第7話 その指についたのは

「じゃあ、今度こそ寝るから。おやすみ」

「おやすみなさい、東弥様」


 ピザを食べ終えて、東弥は歯を磨くとそのまま布団へ。


 そして小春が姿を消したのを確認して電気を消す。

 

「はあ……なんか思ってたのと違うなあ」


 思い描いた青春とはかけ離れた私生活にため息をこぼしながら。

 でも、明日からはまた楽しい学校生活が待っているはずと、切り替えるように目を閉じて。


 やがて東弥は眠りについた。



「……ちろり」


 夜。

 東弥が熟睡したのを確認してから、小春はクローゼットの中から姿を現す。

 ただ、今日はさすがに怒られたばかりなので東弥にいたずらをするのは控えようと。


 見ないようにしながら布団を敷いて、横になる。


「……東弥様はああいうギャルがいいのかなあ」


 今日の放課後、東弥が一緒にファミレスに行っていたクラスメイトたちのことを思い出して小春は少し落ち込む。


 二人ともかなりの美人だった。

 そして東弥を前にしても堂々としたもので、あっという間に溶け込んでいた。

 しかもそのうちの一人は、明確に東弥に好意を持っているようだったし、東弥もまんざらでもない様子だった。


「……なんかムラムラ、じゃなくてメラメラしてきた」


 嫉妬心が芽生える。

 もう、ここでいっそのこと東弥を襲ってもう一度キスして既成事実をなんてことが頭をよぎるが、さすがにそれはリスクが高いと諦める。


 でも、考え事をしていると眠れなくなり、小春は一度体を起こして暗闇の中で目を凝らし、ベッドに眠る東弥を見る。


「……寝顔、きゃわいい」


 バレないように、東弥の顔に手を伸ばし。

 唇をそっと指でなぞる。


 そして、その指を咥える。


「……東弥様の唾液、毎日飲んでたら妊娠できるかな」


 小さくつぶやいて、指を咥えたまま布団にもぐる。


 そのあと、目を閉じて精神を落ち着かせてから。

 そのまま眠りにつく。



「……また寝てるよこいつ」


 朝、目が覚めた東弥の目に飛び込んだのは寝相悪くグーグーと眠る小春の姿。

 ピンク色のかわいいパジャマに、三角のナイトキャップまでかぶってるその姿を見て、朝からため息が出る。


「はあ……やる気あんのかなこいつ。やっぱり出て行かせた方がよかったかも」


 などと愚痴りながらも、歯磨きをして洗面所で自分の顔を見ながら切り替える。

 終わったことは引きずらない。

 これは昔から徹底してる新庄家の家訓の一つ。

 それに、どうしても気に入らないなら、今度こそ心を鬼にして放り出してやる。


「ま、起こす理由もないか」


 さっさと着替えて一人先に部屋を出る。


 少し早めの登校にも、ちゃんと理由があった。


「いらっしゃいませ……あ、昨日の学生さん」


 昨日立ち寄ったコンビニに、今日も朝食を買いに寄ったのだが、期待通り昨日のきれいな店員がレジに立っていた。


「おはようございます広瀬さん」

「おはよう。今日もチキン買っていくの?」

「いえ、今日はサンドイッチを買ってみようかと」

「じゃあ、この新作がおすすめだよ。はい、どうぞ」


 わざわざレジから一度出て、商品を持ってきてくれる丁寧な対応に東弥は感動する。

 それに朝のコンビニ店員と仲良くなるなんて展開は、まさに自身が望んでいたもの。

 これこそが青春だと、拳をぐっと握る。


「じゃあ、カードで」

「高校生なのにカードなんてリッチなんだね。ねえ、君の名前は?」

「新庄東弥って言います」

「新庄……え、もしかしてあの?」

「はは、まあそうですけど。でも、気を遣わないでくださいね」

「ふふっ、財閥のおぼっちゃんってもっと偉そうな人かと思ってたけど違うんだ。私は朱里あかり。ほんとは大学一年生の年なんだけど、色々あってフリーターしてるんだあ」

「その年で社会に出てるなんて立派ですよ。すごいです」

「ふふっ、そんなふうに言ってくれるとうれしいな。大体毎日シフト入ってるから、いつでも寄ってね」

「はい、毎日使わせてもらいます」


 サンドイッチを受け取って、店を出る時に朱里は東弥に手を振る。


 それに応じるように手を振り返すと、ニコッと微笑みかけてくれてから朱里は奥に戻っていった。


「ああ、かわいかったなあ。朱里さんか、いい人だし毎日通ってたら何か発展とかないかなあ」


 浮足立った様子でそのまま学校へ向かう。

 途中、食べてみたおすすめのサンドイッチはうまかった。

 コンビニ最高。普通最高。

 

 こうして自由な時間を満喫していると、やっぱり小春の存在が少し鬱陶しく感じてしまう。


「このままだと、もし誰かと仲良くなっても家に呼んだりできないもんな。うん、やっぱり早めに出て行ってもらおう」

「何ぶつぶつ言ってるの新庄君」

「わっ! ああ、黒川さんか」

「ふふっ、おはよう」


 小春のことばかり考えていて気を抜いていたせいか、後ろから近づいてきた一花に気づかず、急に声をかけられて思わず大きな声を出してしまった。


「お、おはよう。いや、なんでもないよ」

「そっか。ねえ、昨日話してた件だけど、今日の放課後一緒にカラオケ行かない?」

「カラオケ? うん、いいよ。皆実さんも一緒?」

「そだね。昨日みたいに三人で行っちゃお」

「おっけー。じゃあ空けとくよ」

「やった。ね、このまま一緒に学校行ってもいい?」

「ん、もちろんいいよ。ついでだし」

「よかった。新庄君ってやさしいんだね」

「どこがだよ。別に普通じゃん」


 なんでもない会話をしながら、一花と一緒に学校へ。

 正門が見えてきたところで、同じく学校へ向かう生徒たちからじろじろと見られていることに気づく。


 注目の的はもちろん東弥に対してだが、理由としてはどうやら、一花と一緒に歩いていたから、ということらしい。


「おい、あれって新庄家の御曹司だろ」

「隣にいるのは一年の黒川じゃん。付き合ってるのかな?」

「いいなあ、美男美女か。うらやましい」


 そんな声がちらほら。

 東弥は人に見られることに慣れてはいるが、一方の一花はそうでもなく。

 少し恥ずかしそうにする。


「なんか見られてるね。やっぱり新庄君ってモテるんだ」

「それだけじゃないって。黒川さんと一緒だからやきもち妬いてる男子も多いんじゃない?」

「もう、嬉しいこと言ってくれるんだね。じゃあ、明日もこうやって一緒に学校行ってくれる?」

「う、うん。もちろんだよ」

「ふふっ、よかった」


 くしゃりと目を細める一花を見て、東弥は心の中で「青春だなあ」とつぶやく。


 これこそが求めていた日常。

 アオハル。

 このまま一花と付き合って、一緒に下校したりデートしたりなんて未来も悪くないと。


 浮かれていたせいで、家に置いてきた小春のことなんてすっかり忘れたまま。


 二人仲良く教室へ向かった。

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