第10話 いっぱい食べるの

「えへへ、どうですか東弥様」


 白のワンピースに着替え、ほんのり化粧を施した小春が嬉しそうな笑顔で部屋から出てくると、玄関先がふわっと華やかな香りに包まれた。


「あ」

「どうしました?」

「い、いや別に。じゃあ、行くぞ」

「はい、お供いたします」


 普段はガサツな寝相やおっちょこちょいな姿ばかり見せられてたせいで女子として意識するのは到底難しいと思っていたが、しかしこうして改めて身なりを整えた小春を見ると、やはり自分のタイプど真ん中ストライクであることに東弥は気づく。


 かわいい、そしてきれい。

 忍びの者だからか姿勢もよく、小柄な体なのにスタイルもよく見える。


「……」

「東弥様、どうかされました?」

「なんでもない。早くいくぞ」


 今の小春を見ていると、うっかり変な感情がわいてきそうだと。

 必死に目を逸らす東弥に対して小春は遠慮なくその色気をばらまく。


「ね、どうですか新しい香水なんですけど。いい香りですよね」

「……まあ」

「私、いつも祖父に言われて自分の匂いを消すためにと土にまみれたりしていたので、こういうの憧れてたんです。東弥様のおかげです」

「別に俺は何もしてないぞ」

「いえ、下山したいと申し出た時に祖父が、忍びの力を発揮できる仕事に就くなら構わないとおっしゃっていただいて。そのあとすぐ、新庄家の護衛の話を見つけまして。これも何かの運命ですね」

「運命、ねえ」


 夜道を二人で歩きながら、運命というよりもはや呪いだと東弥は頭を抱える。


 東弥にとっては、新庄家の嫡男として生まれたことも忍びの家系であることもまた、昔からの悩みでしかなかったからだ。


 贅沢な悩みとはわかっているが、異常なまでに足が速く跳躍力に長け、全力を出せば日本陸上界を根底から覆すようなことになりかねない自身の能力も人並み外れすぎて嫌だったし。


 新庄家の発言一つで小国が一つ消し飛ぶとまで言われる影響力も、はっきりいって迂闊なことができなさすぎて窮屈以外の何ものでもなかった。


 だからそんなしがらみを取っ払おうと一人暮らしを切望したのに。

 よりによってやってきた護衛までが忍びとは。

 

 小春がいることで、自分が忍びであることも金持ちの息子であることも忘れられずにいる。

 結局何かに縛られたままだ。


 早くどうにかしないとな、と。

 思ったところで目的の店の前に来た。


「ここか」


 暗くなった駅前で唯一明かりが灯った店の中は、夜の八時過ぎというのに多くの客でにぎわっていた。


「ほんとに流行ってるんだな」

「早速入りましょ。売切れたら大変です」


 慌てる小春に東弥はゆっくりついて行く。


 店に入ると、すぐに二人掛けの席へ案内される。


「ご注文はお決まりですか?」


 と、店員が聞くと「ジャンボパフェプリンを三つ」と小春。


「おい、なんで二人なのに三つも頼むんだよ」

「東弥様、私が三つ食べるからですよ」

「いや、俺の分はないのかよ」

「あ、そうでした。じゃあ四つ」


 そう伝えると、店員は驚きながら「かなり大きいですが大丈夫ですか?」と。


 しかし食い気味に「ノープロブレム」と小春。

 それを見て店員も頭を下げて奥に下がった。


「やれやれ、お前絶対将来太るだろ」

「失礼なこと言わないでください。ちゃんと日々の修行で運動は欠かしませんから」

「修行とダイエットを一緒にするなよ。あと、若いうちはいいけど年取るとそうもいかないぞ」

「東弥様はどうして小春の将来を心配してくださるのですか? はっ、もしかして小春と生涯添い遂げるおつもりで」

「んなわけあるか。別に心配してないけど後悔しても知らないぞって話だ」

「むー。いいもん、いっぱい食べるんだもん」


 話を聞いてたのかと呆れていると、やがて特大のパフェが四つ席に運ばれる。


 背の高い、一人前ですら数人で分け合って食べるようなボリュームのそれは新庄家でも見たことがないほど立派なスイーツ。


 一個千円という値段も破格だ。


「しかしこれを全部食べるのか? 無茶だろ」

「ふふふー、舐めないでください。私は日頃より胃腸も鍛えているのです。大食い選手権とやらがあればおそらく世界一も夢ではありません」

「ふーん。ま、残さず食えよ」

「もちろんです。いただきまーす」


 がつがつと勢いよくパフェを食べ始める小春を見ながら、東弥もゆっくり自分の分を一口。


「……うまっ。なんだこれ、めっちゃうまいじゃん」

「でふぉ。ふぉふぉのふぁふぇはひょういひふうなんでふひょ」

「何言ってるかわからんから食べながらしゃべるな」

「ふぁーい」

「ったく」


 礼儀や作法も厳しく教わって育った東弥からしてみれば、前のめりで口周りいっぱいにクリームをつけてパフェを頬張る小春の行儀の悪さが目に付いて仕方がない。


 ただ、こうしていると自分が御曹司であることを少し忘れられる。

 小春が固い人間でなくてよかったと、少し表情を緩めながらゆっくり食べ勧めていくと、半分くらい食べ終えたところで小春が二個目のパフェに手を付けていた。


「……げふっ」

「おい、もしかしてお腹いっぱいなのか?」

「そ、そんなことありません。私は大食い選手権とやらがあれば日本一だって夢じゃありません」

「さっきよりスケール小さくなってるぞ。無理しなくても、食べれないなら」

「東弥様にご馳走になった品を残すなんて、それこそ従者の恥です。残すくらいなら東弥様のお子を孕んで母親になります」

「ただのお前の願望じゃねえか。勝手に俺に抱かれるな」

「へへー。とにかく、もう少しで食べ終えるので待っててくださいね」

「ったく」


 鼻先にまでクリームをつけて笑う小春をどこか憎めず。

 東弥は自分もおなかがいっぱいになりながらも、確かに目の前の食事を残すなんて無礼な真似は店に失礼だからと、踏ん張ってパフェを食べきる。


「ふう。これ一つでどれだけカロリーあるんだよ。なあこは……る?」

「うぷっ……ま、負けるもんですか。私、絶対に負けません!」

「おーい」


 何と闘ってるのかさっぱりだが、小春は目の前のパフェをにらみつけながら二個目を完食。

 

 そしてもう一つ。

 まっさらなパフェを前にして顔を青くしていた。


「もう甘いのやだよう……食べれないよう……」

「だから無理するなって言ったのに」

「だ、だっておいしそうだったから」

「でも残すのは確かに失礼だからな。あの、すみません」


 東弥は店員を呼ぶ。

 そして、残った一つのパフェを持って帰らせてくれと頼む。


 すると、後日器を返却してもらえるならということで、ラップしてもらいパフェを一つお持ち帰りすることになった。


「はあ。こんなでっかいパフェを持ったまま帰るなんて恥ずかしいったらありゃしない」

「すみません東弥様、私のせいで」

「いいよ別に。冷蔵庫に入れておけば明日の朝でも食べれるだろ」

「はい。それではこれは私がもちま……うっ」

「お、おい大丈夫か?」

「動けません……お腹がいっぱいでふ……」


 店を出たところでへたり込んでしまった小春は、ビクともしない。

 しかし夜にフラフラな少女を連れてるところなんて見られて変な噂を立てられでもしたら、それこそ新庄家の名に傷をつけることとなりかねない。


「……まったくドジな忍びだなおい。ほら、乗れよ」

「え、東弥様がおんぶを?」

「仕方ないだろ。早く帰りたいし、置いて帰るわけにもいかんだろ」

「東弥様……きゅん」


 結局、パフェも小春も東弥がもつことになった。


 あれだけ食べた割には軽い小春を背負うと、ほんのり背中からぬくもりが伝わってくる。


 そういえば、こうして女子の体に触れるのは初めてだなと。


「……」

「東弥様、どうなされました? 小春は重いですか?」

「い、いや。とにかく帰るからじっとしてろ」

「はい。東弥様、しゅき」

「……」


 こんなドジなやつを誰が好きになるかと。


 彼女のぬくもりを感じないように意識を前に集中させながら東弥は。


 いつになく早足で家路についた。

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