第9話 そこにあったから

「くんくん」


 甘い香りに誘われて、拗ねて裏の公園で時間をつぶしていた小春が部屋に戻ってきた。


「東弥様、また寝てる。ちょっとこの部屋に眠気薬撒きすぎたかな?」


 小春は普段より安眠のため、眠気薬の粉末を部屋に微量撒いて寝ている。

 そうしないと、過酷な修行のせいで物音ひとつで条件反射的に起きてしまうため。


 それが護衛の務めであり、寝坊するまで熟睡していることがはっきりいって職務怠慢だという自覚はない。


「……これは、コンビニのデザートではないですか」


 すぐに甘い香りの正体を突き止める。

 嗅覚も動物以上の小春は、すぐにシュークリームの存在を確認すると、袋から取り出す。


「二つも……もしかして東弥様って、私が甘いものに目がないと知ってこれを? やだ、そんなことされたら私、子宮がきゅってなっちゃう」


 勝手な解釈で盛り上がる小春は、目の前のデザートが自分のためのものと信じて疑わない。

 

 なのでまず一つ。

 袋から取り出すと、大きな口を開けてぱくり。


「んー、おいひい。ほっぺが落ちそう」


 生クリームとカスタードの両方が入ったそれは、ちょうどいい甘さを口いっぱいに届けてくれる。

 そしてあっという間に一個食べ終えると、すかさず二個目へ手が伸びる。


「あーん」

「あーんじゃねえよ」

「あ、東弥さま?」


 東弥が目を覚まして、小春の腕を掴んで止める。


「何勝手に食ってんだ」

「え、だってここに甘いものがあったから」

「そこに山があったから、みたいな言い方してもダメだ。俺のものを勝手に食うな」

「だって、小春は甘いものが大好きなのに……」


 しょぼん。

 小春はまた、落ち込んでしまう。


 それを見て、寝起きながら東弥は何のためにそれを買ってきたのかを思い出す。


「……まあ、一個はお前用だったからいいんだけど」

「え、それって」

「勘違いするなよ。一人だけうまいもん食べてるなんて嫌味な真似、したくなかっただけだよ」

「東弥様……きゅん」


 小春は、口にクリームをつけたまま東弥をキラキラしたまなざしで見つめる。


「東弥様……しゅき」

「な、なんだよ大袈裟だな。口にクリームついてるぞ」

「拭いてくださります?」

「なんでそうなる。自分で拭け」

「え、そこは東弥様の熱いキスでぺろりと」

「しない。ていうかお前がもってるのは俺の分だ。返せよ」


 すかさずシュークリームを取り上げると、小春は「あ」と声を上げてから東弥を悲しそうな目で見つめる。


「……」

「な、なんだよ。一個食べたんだろ?」

「甘いものは別腹なので、いくらでも食べたいです」

「太るぞ」

「鍛えてるので大丈夫です」

「知らんそんなこと。とにかくこれは俺が」

「じー」

「……あーもうわかったよ。半分やるからそれでいいか?」

「え、いいんですか?」

「不本意極まりないがな。ほら、食べろよ」


 シュークリームを半分に分けると、少し大きくちぎれた方を小春に渡す。


「東弥様……やっぱり優しいですね。きゅんきゅんします」

「ていうか、今日はどこに行ってたんだ? 俺の護衛と監視なんだから勝手な行動はとるなよ」

「もしかして、小春の身を案じてくれて」

「ない。仕事放棄したらクビだって話だよ」

「そ、そうですか……では、小春は決して東弥様のそばを離れませんので」

「それはそれで困るけど。まあ、とにかく邪魔はするな。言うこと聞いてくれてたらまた、甘いもの買ってきてやるから」

「はい! 絶対邪魔しません!」

「どうだかなあ……」


 甘いものにつられてるだけの小春の態度に不安しかない東弥だったが、彼女が扱いやすい人間だったということには安心した。


 とりあえず困ったら甘いものをちらつかせよう。

 早速、得た知識を活用する。


「じゃあ、今日は一人でゆっくりしたいから」

「ええと、それでは私は先にベッドで寝て待ってたらいいですか?」

「意味がわからん。下がってくれと言ってるんだ」

「え、でもせっかく東弥様の御好意によって私の子宮が妊娠体制に入っているのに」

「よくわからん言葉を作るな。頑張ったら明日も甘いもの、買ってやるから」

「じゃあ私、駅前のジャンボパフェプリンが食べたいです!」

「な、なんだそれは」

「えー、有名なんですよ? ね、そこに連れてってください」

「い、いや連れて行くのはちょっと」

「じゃあやだ。ここから動かないモーン、ぷーん」


 小春がそっぽを向いて拗ねた。


 完全に舐めてるなと、東弥はつまみ出そうか考えたが一度間を開ける。

 またぐずぐず言われたら面倒だ。

 しかし、今日こそは一人の時間を満喫したい。

 となれば、


「今からいくか?」


 そう、結論付けた。


「え、今からですか?」

「ああ、今ならもう遅いから、同級生に会う心配もないだろ。まあ、店がやってたらの話だけど」

「あ、お店は夜の十時までなので大丈夫です。定休日はありませんし」

「……そ。じゃあ、準備しろ」

「わーい、それじゃ少しだけ待っててください」

「いや、早くしろよ」

「女の子はお出かけに準備が必要なんですって」

「じゃあ三分間待ってやる。早く済ませ」

「バルス!」

「……」


 案外ノリがいいなと思いながら東弥は部屋を先に出る。


 そして待つこと二分少々。


 確かに三分以内に小春は準備を済ませてやってきた。

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