第14話 ちょっとだけだから

「なんだそれ? 無理に決まって」

「寝るだけです! 添い寝、添い寝だけ! お、お願いします!」

「……」


 一緒に寝る、というのはつまり同衾するということ。

 もちろん今でも一つ屋根の下で寝ている事実は変わらないが、同衾となればまた話が変わる。


 だからもちろん躊躇うわけだが、小春の願いは止まらない。


「い、一緒に誰かと寝るのが夢なんです。それが東弥様だったらいいなって、ずっと思ってて」

「今だって一緒の部屋で寝てるようなもんだろ」

「あんなの一緒に寝たうちに入りません。一緒のお布団に入って、向かい合って笑いあいながら「おやすみ、ちゅっ」ってするのが私の」

「キスしてる時点でただの添い寝じゃねえなおい」

「さ、先っぽだけ! 先っちょだけでいいから!」

「どこで覚えたんだよそんな言葉!」

「そ、祖父がそう頼めば案外願いが通ると」

「どんなじじいなんだよそいつは……」


 呆れながら東弥は、何の話をしてたのかもわからなくなりつつ。


 本題に戻る前にめんどくさくなって、言ってしまう。


「あーもうわかった。寝るだけだぞ」

「……ほんとですか?」

「そのかわり指一本触れるなよ。あと、先に起きておくこと。わかった?」

「わ、わかりました! ありがたき幸せです! 早速薬局行ってきます!」

「何しにいくんだよ。寝るだけだって言ってるだろ」

「は、はひ!」


 小春は興奮していた。

 顔は真っ赤、耳まで真っ赤、鼻息は荒い。


 言ってみたものの大丈夫なのかと心配になりながらも、東弥は一度言ったことをすぐになかったことにするなんて卑怯な真似はしたくないと。


 覚悟を決めて布団へ向かう。


 小春も、一緒に布団に入る。



「ほほう、同衾とは順調なり。ここで一発当てて子を身ごもれば我が甲賀の復興も間近というわけじゃ。頑張るんじゃぞ、小春」


 約二十キロ離れた山の上から。

 いそいそと同じ布団に入っていく東弥と小春の姿を開いた窓の隙間から覗く太助。


 双眼鏡もなにもなく。

 目を凝らせば百キロ先の人の顔のしわまではっきり見えるチート能力を駆使してその行く末を見守っていると、後ろから気配がする。


「甲賀殿、いよいよですな」

「ほほ、玄弥様。この度は愚女を大切な跡継ぎであられる東弥様の初めてに選んでいただき感謝する」

「なにをなにを。他所のいい加減なおなごにかどわかされ、よからぬ遊びを覚えてしまったのでは元も子もない。小春殿のようなかわいらしい子とその時を迎えられて東弥も本望ぞ」

「よからぬ遊びとは、先日仰っていたはあれむというものですかの?」

「うむ、それ以外にも色々調べたところという、人の伴侶を横取りするのが趣味という鬼畜な所業まで、流行っておるとか」

「なんと奇怪な響きな上に鬼畜の極み。そのような外道、打ち首にして晒してやらねばならぬぞ」

「今の世の中は随分と平和になったが色恋においては少々乱れた世だ。東弥が純粋に小春殿と添い遂げることを祈っておる」

「ありがたき幸せ。では玄弥様、このあと一杯いかがかな? よい店があるのじゃ」

「ほう、よい店とな」

「指名料割引サービス券を持っておるから、今日は大船に乗ったつもりでいてくだされ」

「はは、よいのよいの。それではうたげと参ろうか」

「わははは」

「ふははは」



「くしゅんっ!」

「ど、どうなされました東弥さま? もしや先ほどの店のパフェに毒が」

「盛られてたら一花死んでるだろ大事件だって。いや、なんか寒気が」

「それでは小春の肌であたためてさしあげて」

「結構です。触れない約束はどこ行った」

「……左様ですか。では、お体にご自愛ください」


 ことあるごとに迫ろうとしてくる小春を制止して、東弥は目を閉じる。


 真っ暗な部屋の中で、目を閉じると隣にはっきり感じる気配。


 小春がそこに寝ているという存在感。


 はっきりと、それがわかると落ち着かない。


「……」

「東弥様、もう寝ました?」

「まだ、だけど。話してると寝れないだろ」

「触るなとは言われましたが話しかけるなとは言われてません。あの、少しお話しませんか?」

「何についてだよ」

「ええと、子供の名前とか」

「却下だ」

「え、ええとそれなら……将来買うおうちのこととか」

「それも却下。あのな、そんな話するなら寝るぞ」

「そ、それでは東弥様の理想の女性像とか」

「……マシな質問になったけど、聞きたいかそんなの」

「はい、私は東弥様の理想に近づけるように努力いたすおつもりですが、目指すべき場所がわからなければ努力のしようもないので」

「……静かで、空気が読めて自分に厳しい子がいいかな」


 東弥は嫌味のつもりでそう言った。


 うるさくて、空気が読めなくて自分に甘い。


 そんな小春を揶揄するつもりで言ったのだが、なぜか小春は納得したようで。


「そうですか。では、私は寝ます。おやすみなさい、東弥様」

「お、おう。おやすみ」


 聞きたいことが聞けて満足。


 そんな様子で小春は、さっさと目を閉じる。


「……すやあ」

「もう寝たのか? 全く、子供みたいなやつだ」


 東弥は、あどけない寝顔を見て呆れる。

 おそらく、こういう子供っぽいところが、小春に色気を感じない要因なのだろうと。


 思いながらも、なぜかドキドキしていたことを自覚する。


 ただ、これは単に同じ布団で寝て距離が近いだけだからと。

 

 言い聞かせるようにして、東弥もまた、目を閉じた。

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