第6話 従順なようでわがまま

「……ぱちり」


 小春特製毒カレーを食べたことで東弥がぶっ倒れて、その音で逆に小春が目を覚ます。


「……あれ、また東弥様が寝てる?」


 目の前には、気絶したように倒れた東弥と、キッチンには一口だけ食べられたカレーが置いてある。


 いったいこれはどういう状況なのか。


「まさか、私が寝てる間に刺客のものがカレーに毒を!?」


 即座に誤った判断をして、食べかけのカレーを食す小春。


「ん……なんだ、普通のカレーじゃん」


 彼女は山育ち。

 そしていつも祖父によるゲテモノ料理ばかり食べていたせいか、味音痴。

 東弥が気絶するほどのカレーでも小春にとってはなんてことない味だ。

 ある意味で毒に耐性がある。


「……なら、どうして寝てるんだろ?」


 不思議に思いながら東弥を見ていると、小春はふと気づく。

 

「あ……と、東弥様のスプーン、舐めちゃった……」


 これを間接キスと呼ぶことは知らない。

 しかし、湧き上がる背徳感と優越感により、スプーンを口から離せない。


「……ぺろっ。ぺろぺろ、ペロン。えへへー、東弥様の味がするー」


 なんてことをしていると、東弥がうめき声をあげる。


「うう……」

「あ、そうだった! と、東弥様、しっかり!」


 慌てて我に返って東弥を介抱するが、意識は戻らず。

 ただ、護衛として守るべき主人を家で気絶させたとあっては、自らのクビが濃厚。


「……とりあえず、ベッドに運ぼっかな」


 なので隠蔽。

 救急車は呼ばず、自己流で東弥の看病をすることを選んだ。


「うんしょ、うんしょ……東弥様、がっちりされてて重いなあ。でも、私がついてますから大丈夫ですよ」


 と、全く根拠のない自信を胸に東弥を寝かせると、まず祖父の教えを思い出す。

 

「ええと、とりあえず服を脱がせて全身を拭いてあげ……え、脱がす!?」


 えっちなことに免疫がない小春は、東弥の裸を勝手に想像して悶える。


「や、やだあ……そ、そんなはしたないことしたら、お、お嫁に……あ、東弥様のお嫁さんになるからいいのか。なるほど、だったら大丈夫ね」


 そして持ち前の短絡さで克服する。

 すぐに東弥の服に手をかけ、まずは上半身のシャツを脱がせようと。


「おい、何してる」


 したところで東弥が目を覚ます。


「あ、東弥様お気づきになられたのですね。心配したんですよー」

「触るな。あのカレーお前の仕業だろ」


 小春の手を払いのけて、東弥は体を起こして小春をにらむ。


「え、カレーですか? 温めておいただけなんですけど」

「嘘つけ。キッチンにあった調味料全部ぶち込んだくせに。まじで死ぬかと思ったんだぞ」

「え、料理のさしすせそって、入れるだけおいしくなるおまじないじゃ」

「そんな魔法の粉があるか。ていうかカレーなんだから砂糖も塩もなくていいんだよ」

「そ、そうなんですね……こ、今後は気をつけ」

「もういい、出て行ってくれ」

「……え?」

「出ていけ。一人暮らしの邪魔をするならもうクビだ。おやじには俺から伝えておくから」


 東弥は怒りが収まらなかった。

 ただでさえまずい飯を食わされてぶっ倒れる羽目になっていらだっているというのに、寝ている自分の服を脱がそうとしていた小春を見てキレた。


「え、え、え……じょ、冗談です、よね?」

「本気だ。俺は一人暮らしをして普通の高校生活を満喫したいの。なのに邪魔しかしないじゃん。無理だってもう」


 第一、監視役をつけられることですら、東弥にとっては妥協というか我慢している部分だというのに、そいつが四六時中部屋にいてしかも生活の邪魔までしてくるとなれば、さすがに容認はできない。


 もう、クビという選択肢意外東弥にはなかった。


「……では、私はもうお払い箱だと」

「きついこというけどそういうことだ。じゃあ、そういうことだから」


 立ち上がり、困惑する小春を無視するようにキッチンへ。


 そしてさっきのカレーをすべて流しに捨てたあとで、鍋を洗う。

 すごい異臭だ。

 こんなものを食べさせられたと思うと、余計いらだつ。


「……東弥様」

「なんだよ、まだいたのか? 早く出て」

「キス、されました」

「……は?」

「東弥様が寝てる間に、キス、されました」

「……う、嘘つくな」

「う、嘘ではありません。は、初めて男の人にキスされて、う、嬉しかったのに……東弥様はそうやって、いろんな子にキス、したいのですね」


 落ち込んだ様子の小春の目には涙が。

 どうも嘘や演技には見えない。

 ただ、いかんせん寝ている間の記憶なんてものはない。

 東弥も困惑する。


「……な、なにかの間違いだろ」

「そ、そんなことないです。きちんとキスされたこと、おじい様にも報告させていただきましたし」

「な、なんで報告するんだよ?」

「だって、嬉しかったんだもん……」


 ポッと、顔を朱に染める小春に、東弥は少し胸をドキドキさせる。

 かわいいと、うっかりそう思ってしまって怒りが鎮まる。

 それに、泣いてる女の子をこのまま放りだすなんて下衆な行為を、父は果たして許すだろうか。


「……二度としないと誓うか?」

「……え?」

「い、いや。失敗は誰にでもある、から。でも、次はないぞ。料理にいたずらしたり、寝ている俺にいたずらしようとしたら即解雇だからな」

「……はい。ありがとうございます、東弥様」


 甘いという自覚はあったが、いかんせん東弥は女子に免疫がない。

 だからかわいい子が目の前で泣いていて、心を鬼にするなんてことはできなかった。


「ただ、さっきも言ったけど邪魔はするな。今日はもう寝るから、俺が寝るまでどっかに潜んでて」

「かしこまりました」

「あと、しつこいようだけど寝てる間も変なことするなよ」

「……かしこまりました」

「で、朝は先に俺が学校行くから。俺が出て行ったあとは好きにしていいけど」

「…………やだ」

「え?」

「それはヤダ。東弥様と一緒に学校行きたいもん」

「いや、話聞いてた? 俺は一人暮らしを」

「でもヤダ。学校一緒に行きたいの」

「あのさ、立場わかってるのか? 言うこときかないなら」

「ダメなら学校で東弥様にキスされたって言いふらす」

「なっ……お、脅すのか?」

「取引です。家の中ではおとなしくしておくので、せめて外ではご一緒させてください」


 大きな目で東弥をにらむように見つめる小春。

 その意志の固さは嫌でも伝わってくる。

 本気だ。


「……わかったよ。その代わり、彼女とかじゃないんだからべたべたするなよ」

「はい、わかりました。では、私は任務に戻ります」


 小春が姿を消そうとしたその時、ぐーっとお腹の虫が鳴く。


「……お腹、空いたのか?」

「す、すみません。何も食べてなくて」

「ったく。俺も結局カレー食べ損ねたからな。出前でも取る?」

「い、いいんですか? それではピザを二枚お願いします」

「遠慮ないなマジで……ま、いいか」


 呆れながらピザ屋に電話して、注文をしながら小春を見ると、目をキラキラさせていた。

 どこか憎めない、でもやっぱり腹立たしい。


 そんなことを考えながらピザを二枚注文していると、横から「私が二枚食べるので三枚にしてください」と。


 言ってからにこっと笑う小春を見て。


 やっぱりちょっと腹立たしかった。


 

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