しいお姉さんみたいで好きー」
さっきまで監禁していた側と監禁されていた側という立場を、二人ともすっかり忘れていた。
つまりでいえば、アホである。
目的と手段が入れ替わったというより、環季はもはや何の目的で小春をさらって、どんな手段で東弥の恋路を邪魔しようとしていたのかすら、わからなくなっていた。
そして小春も。
自分を拉致監禁した相手だと忘れ、ただの近所のお姉ちゃん気分で彼女と接していて。
「ね、ライン交換しよ! 環季さんに色々教えてほしいの」
「いいよいいよ。じゃあ、今度はハンバーグ教えてあげるね」
「わーい!」
仲良くなった。
で、小春はオムライスを持って帰宅。
一人になったところで、環季は食器を洗いながら我に返る。
「……あれ? なんで私、あの子と仲良くなってるんだろ」
ただ、やっぱり目的も何もよくわからなくなっていたので。
「ま、いっか。小春可愛いし」
考えるのをやめた。
◇
「ただいまー」
「小春? どこ行ってたんだよ」
夕方、小春は帰宅した。
待ちくたびれた様子で東弥はベッドから立ち上がって小春の方へ行くと、なにやら懐かしい匂いがすることに気づく。
「……それ、オムライスか?」
「ふふっ、ちょっと教えてもらっていたのです。東弥様、オムライス好きだと聞いたので」
「誰に聞いたんだよ。まあ、好きだけど」
「えへへ、秘密です。ね、食べて食べて!」
袋からとりだしてパックを開けると、綺麗に一枚の卵でくるまれたオムライスが。
「ふーん、ほんとに味は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。ほら、食べて感想聞かせてくださいよ」
「わ、わかったわかった」
急かされて、すぐに東弥はスプーンをとって一口。
すると、懐かしい味がふわっと口いっぱいに広がる。
「……あれ、うまい。それに、なんか食べたことある味だな」
「おいしいですか?」
「ああ、めっちゃうまい。俺、この味好きだよ」
東弥はオムライスの味を気に入り、一気に全部食べてしまう。
その様子を見て小春は、今までで一番嬉しいと、微笑む。
「えへへ、東弥様が喜んでくれたあ。私、幸せです」
「お、大袈裟だな。うまいもんはうまいってだけだよ」
「でも、これなら毎日でも食べたいと思ってくださりますか?」
「ま、まあこれくらいうまけりゃな。でも、どうやって練習したんだ?」
「ふふー、秘密です。また新しいメニュー用意しますので楽しみにしておいてください」
得意になる小春はルンルンと鼻歌交じりに姿を消した。
東弥は、静かになった部屋で少しだけ孤独を感じる。
「……別にまだ夜じゃないから消えなくてもいいのに」
ただ、そんなことを言えばまた小春が調子に乗るだろうと。
東弥はお腹いっぱいになったので横になり。
目を閉じた。
◇
翌日。
小春はやはりこの日も姿を見せない。
気配もなく、またどこかに行ったようで、東弥は呆れる。
「ほんと、休みの日だってのにどこ行ってるんだ?」
ただ、今日は心配はしない。
なぜなら置手紙が机の上にあったから。
『探さないでください。でも、探したかったら探してください 小春』
こんな内容だった。
「なんだよこれ。でもまあ、そのうち帰ってくるか」
東弥はそのまま外へ。
休日に部屋で一人ゲームなんて時間の無駄だ。
色々な場所へ行って、いろんな人と話そうと。
ただ、その前に腹ごしらえ。
コンビニへ向かった。
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