第8話 あの子が気になる?
「東弥様の嘘つき」
東弥と一花が一緒に教室に入ると、目の前に小春が現れた。
拗ねた顔で、東弥に詰め寄る。
「な、なんで小春がここに?」
「クラスメイトだもん」
「そ、そうじゃなくて、お前は寝て……」
寝てたじゃないか。
そう言いかけて口をふさぐ。
隣に一花がいる状況でそんなことを言えば、どうして小春が寝坊したのを知ってるのかと当然ツッコまれて話がややこしくなる。
「東弥様、私の移動速度を舐めないでください。悠長に女の人と歩いてる東弥様くらいあっという間に追い越せますから」
両手を腰に当て、怒った様子の小春を見て一花は不思議そうに首をかしげる。
「ねえ新庄君、小春ちゃんとはどういう関係なの? 東弥様って」
「あ、ああこいつが俺のことを皮肉ってそう言ってるだけだよ。御曹司だからって、様付けで呼んで楽しんでるだけ」
「あ、そうなんだ。でも、東弥様っていいね。私もそう呼ぼうかなあ」
「や、やめてくれよ黒川さんまで」
「こら東弥様、話は終わってませんよ」
「小春、わかったから今は」
「キス」
「だーっ!」
キスのあと、何を言おうとしたのかはわからないが東弥は全力で小春の口を塞ぐ。
「お、お前変なことは言うなよ」
「もご、もごもごもごっ!(まだ、いってません!)」
「言ったらクビだからな、わかったか?」
「もごっ(こくっ)」
「ふーん、二人って仲いいんだね」
その様子を見て、一花がつぶやく。
「あ、いや違うだよ黒川さん。小春は」
「小春、か。ねえ新庄君、私のことも、一花って呼んでくれる?」
「え?」
「黒川さんって、なんか他人行儀じゃん。ね、いいでしょ?」
「う、うん」
「じゃあ早速。せーの」
「い、一花?」
「ふふっ、いい感じ。じゃあまたあとでね、東弥君」
下の名前で呼ばれて、東弥は少しドキッとする。
その様子と、ニコニコしながら去っていく一花を見ながら小春は「むう」と頬を膨らます。
「東弥様の浮気者」
「何がだよ。俺、誰とも付き合ってないぞ」
「でも、何人もの女性に同時に手を付けるのは浮気者の証拠です。名家の御曹司たるもの、品格も重要だと思いますが」
「へそ出していびきかいて寝てるやつに品格どうこうといわれたくはないけどな」
「むう。それではあの黒川という女がお気に召したんですか?」
「いや、まだ知り合ったばっかだから何もわからないけど。まあ、可愛いしいい子だとは思う」
「……小春は?」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。では」
少し悲しそうに小春は背中を丸めて席に戻っていった。
そのあと、授業が始まってしばらくしてから小春の席を見ると、いつの間にか彼女の席には身代わり用のかかしが置かれていた。
「あいつ……早退してどこ行ったんだよ」
ちなみにかかしは見る人が見ればすぐにダミーとわかるが、特殊な忍術が施されており、先生からはそこに小春が座っているように見えている。
時々かかしに向かって話しかける男子は、何も返事をしてくれないことにがっかりしながら。
東弥はそんな様子を見ながらも小春を探すこともなく。
放課後。
また、東弥のところへ一花がやってきた。
「やほ、東弥君。一緒に帰ろ」
「あ、そういえば。いいよ、かえろっか」
「東弥君、さっきからずっと甲賀さんのこと見てた。なんか妬けちゃうなあ」
「そんなことないって。よく絡んでくるから迷惑だなって」
「でも、甲賀さんは絶対東弥君のこと好きだよね。ああいうストレートなの、嫌い?」
「……どちらかといえば苦手かも」
東弥は小春との最近のやりとりを振り返りながら、ため息をつく。
自分を好意的に見てくれている事実は憎めない部分だが、いちいち重いし仕事はできないどころかむしろ迷惑ばかりかけられている。
可愛いからといって、そんなトラブルメーカーを好きになるなんてことはないだろうな、と。
一花の方を見ながら勝手に納得する。
「一花みたいな子の方が俺はいいかな」
自然と、そんな言葉が出る。
当然、一花は照れる。
「も、もう……東弥君ってそういうことサラッと言えちゃうんだ」
「あ、ごめん。いや、小春と比較すりゃそうだなって」
「う、うん。でも、そう言ってくれて嬉しいな。ね、帰りにコンビニ寄らない?」
「ああ、いいよ。俺も、ちょっと食べたいものあるし」
一花と二人で学校を出て、向かったのは今朝寄ったコンビニ。
すると、今朝知り合ったフリーターの朱里が東弥達を見つけて寄ってくる。
「あ、新庄君どうも」
「朱里さん、こんにちは」
「彼女? いいなあ、青春だねえ」
「いえ、同級生ですよ。仕事あがりですか?」
「今日は友達と約束あって。じゃあ、ゆっくりねー」
朱里がエプロンを外しながら奥に下がっていくと、隣で一花がにやっとする。
「東弥君って隅に置けないね。美人な知り合いばっか」
「今朝、たまたま話しただけだよ」
「ふうん。でも、名前まで知ってるなんて随分仲いいなって思っちゃうじゃん」
「まあ、自己紹介くらいはね。それより一花、俺、コンビニスイーツを買いたいんだけどおすすめとかある?」
東弥はあまりこれ以上朱里との話を掘り下げられたくもないので、本題に戻す。
「うーん、シュークリームはいつも買うかな。結構甘めだけど」
「甘いのは好きだから大丈夫だよ。じゃあそれを……うん、二つ買おうかな」
「えー、二つも食べたら太るよ?」
「いいんだって。俺、太りにくいから」
買い物かごにシュークリームをとる時、なぜか東弥の頭に浮かんだのは少し落ち込んだ様子の小春の顔。
どうして今になって彼女のことを思い出すのかと、東弥は呆れたが。
どういうわけかは知らないが、機嫌を損ねたままだと何をするかわからないからという言い訳をつけて、小春の分までシュークリームを買って店を出た。
「一花は家この辺だっけ?」
「うん、すぐそこ。今日は楽しかったよ、また明日ね東弥君」
「ああ、また」
コンビニを出てすぐ、一花はかえっていった。
それを見送ってから東弥はさっさと家に戻る。
そして、家の中に入ると誰の気配もなかった。
「……どこで油売ってんだよ」
イラっとしたのは別に帰った時に出迎えてくれないからとか、そういう話ではなく。
従者として、護衛として、主人から離れて行動していては職務怠慢だろうと。
「ま、別に静かだからいいけど」
東弥はそのまま、部屋のベッドに寝転がる。
机においたシュークリームを二つ見ながら、先に食べようかとも思ったりしたけど。
「ま、帰ってから一緒に食うか。あいつも気を遣うだろうし」
そういって、目を閉じる。
まだ慣れない一人での生活と、普通な日常に少し疲れたのか。
そのまま、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます