第12話 きゃぴきゃぴがお好きですか?

「大丈夫か小春?」


 声をかけると、さっきまで女子に囲まれていたのが怖かったのか、小春の目に涙がじわっと滲む。


「東弥様……だ、大丈夫です。すみません、忍びの癖に弱くて」

「誰でも集団で襲われたら弱いもんだよ。でも、もう少しお前も態度を改めないと敵ばっか作るぞ」

「……だって、男の人はきゃぴきゃぴした女の子らしい子が好きだと」

「誰情報だよそれ」

「祖父です」

「……」

 

 祖父、若いな。

 と、くだらないことを考えてしまったあと、東弥は気を取り直す。


「と、とにかく今時はそういう女子は流行らないの。大人しい子の方が好きなもんさ」

「じゃあ、東弥様は黒川さんとかみたいなギャルはお嫌いですか?」

「ギャルなのかな一花って」

「あ、ああいうウェーイみたいなノリの女子はみんなギャルです!」

「一回もそんなノリ見たことないけど。まあ、そういううるさい女子なら苦手かな」

「そ、それではお淑やかで半歩後ろを歩いて主人に実直に仕える黒子などは」

「急に具体的だなおい。まあ、ほんとにそいつがお淑やかなら惚れるかもな」


 東弥は皮肉のつもりでそう言った。

 ただ、小春には皮肉とか頓智の聞いた話とか、そういう類は通じない。


「ほ、ほれる? 東弥様、それって」

「言っておくけどお前に惚れてはないからな」

「しゅん……」


 それに気づいて東弥もすぐにストレートな言葉で否定した。

 しかし落ち込む小春は今日はすぐに食い下がる。


「だ、だったらどうして私の為に怒ってくれたのですか?」

「そ、それはまあ、どんな理由でも人を殴るやつは許せないし」

「でも、私なんかを庇ったら東弥様の理想とする学校生活に支障が出るのではないですか?」

「そうわかってるなら、俺が庇わなくてもいいようにおとなしくしてろ。わかった?」

「……はい」


 また、少し拗ねた様子で小春は渋々返事をして。

 そのあと、静かに姿を消した。


「……全く、俺もらしくないことをしたな。なんであんなにムキになったんだろ」


 教室に戻るのが少し怖かった。

 さっき説教した女子たちから変な目で見られるんじゃないかと、心配だった。


 ただ、新庄家の人間を怒らせてしまったという事実の方が彼女たちには大きなことだったようで。


 すぐに数人の女子が謝りに来た。


「新庄君、ごめんなさい。私たち、もう絶対変なことしないので」


 嫌われたくない。

 新庄家の人間に目をつけられたら困る。


 だからみんな、少しでもまずいと思ったら自分にすぐ謝ってくる。


 ただ、それも東弥の中では少し違うだろ、と。


「謝るのは俺じゃない。小春にちゃんと謝れ、わかった?」

「う、うん」


 ちゃんと筋を通す。

 東弥にとっては当然のことというつもりだったが。


「ねえ新庄君、甲賀さんとはどういう関係なの?」


 他の人間からすれば当然、そんな話になる。


「え? いや、別に俺と小春は」

「だって、小春小春って呼び捨てだし、なんか甲賀さんのことになると新庄君、やけにムキになってるというか」

「そ、そんなことないって。ただ知り合いってだけだよ」

「そうなんだ。うん、それじゃ私たち、ちゃんと後で謝っておくから」


 女子たちはそう言って一度席に戻っていった。



 授業開始前に小春は教室に戻ってきていたが、いつ戻ったのかは東弥も気づかなかった。


 この辺りはさすが忍びといったところか。

 しかしそれだけの実力があるならどうして一般人の女子たちに囲まれて逃げることもできなかったのか。


 ただ単にドジなだけなのか。

 それとも何か理由があったのか。


 そんなことを考えていると、どこからかひらりと紙が一枚、東弥の席に舞い込んできた。


「なんだこれ……なになに、『今日の放課後は一緒に帰りましょう』だと?」


 チラッと後ろを見ると小春は机に突っ伏して寝ていた。

 

「……今日は一花に誘われてるからなあ。いや、でも今日くらいはフォローしてやった方がいいのか……ってなんで俺が小春に気を遣う必要があるんだよ。却下だ却下」


 すぐに返信。

 

 紙の裏側に『今日は予定あり。先に帰れ』と。


 その紙を寝ている小春の頭にのせてから先生の話に意識を戻す。

 

 途中、手紙の返事を読んだのか小春が、「むう」と。

 まあ、知ったこっちゃないと思いながら授業を受ける。


 で、そのあとは静かに何事もないまま一日が過ぎていき。


 放課後になったところで一花が東弥のところへやってきた。


「東弥君、パフェの件考えてくれた?」

「あ、そうだった。まあ、腹は減ったし行ってもいいかな」

「よかったあ。じゃあ早速いこっか。放課後、結構混むんだよあそこ」


 そんな話をしている時、東弥ははっと気づいて後ろの席を振り返る。


 というのも、小春にこんな会話を聞かれたらまたあとで何を言われるかわかったもんじゃないと。


 しかしもう、小春の姿はそこにはなかった。


「……ふう」

「どうしたの東弥君。また甲賀さん?」

「い、いや別に。さあ、いこっか」


 いつの間にどこに行ったのかは知らないが、小春の気配は近くにはない。


 また護衛任務とやらを忘れてどこかをほっつき歩いてるに違いないと。

 帰ったらその辺をよく説教してやる、なんて思いながら一花と。


 昨日行ったばかりの駅前へ向かった。

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