第11話 お嫁にいけない
「おやすみなさいませ東弥様、むにゃむにゃ」
「おい、勝手に寝るな」
「えー、だってお腹いっぱいだし」
「お前は俺が寝てから寝るの。約束は守ってもらうぞ」
「むー。わかりましたよーだ」
部屋に戻ってすぐ、布団を敷いて寝ようとする小春を注意して、先に風呂を沸かす準備を整える東弥。
スイッチを押してお湯が溜まるのを待つ間、部屋でテレビでも見ようとベッドに腰かけると床に座ったままの小春がじっと自分を見ていることに気づく。
「なんだよ。気が散るだろ」
「東弥様、さっきから吐き気が止まりません。これってもしかして、つわり?」
「ただの食べ過ぎだバカ。ていうか吐くならトイレ行ってこい」
「う、動けないんです。お腹が苦しくて」
「あーもうわかったよ。連れてってやるからそれまで我慢しろよ」
「はい……うぷっ」
お腹をさすりながら苦しそうにする小春をトイレに連れて行くと、フラフラと中に入っていって扉を閉める。
そして中から「うえー」っと声がする。
聞かないようにと、東弥はさっさと部屋に戻ってテレビのボリュームを上げる。
「全く、食べ過ぎで動けない忍びなんて聞いたことないぞ」
と、呆れているとしばらくして小春がげっそりした顔で戻ってくる。
「もう、大丈夫です……なんか、全部出たら、おなかすきました……」
「食べ過ぎて吐いたのにまだ食べる気か? 今日はもういいから休め」
「え、でも東弥様が寝てないのに」
「俺は風呂に入ってくるから。もういいから寝てろ」
「そ、それってつまり、寝込みを」
「襲わないから変な妄想するな。その代わり朝は先に起きて学校行ってろよ」
「わ、わかりました」
小春は少し嬉しそうに布団を敷いて寝そべると、布団をかけてから「おやすみなさい」と。
東弥はさっさと風呂場へ向かう。
そしてゆっくり風呂に浸かってから部屋に戻るともう、小春はすやすやと眠っていた。
「……大人しくしてたら可愛いのにな」
無垢な寝顔を見て、思わずつぶやく。
可愛くて無邪気で一途。
なんとも憎めない小春だが、しかしそれはまるでペットに抱く感情のようで。
到底彼女やお嫁さんという感じではないだろうと。
東弥もさっさと目を閉じる。
朝、起きた時に小春がいないことを想像しながら。
◇
「にゃーっ!!」
「な、なんだなんだ!?」
朝。
風呂場の方から大きな悲鳴が聞こえて東弥は目を覚ます。
慌てて声の方へ向かうと、寝巻姿の小春がフルフルと震えていた。
「ど、どうしたんだ? 何があった?」
「こ、来ないでください東弥様! わ、私はもうお嫁にいけない!」
「ど、どうしたんだよだから」
「た、体重が増えてる」
「体重?」
「はい……」
見ると、体重計の上に小春が乗っていた。
何キロまでは見えなかったが、しかし昨日食べ過ぎたせいだろうから気にすることはないだろうと、東弥は呆れる。
「全く、そんなことで俺を起こすなよ」
「そ、そんなことではありません。女子には一大事です」
「だったら食べ過ぎるな。太るぞって警告しただろ」
「だって……」
「ていうか全部吐いたんだろ? 案外太りやすい体質なのかもな」
「がーん……それは言わないでください気にしてるんですから」
「気にしてるやつの食事かよあれが。まあ、昨日持って帰ったやつは俺が食べ……あれ? 冷蔵庫のパフェは?」
「あ、さっき食べました」
「……勝手にしろ」
朝から特大パフェを食べたらそりゃ太るだろうと。
東弥はもうそれ以上何も言う言葉が見当たらず。
「さっさと着替えて学校いけ」
とだけ。
そして部屋に戻って着替えて再び洗面所にいくと、もう小春の姿はなかった。
◇
「おはよー東弥君」
一人で家を出て学校に向かっていると、後ろから一花が声をかけてきた。
「ああ、おはよう」
「あれ、今日は甲賀さんと一緒じゃないんだ」
「あいつとはなんでもないって」
「ふーん。ほんとに?」
「何を疑ってるんだよ。あいつが勝手に寄ってくるだけだ」
「そ。ならいいんだけど。ね、そういえば駅前のジャンボパフェプリン知ってる? あれ、今日の放課後食べに行かない?」
「……またかよ」
「え、行ったことあるの?」
「あ、いや……よく最近話題に出るなと」
「すっごくおいしいらしいけど一人だと食べきれないみたいだし。一緒に食べないかなって」
「いいのか? 俺と一つのものをシェアなんて」
「東弥君だからいいの。他の男子だったら絶対お断りだけどね」
一花の言葉に、東弥は明確な好意を感じる。
ここまでまっすぐに自分のことを好きと言ってくれることはありがたいなと思いながらも、そういえばもう一人うるさいくらいに好意をむき出しにしてくるやつがいたなと。
「……なんであいつにはときめかないんだろうなあ」
「ん、何か言った?」
「い、いや。と、とにかく放課後は考えとくから」
「うん、わかった。あ、明日奈だ」
一花は皆実を見つけると、東弥を置いてさっさとそっちへ走っていった。
こういうさっぱりしたところも一花の魅力だなあと東弥はしみじみ感じながら、楽しくしゃべる二人を後ろから眺めるようにゆっくりと学校へ向かう。
ただ、正門前で少し厄介なことになる。
「は、離してください。なんなのですかあなたたちは」
「調子乗ってんじゃないわよ。何がコパルンよ、ぶりっ子め」
「そうよそうよ、それに新庄君に付きまとうの辞めたら? 今、一花といい感じなんだからね」
女子数人に小春が囲まれていた。
耳のいい東弥は会話を聞いてすぐにどういう用件か理解する。
そして、東弥の姿を見つけると小春に絡んでいた女子たちが目の色を変える。
「あ、新庄君! あのね、この迷惑な子を少し叱ってたの」
「この子ったらなんか新庄君のストーカーみたいだし、しつこくするなって注意してただけなの」
決していじめていたわけではないと。
言い訳っぽく取り繕う女子たちを見て、別に女子同士のいざこざに首を突っ込むつもりはないとそのままやり過ごそうとした東弥だが。
小春がうっすら泣いていて、更に頬がたたかれたように赤く腫れているのを見つけてしまった。
「……手、出したのか?」
東弥が女子たちに詰めると、一人が我慢しきれず「だ、だってこの子が言うこと聞かないから」と。
その言葉に東弥はキレた。
「おい、もめるのは勝手だけど女の顔殴るってどういう了見だよ。そういう女、嫌いだから。二度と小春に手出すな」
小春の腕をグイっとつかむと、「行くぞ」と東弥は小春を連れていく。
東弥に怒られた女子たちはその場に固まってしまったまま。
そして校舎の裏まで来たところで東弥は小春の手を離した。
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