第16話 なんだかなあ

「ええいなにをやっておるんだお前は」

「だって……東弥様、かっこいいんですもの」

「……」


 先ほど東弥のところに来た女性の名は環季たまき


 幼少より東弥のことを陰から護衛していた彼女は、実は東弥と面識はなく。

 完全な黒子。

 徹底した身の隠しっぷりにより先ほど東弥とはじめて会話した。


 と、いっても環季は東弥をずっと見てきた。


 彼女は五歳の時にすでに忍術をマスターしており、その時生まれたばかりの東弥を弟のように見守ってきたので、自然と情が移っていて。


 なんなら最近一段と男前になった東弥に対し、親心が行き過ぎて好意に変わっていた。


「東弥様……私というものがありながらどうしてあんな小娘と」

「こら環季、小春ちゃんを小娘呼ばわりするな」

「だって玄弥様、酷くないですか? 私の方がずっと東弥様を守ってきたのに」

「だ、だってお前は護衛だろう?」

「あの小娘も護衛でしょうに」

「そ、それは建前というかなんというか……とにかく、あの二人をくっつけたいんだから邪魔はするな」

「は、仰せのままに。私、東弥様の恋を全力で妨害いたします」

「ふむ、それでいいのだよ」

「もちろん、あの小娘との仲も全力全開で邪魔します」

「……へ?」

「だって、東弥様の浮気を妨害しろと言いつけたのは玄弥様です。私は例外なく妨害を繰り返します」

「いや、そういうことじゃなくてだなあ」

「では失礼します。玄弥様、東弥様は私がお守りいたします」

「……」


 環季の忍者としての実力は疑うまでもないのだが、しかし忍者とは時に世間知らずの集団であることを玄弥は自覚する。


 常識に少々乏しいというか、過酷な訓練や自己犠牲の精神が過ぎてよくわからない非常識なことになる。


 忍者も考え物だなあと。


 玄弥は頭を抱えながら、暇になったのでとりあえず甲賀を呼ぶことにした。



「……しかし小春のやつ、ほんとにどこ行った?」


 昼になっても小春が戻ってこない。


 さすがに少し心配になってきた東弥は、部屋を出て小春を探しに行くことにした。


 ただ、向かった先は見当もつかず。


 とりあえず駅前に行ってパフェの店を覗いたが、いない。


「うーん……」

「あれ、東弥君?」

「あ、一花?」


 小春が寄りそうなところはどこかと、駅前のベンチに腰かけて考え込んでいると一花にばったり。


「今日は一人で何してるの?」

「あ、それがさ、こは……あ、いや、散歩だよ。天気いいし」

「あはは、おじいちゃんみたい。でも、確かに天気いいよねえ」

「そういう一花は?」

「私、今から隣町に買い物行くの。あ、そうだ、よかったら一緒にどう? 一駅向こうなだけだけど結構にぎわってるし。お昼もついでに一緒とか」

「へえ、隣駅行ってみたかったんだよな。それじゃ俺も……あ、いや」


 一花と隣町へお出かけというのは、予期せぬ楽しいイベントとも思ったが。


 小春のことを気にしながらのデートでは申し訳ないだろうと、その誘いを断ることに。


「ごめん、そういやこのあと用事だったんだよ」

「あ、そうなんだ。ううん、急に誘ったしごめんね。ええと、また甲賀さん?」

「いや、あいつがいまどこで何してるかなんて知らないよ」

「そう……うん、それじゃまたね東弥君」


 一花が駅へ向かっていく。


 その姿を見ながら、惜しいことをしたもんだと東弥は悔いる。

 そしてまた、小春への怒りが増す。


「……ほんと、あいつのせいで何もかもがうまくいかん。大人しく俺の護衛してろって、説教だな」


 東弥は一度家に戻ることにした。


 さすがに忍びのはしくれとして、誘拐されたりなんてことはないだろうと。


 そのあたりについては小春の実力を信用して疑わず。


 彼女の帰りを家で待つことにした。



「んー!!」


 小春は誘拐されていた。


 ガムテープで口を塞がれ、椅子にロープで括りつけられて監禁。


「ん、んん-!! んー!」


 必死に声を出すも誰もこない。

 暗い倉庫のような場所。

 ただ、ここにどうやって連れてこられたのか、覚えていない。


 今朝、東弥より先に起きた小春は駅前に新しくできたという肉まん屋に行こうと家を出た。


 しかし、財布の中に五円しか入っていないことに気づき絶望していたところ、綺麗な女性に声をかけられた。


「あら、お金ないの? だったら私が買ってあげるわよ」


 知らない人からものをもらうな。

 これは常識であるが、小春に常識などない。


 買ってくれるならありがたく頂戴する。

 それが山育ちの貧乏な小春の処世術。


 そして、おめおめと女性について行った辺りから記憶が現在まで飛んでいる。


「……んんんんん?(あの女が)」

「あら、目が覚めたんだ」

「ん!」


 記憶を整理していると人が来た。

 

 綺麗な、女子大生くらいの女性だ。


 そして、独特の気配がすることを小春は察知した。


「小春ちゃんってあんたね。東弥様に寄りつく害虫め」

「……ん、んん?」

「あら、言いたいことがあるのね。いいわ、外してあげる」

「いてっ……あ、あなたは一体」

「私は東弥様のガーディアンよ。あなたと違って本物の」

「……かーで、がん?」

「……護衛よ。あんた、頭悪いのもしかして?」

「し、失礼ですよ。だいたいあなた、誰なんですか?」

「私は環季。東弥様の父、玄弥様に雇われた忍びよ」

「忍び……」


 自分以外の忍者を初めて見た小春は、こんな状況なのに少しワクワクしていた。

 随分と美人だし、どうやら環季も東弥に好意を持っているとわかると、妙な親近感を覚える。


「ねえ環季さん」

「慣れ慣れしいわね。なに?」

「東弥様の好きなもの、教えてください」

「え、何急に? ええと、オムライスよ」

「オムライス……環季さんは作れるんですか?」

「も、もちろんよ。彼の為に食事を十年も作ってきたわけだし、私のオムライスが彼は世界一好きなの」

「世界一……あの、教えてもらえませんか?」

「……は? あんた何言ってんの?」

「お、お願いします! 私、東弥様に好きになってもらいたいんです! だからオムライス教えてください!」

「いやいや、あんた監禁されてるってわかってる? あなたがいると邪魔なのよ。邪魔ものに塩送るやつがどこに」

「やだ! オムライス教えてくれないなら、環季さんにいじめられて酷いことされたって東弥様にチクってやる!」

「な、なによそれ。ていうかできるわけないでしょ、その状況で」

「できるもん! むんっ!」


 小春は、忍術を使った。


 胸に忍ばせた紙飛行機がふわり。

 そのまま、奥の高い窓から飛んでいく。


「あれに書いた」

「い、いつの間に?」

「私の忍術。ねえ、東弥様にあの手紙届いたらどう思うかな? 東弥様、いじめする人嫌いなの、知ってるよね?」

「ぐっ……お、教えたらあの手紙は取り下げるのね?」

「うん。だからほどいて。あと、オムライス教えて」

「……わかったわ」


 なぜか。


 監禁していた小春の縄を解く羽目になり、更にはこの倉庫の隣の部屋で料理教室が始まる。


「ワクワク! 環季さん、メモの準備できました」

「……」


 一体どうしてこうなったと。


 環季は頭を抱えながらフライパンを火にかけた。

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